2017年5月25日木曜日

大学用地リースが「無償譲渡」になった謎

 森友学園が急遽、小学校認可申請を取り下げた。一方、愛媛県今治市に来春、大学の開校が急に決まった。前今治市長がいぶかる、大学用地リースが「無償譲渡」になった謎とは。

「ようこそ タオルと造船の町 今治へ」

 JR今治駅のロータリーの立て看板は居心地が悪そうだ。降り立つ乗客も、待ち受ける地元民の人影もまばら。本州と四国を結ぶ航路が集中し、港から人があふれて栄えた商店街は、シャッター街になった。そうした中、いま注目されているのが、来年4月に今治市に開校が決まった岡山理科大学獣医学部。市が丘陵地帯に整備した高等教育施設用地16.8ヘクタールを、同大学に「無償譲渡」する。その価格は36億7500万円相当。さらに事業費の半分にあたる96億円の補助金を得るという。

 1学年160人の6年制獣医学科と同60人の4年制獣医保健看護学科を設置し、学生定員は1200人。経営母体は岡山県や広島県、関東、九州などに大学から幼稚園までの教育関連30施設を持つ学校法人「加計(かけ)学園」グループだ。理事長の加計孝太郎氏は安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ、米国留学時代からの40年来の親友だ。

●何度も門前払いだった

 安倍首相肝いりの「国家戦略特区」に今治市が指定されたのが2015年12月15日だから、そのスピード感たるや尋常ではない。そもそも同大学の今治市への獣医学部設置計画は10年前にさかのぼり、幾度もはねつけられて塩漬けにされてきた。それが一転して加計学園に大甘な味付けに変わったのだ。

「私が市長になって2年目のころでしょうか。加計学園さんの事務方と親しい地元選出の県議が『新しい学部を一つ作りたいと言っています』という話を持ってきた。今治市にとっても願ってもない話なので副市長2人とも『無償で貸してもいいよね』と相談したのが始まりでした」

 05年から今治市長を1期務めた越智忍・愛媛県議(59)が、そう振り返る。

 1984年に始まった市の新都市開発事業は宅地の造成・分譲などは順調に進む一方、高等教育施設用地への大学誘致は難航し、加計学園の登場は渡りに船でもあったという。越智氏が続ける。

「数十年定員が変わらず、志望倍率も20~30倍と高止まりな獣医学部なら、学生集めに苦労しないだろうという経営判断だったのでしょう。でも学校の所管は文部科学省で、獣医師なら農林水産省の案件。タライ回しの門前払いでした」

 そこで目をつけたのが構造改革特区。「四国初の獣医学部を誘致する」として07年から愛媛県と共同で特区申請を始めた。だが、日本獣医師会など獣医関係者が新設に反対し続けた。越智氏は元文部官僚の加戸守行愛媛県知事(当時)の紹介で、「獣医師問題議員連盟」最高顧問だった森喜朗元首相にも陳情したが、奏功しなかった。

 一方で、加計学園サイドは用地とは別に費用負担を持ちかけてきた。その額100億円。施設の建設費や医療機器の整備のためとのことだった。

「今治市は合併したばかりで大変な負債を抱えていたので、そこは何とかまけてもらえませんかと(笑)。具体的な金額までは出なかったけど、2~3割は減額できそうな感触を得たので、愛媛県にも地元負担は70億~80億円で進めますよと話をしました」(越智氏)

 再選を果たせなかった越智氏から現職の菅良二市長に代わっても特区申請は敗れ続けた。14年11月までに計15回提案して全敗。しかし、その半年後に国家戦略特区の「国際水準の獣医学教育特区」が提案されて閣議決定されると、あっという間に52年ぶりに獣医学部が開設されることが決まった。

「しかもリースだったはずの土地もタダで譲渡し、それを担保に建設費や運営資金を銀行から借りて進めるというからびっくりです。当時の市の幹部に聞いても『いつ変わったんじゃろうか』とクビをひねっとるし、何か裏事情があるとしか思えませんね」(今治市・越智郡選出の村上要県議=社民)

 破格の特別待遇を受ける加計学園は、大阪府豊中市の国有地を9割引きで取得した学校法人「森友学園」と奇妙な類似点がある。認可申請を取り下げた「瑞穂の國記念小學院」名誉校長に就任予定だった安倍首相の妻、昭恵氏は、加計学園が神戸市内で運営する認可外保育施設の名誉園長にも就いている。

「加計学園や森友学園の問題の共通点を探るうえでの大きなポイントは『教科書』です」。『日本会議の研究』(扶桑社新書)の著者の菅野完氏はこう指摘する。

 加計理事長は、育鵬社の教科書発行の支援団体「教科書改善の会」の賛同者に名を連ねており、グループの岡山理科大学附属中学校は育鵬社の公民と歴史の教科書を採用している。

●教科書で連なる縁

 07年に発足した教科書改善の会の正式名称は「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」。第1次安倍内閣の下で成立した改正教育基本法に基づく中学校の歴史・公民教科書の出版、普及が目的の団体である。

 同じく育鵬社の中学校歴史・公民教科書の編集や採択を支援する一般財団法人「日本教育再生機構」によると、教科書改善の会は「シンポジウムの開催など対外的な活動を担う団体を目指したが、機構とのすみ分けも明確ではなかった」ことから、現在はほぼ活動停止状態という。菅野氏はこう解説する。

「『新しい歴史教科書をつくる会』から分裂した日本教育再生機構は、日本会議が教科書運動を行うためにつくった別動隊です。教科書改善の会と同機構は顔ぶれ、活動内容ともに実態はほぼ同一といえます」

 同機構の複数の顧問は日本会議の幹部役員を兼任している。日本会議は育鵬社など保守系教科書の普及拡大に取り組んでいることからも両団体の「類似性」は浮かぶ。

 渦中の森友学園の籠池泰典理事長は日本会議大阪の運営委員だ。菅野氏はさらにこう言う。

「日本会議同様、全国に支部がある日本教育再生機構の中で、大阪は大阪維新の会との関係が特に強い組織であるという点で極めて特殊です」

 菅野氏がその象徴と指摘するのが、12年2月26日に日本教育再生機構大阪が開催した「教育再生民間タウンミーティング」だ。安倍氏が再び自民党総裁に選出される約半年前に松井一郎府知事が同席したこのイベントを同機構はこう紹介している。

「『2・26大阪』を境に流れが変わった──」

 HPでは安倍氏と松井知事の「結束」を伝える当時のマスコミ報道を列挙してアピールしている。

 国家戦略特区申請にあたって安倍首相や他の誰かの勧めがあったかどうか、加計学園にただすと、こんな答えが返ってきた。

「特区申請は県や市がされていることであり、ご質問のような事実はありません」

 しかし、結果として歴史認識や道徳観を共有するサークル仲間に、教育施設の建設で特別な便宜が図られたように見える。「安倍1強体制」の下、周囲の忖度(そんたく)も相まってそういう実態が行政機構にまかり通っているとしたら、道義的に許容され得るものではない。

「大学ができて若者が増えて住まいも借りてくれれば、飲食業も潤うし、市の活性化にもつながる。だから県議も市議もおおかたの市民も総論は賛成なんです。でも、土地開発公社などから36億円で買い戻した土地を無償で譲渡して、それが担保になるのは不自然。先方が担保で借りたカネは何に使われるかわかりません。不透明です」(越智氏)

 今治市企画財政部は一連の経緯についてこう答えた。

「土地は当初から無償譲渡が前提。08年の市議会でも担当部長の『無償譲渡』という答弁の議事録がある一方で、議会で『貸与』の方針が示された記録はありません」

 しかし、加計学園と交渉をスタートし、折衝を重ねた当時の市トップの発言は重みがある。同じタダでも「貸与」と「譲渡」では大違いだ。経緯も含めて徹底的な検証が望まれる。

「証人喚問があれば、参ります」前川喜平・前文部科学事務次官

「証人喚問があれば、参ります」
 安倍晋三首相の40年来の“腹心の友”である加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)が愛媛県今治市の国家戦略特区に獣医学部を新設する問題で新展開があった。
 内閣府が文部科学省に「総理のご意向」などと伝えた文書の存在を認めていた前川喜平・前文部科学事務次官が25日、都内で記者会見し、自民党が拒否している証人喚問に応じる意向を示した。
 さらに「文科省の立場で私が受け取った文書に間違いない」と改めて証言し、安倍政権の弁明と真っ向から食い違う爆弾証言をしたのだ。
 文書について松野博一文部科学相が「存在は確認できなかった」と発表したことについて、前川氏は「答弁は大変残念。大臣や関係者を含め、そう言わされるふうに追い込まれてしまったのではないか」とも話した。当時、大学認可の権限を持つ文科省の事務方トップだった前事務次官の会見は自民党に衝撃を与えた。
 加計学園と安倍首相の問題を特報したのは「週刊朝日」(3月17日号)。「第2の森友学園疑惑」として、今治市内に新設される岡山理科大獣医学部の用地として土地を無償で譲渡するとした市の2016年度補正予算案の内容や、「国家戦略特区」事業として異例のスピードで新設が認められた経緯、加計学園の加計氏について安倍首相が「どんな時も心の奥でつながっている友人」(2014年5月)と評するなど親密ぶりを報じた。
 その後、朝日新聞が5月17日、文科省の内部文書とみられるA4判8枚の資料の存在を報道し、事態は急展開した。
 内閣府の担当者が計画の早期実現について「官邸の最高レベルが言っていること」「これは総理のご意向だと聞いている」などと発言したことが克明に記録されていたのだ。
 文書について文科省は「存在は確認できなかった」と発表したが、前川氏は朝日新聞の5月25日付朝刊で、「文書は本物です」とその存在を認めた。さらに会見では、獣医学部の新設については加計学園を前提に検討が進んだことに「行政がゆがめられた」と語った。
 森友学園の「忖度(そんたく)」問題に続き、安倍首相の“お友だち”人脈から次々に出てくる疑惑に安倍首相の苛立ちも伝わってくる。ある自民党幹部はこう話す。
「森友学園、加計学園の疑惑が長引き、安倍さんは周辺に『鬱陶しい気分だ』と漏らしている。サミットから戻ってから対応を協議する予定だったが、事態が早く動き出した」
 自民党内の受け止めも二分されている。別の幹部はこういう。
「加計学園しか取れない新設の条件なんだから、40年にわたる悪友関係の安倍首相と加計氏のあうんの呼吸で便宜を図ったのは明白。明らかに政治的な動きがあったはずだ」

 官邸の圧力に屈しなかった前川氏は、世界的な産業用冷凍冷蔵機器メーカー『前川製作所』の御曹司で、妹は中曽根弘文元外相に嫁いでいるという。
「官邸のコントロールが利かない人物」(前出の幹部)
 一方で、別の幹部は強気にこういう。
「背景には文科省の権力闘争があり、天下り問題で処分を受けた前川の官邸への恨みが生々しいこともあり、文書が本物だとして、どれも間接的な表現にとどまり、結局は忖度話になる。野党がいくら騒いでも、うやむやに終わるだろう」
 読売新聞は朝日新聞が加計文書の存在を報じた5日後の22日、前川氏が文科省に在職中、援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたと報じた。それについて前川氏は会見でこう疑問を呈した。
「行ったことはある」と認めたうえで、「テレビの番組でこういったバーで働く女性について紹介していて、実態を聞いてみようと(行った)。ここで働いている女性たちは、親が離婚してるひとが多いとわかり意味があった。読売新聞がなぜ報じたのか」と疑問を呈した。
 安倍首相がサミットから帰国後、前川氏の証人喚問は行われるのか。注目だ。
※週刊朝日オンライン限定記事

前川前事務次官は「私の後輩やお世話になった大臣にご迷惑をおかけすることになり、大変申し訳ないと思うが、あったことをなかったことにすることはできないと思っている」

 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)の獣医学部新設計画で、文部科学省が内閣府から「総理のご意向」と早期開学を促されていたとする文書を巡り、文科省の前川喜平前事務次官は25日、東京都内で記者会見を開き、「文書は確実に存在していた」と述べた。

 文書の存在が報道された17日、菅義偉官房長官は「内閣府が『総理の意向』などと言ったことは一切なく、総理の指示もない」と内容を否定。文科省は19日、「文書の存在は確認できなかった」との調査結果をまとめている。

 前川前事務次官は「私の後輩やお世話になった大臣にご迷惑をおかけすることになり、大変申し訳ないと思うが、あったことをなかったことにすることはできないと思っている」と話した。
 加計学園は政府の国家戦略特区制度を活用し、愛媛県今治市に獣医学部新設を計画。国家戦略特区諮問会議が昨年11月、新設を認める規制改革を決定した。前川前事務次官は自身の任期も含まれることから、「当事者として業務に携わってきた。まっとうな行政に戻すことができず、押し切られてしまったことについては、私自身の責任が大きい」と話した。
 
 © 毎日新聞 加計学園の問題について、記者会見に臨む文科省の前川喜平前事務次官=東京都千代田区

文部科学省の事務次官だった前川喜平氏(62) 官僚トップの次官として「筋を通すべきだった」

 学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)の獣医学部新設をめぐり、文部科学省の事務次官だった前川喜平氏(62)が朝日新聞の取材に応じた。内閣府から「総理のご意向」と言われたなどと記録した文科省の文書について、前川氏は次官在任中、担当課から説明を受ける中で示されたと証言。官僚トップの次官として「筋を通すべきだった」とも語った。主なやり取りは次の通り。
 
 ――文科省が内閣府から「総理のご意向だと聞いている」と言われたなどとする文書8枚を、民進党が国会で示し、文科省に調査を求めたが。

 いずれも獣医学部の新設について、担当の専門教育課の職員から、自分が説明を受けた際に示された。昨年9月9日~10月31日に計6回、課長や課長補佐らと事務次官室で獣医学部の新設について打ち合わせをした。9月28日には「獣医学部新設に係る内閣府からの伝達事項」という文書を、10月4日には「大臣ご指示事項」の文書を示されたと記憶している。 以下省略
(朝日新聞)

前川喜平氏、こころ爽やかに、各メディアで大いに語る。
天下り問題で首になったのに。
加計(かけ)学園問題で大反撃。

そもそも5/19に官邸側が
「昨日夕方くらいまでは『捏造文書』と言い切っていた安倍官邸ですが、どんどん新しい証拠が出てくるので、本物と認めざるをえなくなった。そこで、今度は『文書の出所は天下り問題で“依願退職”した元文科省事務次官の前川喜平氏だ』と言いふらし始めたんです。つまり、天下り問題でクビを切られた前川氏が政権への“恨み”を晴らすためにばらまいたシロモノだ、と主張しているんです」
と言ったものだから、
その挑発を利用した形か。

丁寧に対応しないとこうなる。

2017年5月23日火曜日

「総理の友達だけが得をする」

「総理の友達だけが得をする」

2017年5月19日金曜日

田崎史郎氏が「文書は本物」と明言 処分された役人が逆恨みで流出

今朝の『とくダネ!』(フジテレビ)では“官邸のスポークスマン”である御用記者・田崎史郎氏が「文書は本物」と明言し、ただし「「総理の意向」は加計学園だけでなく全体のことを指している」「問題があって処分された役人が逆恨みで流出させた」などと苦し紛れの弁明を展開していた。

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「昨日夕方くらいまでは『捏造文書』と言い切っていた安倍官邸ですが、どんどん新しい証拠が出てくるので、本物と認めざるをえなくなった。そこで、今度は『文書の出所は天下り問題で“依願退職”した元文科省事務次官の前川喜平氏だ』と言いふらし始めたんです。つまり、天下り問題でクビを切られた前川氏が政権への“恨み”を晴らすためにばらまいたシロモノだ、と主張しているんです」

公共放送BBCはNHKとの番組交換を中止した

公共放送BBCはNHKとの番組交換を中止したということです。同じ公共放送とは考えられないという理由です。

2017年5月17日水曜日

財務省の官僚7名を、被疑者特定して、公用文書等毀棄罪での刑事告発

なるほど。こういうこともできるのか。裁判所がどう対応するか、どうたいおうしてもくるしいところだろう。いつものことながら。

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 すでにNHKのニュースなどで流れているようですが、本日、霞が関の東京地方検察庁に、全国から集まった数十通の告発状を提出してまいりました。

 財務省の官僚7名を、被疑者特定して、公用文書等毀棄罪での刑事告発です。
 もちろん、「なんか怪しいみたいだから、お上で捜査してください」というような検察に期待をかけた、やさしい告発ではありません。諸資料により、当会のイケメン法曹チームが、佐川理財局長らの答弁の嘘を完全に暴いております。

 というわけで、本日午後3時の時点で、告発状はWebで公開されておりますが、あらためて、概要をご説明しようと思います。

 まず、公文書の保存についてですが、これは、いわゆる公文書管理法(正式名 公文書等の管理に関する法律)で規定されています。
 この4条に、

「行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。」

と定められており、

三  複数の行政機関による申合せ又は他の行政機関若しくは地方公共団体に対して示す基準の設定及びその経緯
四  個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯


とされています。森友学園事件の場合、

三は、航空局や大阪の私学審議会との折衝の記録
四は、まんま、森友学園との交渉記録ですね。ちゃんと「経緯」とまで書いてあります。

 すなわち、航空局との交渉も、森友学園との交渉記録も、公文書管理法で、作成を「しなければならない」と規定されているわけです。国有地の売却の大幅値引きに関わる交渉ですから、「軽微なこと」ということはありえません。

 そして、実際に、佐川局長も「作成した」ことは認めています。そして、細則に基づいて廃棄した、というのが、主張なわけです。

 そして、第五条では、

第五条  行政機関の職員が行政文書を作成し、又は取得したときは、当該行政機関の長は、政令で定めるところにより、当該行政文書について分類し、名称を付するとともに、保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。

とされています。すなわち、各行政機関で、行政文書の保存期間を決めるということです。その保存期間が定められているのが、財務省の場合、「財務省行政文書管理規則」です。

 さて、それで、問題は、森友学園の土地売買にかかわる記録がどういう扱いになるか、が問題になるわけですが、これについては、当会法律家チームでも、いくつかの説が出てまいりました。

①30年説

 公文書管理法第5条では、会議録や協議録等の文書は、それ単独では保存期間1年 であっても、「相互に密接な関連を有する行政文書」は「一の集合物」として「行政文書ファイル」にまとめなければならない」と書いてあります。そして、「行政文書ファイルの保存期間満了時期は、行政文書ファイルにまとめられる 行政文書のうち保存期間の満了する日が最も遅い日となるものに合わせる」こととされている。

 だから、契約書が30年保存なので、交渉記録も、同じ青いファイル(だそうです。財務省の方談)に入れて、30年保管が原則。

②10年説

 もし、30年説にあたらないという解釈があるとした場合でも、「財務省行政文書管理規則」にちゃんと、「国有財産の管理及び処分に関する決裁文書又は管理及び処分に関する重要な実績が記録された文書」の保存期間は10年と書いてあります。

 値引きの交渉というのは、(それが完全に無視されて、何の影響も与えなかったようなレベルの交渉ならともかく)、実際に値引きが行われた交渉なのですから、「処分に関する重要な実績が記録された文書」そのものです。

 それから、「4.他の行政機関との会議に検討のための資料として提出された文書及び当該会議の議事が記録された文書その他申し合わせに至る過程が記録された 文書の保存期間は10年」とも明記されていますから、航空局や大阪府教育庁と交渉記録は、これにあたりますね。

 というわけで、この場合は、最低保存期間は、10年です。

③5年説

 上の②で、ほぼ決まりみたいなものですが、②が当てはまらないというような苦しい言い訳がある場合でも、この「財務省行政文書管理規則」には、法人に対して、「不利益処分をするための決裁文書その他当該処分に至る過程が記録された文書」の保存期間は、5年と規定されています

 で、近畿財務局が森友学園と交わした売買契約書には、契約の締結日から10年間有効な買戻し特約が付されています。これはね、法的には「不利益処分」そのものです。
 なので、10000歩譲っても、この文書の保存期間は、最低でも5年。しかも、それは、不利益処分有効期間を経過した2026年6月20日から5年、すなわち、2031年6月20日となります。

 この30年~5年説、どれをとっても、いま現在の段階で、書類廃棄はあってはならないことになります。

④みんながひっかかってる佐川局長の嘘について

 え。ということは、ちゃんと規定されてるのに、佐川局長の「規則に基づき、保存期間1年未満とされている」ってのは、どういうこと?

 と思われたでしょう。それこそが、佐川局長の答弁の根拠となっている「細則」なんです。この細則、Webで公開さえされていないんですけどね。(情報公開したらやっと出てきます)

 では、この細則とは何か。じつは、「財務省行政文書管理規則」で規定されています。すなわち、

本表が適用されない行政文書については、文書管理者は、本表の規定を参酌し、当該文書管理者が所掌する事務及び事業の性質、内容等に応じた保存期間基準を定めるものとする。

 これですね。つまり、逆に言えば、文書管理者レベル、つまり細則で廃棄を決められるのは、「本表(財務省行政文書管理規則 別表)が適用されない行政文書」にしかすぎないんです。

 なので、この「財務省行政文書管理規則」で規定されている文書を、下位規定である細則をもって勝手に捨てることは、できません。

 あたりまえですが、労働基準法があって、就業規則があるのにもかかわらず、それに反するような内容の課内内規を勝手に作って、課長権限で、「うちの課内規定では、課長が残業時間決めていいって書いてあるし、それでオレが、うちは残業300時間て決めたんで、労働基準法とか就業規則になんて書いてあっても、そっちが、うちの規則として優先されるんで」と開き直っても、労働基準監督署はそんなもん認めませんから。(笑) 罪になるんですよ、罪に。嘘だと思うなら、裁判の場で、そう主張なさってみてください。

 ということで、佐川局長の答弁はすでにここで、完全に崩れているわけですが、さらに、徹底的に潰します。

⑤そもそも(←正しい用法)、事案終了してないし

 問題の土地は一括払いじゃありません。分割払いで、完済が10年先です。そして、佐川局長は、「売却代金の分割払いについて今受け取っているということでございます」「私ども、先方の学校法人に対して、一億三千二百万のきちんとした債権を 保有しているということでございます」と、明確に支払いが完了していないことを認めています。

 住宅ローンで考えれば当たり前ですが、契約書にハンコ押したという行為で、事案は終了してません。完済するまではローンあるんです。しかも、この場合、銀行にお金借りての支払いじゃなくて、国に対しての債務です。なので、10年分割の債務が終了するまでは、事案は終了してません。それは会計監査院も、明確に認めちゃってます

⑥ていうか、専門家から見ると、契約自体も終わってません

 この森友学園の契約書第26条には、10年間の買戻し特約が規定されていました。い。つまり、森友学園は、売買物件について平成29年3月31日までに必要な工事を完了し、指定用途(注:学校用地)に自ら供さなければならない」(第23条第1項)とされ、この指定期日までに土地を指定用途に供さない場合、国は売買物件を買い戻すことができるという特約が付けられています。

 しかも、国による、この買戻権は売買契約の締結日から10年間有効です。つまり、身も蓋もなく言っちゃうと、森友学園の運営がうまくいかなかった場合でも、2年や3年でやめちゃって転売、みたいなことはできませんよ。学校閉めて転売しちゃう場合も、1年や2年でそれやられたら、あまりに見え見えでアレなんで、最低10年は待ってね。という特約です。

 そして、しかも、この買戻権については、売買契約締結時に、国土交通省を買戻権者とする付記登記をすることで、国の権利の保全が図られています。

 で、実際に、森友学園の財務状況は積立ゼロとかで、私学審議会でも「「基本金がゼロだから計画性がない。」「かなり赤字になっているのでは」「こんな絵空事でうまくいくとはとても思えない」とボロクソだったわけですから、うまくいかない可能性は、さんざん指摘されていたわけです。

 そして、事実、今年3月31日までに学校を作ることができなかったので、まさに、この特約によって、国は土地を買い戻しできるわけ。

 つまり、この契約自体、売買契約の締結日から10年間、最短でも今年の3月30日までは、契約自体も終了していないのです。

 で、ここで、もうひとつ。

 刑法における公用文書等毀棄罪は、単に書類をシュレッダーかけたとか燃やしたとかだけじゃなくて、「隠匿」しただけでも、成立します。

 つまり、今年2月28日、佐川局長が「廃棄しました」と言った瞬間、その瞬間に、そして、今月9日、官房長自ら、「この世にない」とおっしゃってますから....あとでどこかから出てきたとしても、お気の毒ですが、罪は成立しています。

 というわけで、この告発状は、そのまま報告書にして裁判所に出していただければ、被疑者否認でも逮捕状取れますので、検察の皆様としては、国民の期待を背負って、すみやかに行動なさっていただきたいものです。

 もちろん、それでも不起訴、という場合は、それなりの説明が求められることは言うまでもありませんわよ。


告発状
http://shiminnokai.net/doc/kokuhatsu170510.pdf


「森友学園」の交渉記録廃棄 当時の財務省幹部らに告発状
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170515/k10010982261000.html
5月15日 17時51分 NHK

学校法人「森友学園」に国有地を売却するまでの交渉記録を財務省が廃棄したとしていることについて、市民団体は15日、「交渉記録の保存期間を1年未満とした財務省の解釈は違法で、何らかの不正行為を組織的に隠蔽するためだった可能性が高い」として、財務省の当時の幹部らに対する告発状を東京地方検察庁に提出しました。

財務省は大阪・豊中市の国有地を学校法人「森友学園」に売却するまでの交渉記録について「財務省の規則で保存期間は1年未満となっており、去年6月の売買契約の締結後に廃棄した」と説明しています。

これについて市民団体は15日、「保存期間を1年未満とした財務省の解釈は違法で、何らかの不正行為を組織的に隠蔽するためだった可能性が高い」として、公用文書毀棄の疑いで財務省の佐川理財局長や当時の幹部など7人に対する告発状を東京地方検察庁に提出しました。

告発状を提出した市民団体の八木啓代代表は「国有財産の処分などに関する決裁文書の保存期間は30年で密接に関連する文書も同じように保存するよう国の法律やガイドラインで定められている。一連の交渉記録を軽微な文書と見なして保存期間を1年未満としたのはこじつけというべきで、こうした財務省の姿勢に多くの国民が納得していない」などと主張しています。

東京地検は今後、告発状の内容を精査したうえで、違法性の有無を慎重に検討するものと見られます。

財務省の「細則」に基づき破棄を判断

森友学園の国有地問題では、籠池前理事長はこれまで国と交渉する際に安倍総理大臣夫人の昭恵氏の名前を出したと説明し、行政側にそんたくがあったという見方を示していますが、国の交渉の記録は問題が発覚する前に廃棄されていたため、詳しい経緯が十分に検証できない状況が続いています。

財務省は政治家の関与や行政のそんたくを否定していますが、NHKが先月行った世論調査では政府の説明について、「あまり納得できない」や「全く納得できない」と答えた人が7割を超えています。

なぜ交渉の記録は廃棄されてしまったのでしょうか。

財務省の佐川宣寿理財局長はこれまで国会で、「財務省では『行政文書管理規則』に基づいて文書管理をしているが、その下の『細則』で『歴史公文書等に該当しない行政文書の保存期間は1年未満とする』とされ、一般的な面会などの記録は歴史公文書等には当たらないという判断で、保存期間は1年未満となっている」と答弁しています。

答弁に出てくる「行政文書管理規則」は、8年前に作られた「公文書管理法」に基づいて各省庁が定めているものです。

財務省が設けた管理規則では、公文書を28の類型に分け、3年間から最長30年間の保存期間が設定されています。この中には「国有財産の処分に関する重要な経緯を示す文書」という類型があり、保存期間を10年間から30年間と定めていますが、佐川局長はこの対象となるのは国有地取得の要望書などで、森友学園との交渉記録は含まれないという見解を示しています。

一方、管理規則のどの類型にも当てはまらない文書の扱いについては、別に「細則」を設けて定めています。

財務省は、この「細則」で、歴史資料として重要な文書などに当たらないものは保存期間を1年未満と決めていて、森友学園との交渉記録はこれに該当すると判断していました。そして、去年6月に国有地の売買契約を学園と結んだ時点で、事案が終わったと判断し廃棄したとしています。

佐川局長は「土地の売買契約書を結ぶまでの経緯が集約された契約書はきちんと保存されている」として、適切な判断だったという考えを示しています。

法制化後も問題相次ぐ

公文書の管理をめぐっては、平成19年に、公的年金の記録がずさんに管理されていた「消えた年金記録」問題や、薬害肝炎患者のリストが倉庫に放置されていた問題が相次いで発覚しました。

こうした教訓から、平成21年に作られたのが「公文書管理法」です。

この法律では、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけて適正な管理や保存を図ることが定められています。また、国民への説明義務を果たし、政府の意思決定の過程を検証できるようにするため、重要な会議の記録を残すよう定めています。

ところが、法律の施行後も公文書管理をめぐる問題が相次いでいます。

平成24年には、東日本大震災に関連する政府の重要会議のうち、「緊急災害対策本部」など10の会議で議事録が作成されていなかったことが明らかになり、議事の概要を事後的に作成する異例の事態となりました。

また去年、防衛省が当初破棄したと説明していた南スーダンに派遣された陸上自衛隊の「日報」が、実際には電子データで残っていたことがわかり、国会で大きな議論となりました。

公文書管理法は施行から5年をめどに見直すことになっていて、国が公文書管理をどのように改善していくのか現在、対応策の検討が進められています。

財務省と告発した団体の主張

国有地売却に関して、財務省の佐川理財局長は「森友学園との売買契約の締結をもって事案が終了したので、面会などの記録は廃棄した」と国会で答弁しています。

これについて、告発した市民団体は「森友学園からの代金の支払いは10年間の分割払いのため完了しておらず、事案が終了したというのはありえない解釈だ」と主張しています。

また、佐川局長は「財務省の行政文書管理規則で、国有地の売却に関して決裁文書などについては30年保存することになっているが、面会などの記録はそうした文書に該当しない」と答弁しています。

これに対し、市民団体は、面会などの交渉記録も決裁文書と密接に関連する行政文書なので公文書管理法で同じ期間保存しなくてはならないとされていると主張しています。

「法の精神が全くうかがえない」

公文書管理法の制定に関わり、内閣府の公文書管理委員会で委員長代理を務める三宅弘弁護士は財務省の対応について、「交渉の過程をできるかぎり残そうというのが公文書管理法の趣旨だ。8億円を値引きした交渉の記録は、契約が成立したので廃棄したという財務省の説明には、公文書管理法の精神が全くうかがえない」と批判しています。

そのうえで、「保存期間が1年未満の文書については、廃棄されたもののリストもなく、誰が廃棄したのかもわからないのが現状だ。こうした文書の扱いは、国民の共有財産をどう残すのかという観点で議論する必要がある」と指摘しています。

「今回の問題を契機に体制の整備を」

公文書管理が専門で、内閣府の公文書管理委員会の委員を務める学習院大学の保坂裕興教授は、今回の財務省の対応について、「公文書管理法の趣旨から考えると望ましくない事態だったと思う。国民が公文書を通して行政機関をチェックし点検することが本来必要である。今回の国有地の売却は数億円を左右する事柄であるにもかかわらず、財務省は公文書によって説明責任を果たすことができなかった」と批判しています。

そして、各省庁での公文書管理の体制について、「欧米と違って公文書管理の専門職員が現場に配置されていない。体制が整備されないかぎり、同じような問題が今後も起きる。今回の問題を契機に政治や行政を挙げての課題だと認識して対処すべきだ」と指摘しています。

財務省「文書の管理は法令に基づき適切」

財務省は「告発状の提出を確認しておらず、内容も見ていないのでコメントできない。文書の管理は、法令に基づいて適切に行っている」としています。

2017年5月12日金曜日

金田法務大臣 どうも腑に落ちない

金田法務大臣という人は
なぜレクチャーを受けて勉強しないのだろうね
それに顔貌や態度が少し気になる
昔は偉いお役人で、それで現在大臣になっているんでしょう?
一生かけてお役人人生と議員人生続けてきて
結果がこれなのかな?
どうも腑に落ちない。
替え玉じゃないか?

予算委員会書き起こし抜粋


自民党からの激しいヤジを民進党のせいにする安倍晋三。蓮舫さんの連続する批判は見事です。

「デフレ脱却いつするのか」
「拉致被害者いつ戻って来られるのか」
「女性活躍いつ実現するのか」
「待機児童いつなくなるんですか」
「結果を出さないで次から次へと新しいテーマを出し今度は憲法ですか」

と書き連ねて下さっています

蓮舫氏の質疑全体は、
参議院のネット中継のページの下記URLで聞けます。

☆ 記事URL:http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

参院予算委民進党・蓮舫さん

思わずヤジが出てしまうほど酷い答弁

デフレ脱却いつするのか
拉致被害者いつ戻って来られるのか
女性活躍いつ実現するのか
待機児童いつなくなるんですか
結果を出さないで次から次へと新しいテーマを出し
今度は憲法ですか

安倍晋三vs蓮舫【全41分】 5/9 参院・予算委員会

 参議院予算委員会 2017/5/9
蓮舫、読売新聞熟読しろ発言から「撤回をいたしますか?」

※抜粋

アベ 「憲法改正については、~(原稿読み始め)、国会軽視ではなくてですね、私はむしろ、憲法審査会で、議論が深まることに期待をしております。そもそも憲法は、国の理想を語るものであり(ちゃうわー)、~読売新聞のインタビューに於いて、自民党総裁としてお答えをしている。それは何回か、お断りをしているわけでありますし(問題が何か分かってないよね)改憲フォーラムについても、そうお断りをしてお話をさせて頂いている。一方だけが具体的な案を出して、もう一方は追及するだけ(何に対する案よ?立法事実は?)批判するだけ、というたぐいのテーマではないんだろうと、私はそう考えているわけであります。どうか民進党の皆様にも、将来に向かって日本がどういう国を目指して行くのか、具体的な提案を、憲法審査会に提出をして頂きたい、その上で建設的な議論を行いたいと思います。先日の発言は、党総裁たる、私一人の考えをまず述べたわけでございまして。しかし私は自民党の総裁、いわば、自民党を率いるリーダーとして、今後その責任のもとに、党内の議論を加速をして、自民党としての憲法審査会への提案を~いかに苦しくてもまとめあげる決意であります、民進党に於いても(時間つぶし)細野議員も提案をしておられるようでありますが、どうかアイディアを持っておられる方々もおられるわけでありますから、蓮舫委員にも、代表としてしっかり取りまとめを行って頂いて、立派な提案をして頂きたい、このように期待をしているところでございます」風呂敷広げて誤魔化す手口&エラソー

何も答えてない

蓮舫 「読売新聞では気持ちよく話して、国会では話さない、なぜ使い分けるんですか?」

え、そこ??????

蓮舫 「なぜ、たった一つの読売新聞だけで答えて(そうそう)、国会議員も国民も、総裁の僕の考えを聞きたいなら、読売新聞を熟読してくれ、国会を何だと思ってるんでしょう」

アベ 「もう既にですね、今、縷々、ご説明さして頂いたところでございますが(してねーわ)、ここに立っているのは内閣総理大臣として、立っているわけでございます、一方私は、自民党総裁の役割もになっているということは、御承知のとおり~(それは分かってるわー)~閣法を提出する気はないわけで、まさに、憲法~」

叫ぶ一太 「答弁中ですから、静粛に願いますっ」

アベ 「よろしいですか、皆さん、そこで審査会が、自民党の草案が、党が、言うてるので、略」

蓮舫 「政府与党は一体の議員内閣制、総理総裁を使い分けるのは、あまりにも二枚舌。自民党総裁として語ったと言うのなら、なぜ取材を、総理執務室、総理官邸で行ったんですか(似た者夫婦w)」

アベ 「それはですね。総理大臣として日々対応しなければならないことが起こるわけでありますから、そういうことは、当然、ある、わけで、ございます。党の役員に、自民党の総裁室でなくて、総理執務室で会うこともある、どうか、蓮舫委員にも、こういうことではなく、外形的なところではなくて、中身について(声を張る)ぜひ、党の案を、党の案についてですね(民進福山理事、部屋の隅を指さしエキサイト、委員長「答弁中です」)皆さん、いや、そんな、エキサイトしないで、皆さん、そんなエキサイトしないでですね、今私は、答弁の最中なんですから、最後まで聞いて、批判があれば、質問のかたちで批判して頂ければと

(自席蓮舫「誰に答えてるの!」)

アベ 「よろしいですか、まずですね、皆さんの案が、まさに、サブスタンスを議論するのであれば、皆さんの案を、憲法審査会に、出して(怒号)、出して頂いてということは、私は従来からずっと申し上げているわけでありまして、そこでご議論を頂きたい。

(場内怒号「ちゃんと答えろ!」)

アベ 「これですね、国民の皆さん、これ、ずーっと並んで、皆さんが並んで私に野次を浴びせている(後列の見学の議員?)わけでありまして。これはですね、こんなに、こんなにですね、皆さん、そんなに、エキサイトするよりもですね、まずはしっかりと、私、申し上げましたように、これから自民党としてもですね、憲法審査会に提出をする(委員長と福山理事がやりとりする声が背景に)、中身について、議論をするわけでございます。ですから、御党におかれましても、どうか、中身について、御党で議論をして頂き、憲法審査会に考えを~」

蓮舫 「思わず野次が出ざるを得ないくらい、酷い答弁ですよ。全く何も答えていませんよ。野次ってるの自民党じゃないですか(あ、それで福山理事が指さしてたのか)、そこも含めて見て下さいよ、ちゃんと(安倍麻生、笑う)総理、お伺いしたいんですけど、中身について問うてと。なぜ、2020年と年限を区切って憲法改正をしたいと言われたんでしょうか?」

アベ 「2020年、いわば、これは、まさに、私はですね、あれは、これから党として、まとめていく上に於いてですね、まさにこれは党としてまとめて行くということでありますから(よく出てくる表現、Aは、まさにAでありますから)自民党の総裁としてですね、まずは党の案をまとめて、そして憲法審査会で議論を行って、最終的には、えー、この、収斂の方向に、努力を重ね、そして発議に至り、そして国民投票、そして施行という順番で行くわけでありますが。今の段階はですね、まずは、自民党の案を、そのスケジュール感の中でまとめてもらいたい、という中に於いて、2020年、ま、2020年と言うのは、え、東京オリンピック・パラリンピックも予定されている年でございます。まさに、新しい日本を始めようという機運がみなぎっている中に於いて(なぜ?)、1つの、目標として、それを掲げる中に於いてですね、党の中に於いては、しっかりと、議論をして、まずはもらいたい、と共に、国民的な議論を、盛り上げて行こう、ということを、私は自民党の総裁として、リーダーシップを、責任をもって(軽っ)発揮をしようという決意の中で、申し上げたところでございます」中身がない、強いて言えば五輪だから?

蓮舫 「オリンピックと憲法改正、全く関係ありません。もう、オリンピックであれば憲法も改正できる、共謀罪も出せる、その考え方は、全く理解できません(安倍麻生、笑う)総理大臣には、憲法改正の発議権もなければ、年限を区切る権限もありません(いいじゃん、今日の蓮舫)、長妻代議士の質問に、総理は『いよいよ憲法審査会において、議論が佳境に入って』と答弁しました。佳境に入るとは、どういう意味で使われましたか?」

アベ 「ま、今、蓮舫が、委員がですね、えーおっしゃったようにですね、まさに、私がここに立っている立場についてですね、発議権がない、それはその通りなんですよ。で、発議権がないわけでありますし、提案をする、提案をする、いわば、考え方もない、発議するのは国会だ、だから、そういう立場ではないということで、お答えをさして頂けない、ということでございました。ですから、まさに、まさに、そういう意味で、蓮舫委員も、おーご理解を頂けているのではないか、こういうこと、で、ございます」(佳境の意味は??)

蓮舫 「総理、私の質問、何だったか、覚えてますか?」

アベ 「この、憲法審査会、に於いてですね、まさに、申し上げて、おりますように、え、これはしっかりと、各党各会派がですね、え、ご議論を、頂きたい、こういうことを、申し上げているところでございます」(忘れとる、記憶喪失内閣by森ゆうこ)

蓮舫 「佳境に入ったという意味は、どういう意味で使われたか教えて下さい」

アベ 「ですから(ごまかしに入った)、憲法審査会に於いて、相当議論が煮詰まって来たと、こういうことを、えー、これね、皆さんね、一回一回野次られるとですね、冷静な、参議院らしい議論ができませんよ、国民の皆さん、見てるんですから(あー、見てるよ、アナタのクソ答弁)、憲法の議論をするんだったらですね、冷静に、そんなに角突き合わせないで、議論をお互いにですね、ニッポンの未来を見つめあって議論をしようじゃありませんか。ですから、佳境に入ったと言えば、と言うことはどいうことかと言えばですね、まさに、相当これは長い間、これは憲法審査会が出きて、きてからですね、相当の議論が、残念ながら、開催頻度は、、、、、あの、えー、開催、開催、開催頻度はですね、開催頻度は、これは、それほど多いとは言えないわけでありますが、相当の議論を、積み重ねてきた中に於いてですね、ま、これは、いよいよ、各党が、その、どういう案をですね、どういう案を、実際に、憲法審査会に、党を代表する案として、そして、現実的にはですね、2/3を、衆参で、それぞれ得なければいけないわけでありますし、そして、その先に、一番大切な、国民とー投票が、待っているわけでありますから、そこで、結果を出せるものを、出して行く時を、私は迎えていると、こう判断したところでございます」無駄に無駄に長い

蓮舫 「あの、佳境に入ったというのは、辞書を引きますと(地雷だw)『景色のよいところ』それが転じて、小説や物語が、面白くなった、興味深くなった、『煮詰まった』なんて意味は、総理の辞書にしかないんじゃないですか?(今国会で有名になった『総理の辞書』w)何が面白くなったのか、とてもじゃないけど、私分かりません。衆議院の憲法審査会は4回、今年開かれました。その議事録、読んでますか?」

アベ 「これはですね、参議院の場合は、今、ゼロだという、お話が(してないわ)ございました。衆議院の場合はですね、既に開かれておりまして、その概要については、あの、お、担当の幹事、からですね、えー、古谷幹事から、話は聞いている。そこでですね、そこで、今、私が、佳境に入った、ということ、の言葉ジリをとらえておられるわけでありますが、いわば、これは、もう相当ですね、相当議論を、えー、重ねて来て、いわば、えー、この、最終的にいよいよ、お、出す、これはもう、最後のですね、いよいよ、ああ、この案を、出す、もう最後と言うか、もう、この、いよいよ、、、いよいよ、案を出すところに。ま、ですから、これは国会が決めることですってのは、その通りなんですよ、ですから、私は、そういうことを(←何?)言われるんであれば、そういうことを言われるんであれば、もう一切これは、そういうことについてはですね、述べられなくなるわけであります。ま。ですから、その範囲でですね(何の範囲?)私は、、、、、私は総理大臣として(デタ)、えー、答えるべきなんですが、しかし、敢えてですね、この私に、少しは答えろということでございますから、敢えて、お答えをしたらですね、それは、あなたが言うことじゃないという、ま、野次も、飛ばされたわけでありますが(怒号)」

委員長 「答弁中ですから、総理も答弁を続けてください」

大声で「長いだろう!」という発言

アベ 「え、今、非常に大きな野次があってですね、こういう、ちょっと、で、そう(野次「長いだろ」)や、今、止めようと思ったらですね、最後の私の、結論のところを、野次で乱されるから、こうなってしまうんですよ

(結論とかあるわけ?つか、誰か通訳を。。。)

アベ 「そこでですね(こっから、さらに助走かい orz )、そこで、今、申し上げているようにですね、しっかりと、この、憲法審査会で、それぞれの党がですね、案を出し合って、議論をすべきだろうと、こう申し上げているところでございます」←結局、こればっか、お経みたい

蓮舫 「憲法審査会の報告を、概要を、受けているということですが、その内容、間違っているんじゃないですか?衆議院で4回行われた憲法審査会では、条文の絞り込みやとりまとめなんて、一切行っていません。与野党が丁寧に、調査を行っている、それも解散権とか地方分権、今度は第一章をやろうとしています。9条も、改正も、まったく議論になっていません。参議院でいうならば、参議院の憲法審査会は、天皇陛下の退位と憲法の審議を、私たちがずーーっと呼びかけていますが、自民党がずーっと拒否をしていて、今年1回も開かれていないじゃないですか。どこが煮詰まって来てるんですか?どこが佳境に入ってるんですか?間違った報告に基づいて、自分のやりたいことをやって行くんだ、でも国会で聞いたら答えない、そのダブルスタンダードをまず改めて、自民党の衆議院と参議院の憲法審査会の取り組みも同じにして下さいよ」

アベ 「あの、、、、、この、憲法の議論に於いてはですね、ま、先ほどから申し上げておりますように、私はここに総理大臣として立っておりますから、総理大臣として答弁するには、基本的に政府の方針を答弁するという立場でありますから、そこで私は、党として、ということ。、どうしても言われたから、要請がございましたから答弁すれば、そんなことを言う立場じゃないだろうと野次も飛んでくるわけですよ、今(子供か)、現実問題としてですね(それは大変ですね)、ですから、その範囲内の中でですね、申し上げている、わけで、ございますが、そこで、私は、自民党の総裁の立場として、議論を加速する、そして同時にですね、しっかりとした、いよいよ、最終的に、提案をする時期を迎えている(質問聞いとったんか?)と、おー、自民党として迎えているという考え方の元に発言をした、わけで、ございます。こういう、発言をする以上ですね、これは、党を、とりまとめていくということは、そう簡単なことではないわけでありますが、しっかりととりまとめて、2/3の多数を得るように、そして、国民的な理解をえて、そして、国民投票の中に於いて、そして、過半数を得られるもの、に、ついて、かつですね、現在と未来を見据えて、必要なものをですね、しっかりと私達の責任で、出して行く、時を迎えているという判断を、した、わけでございます」

蓮舫 「総理は口を開くたび、改憲をしたいという条文が毎回変わります。交戦権を認めるべきだ、と発言。時代にそぐわない条文が憲法九条。96条を変えたい、これ、改憲要件を緩やかにする。そのあとは、緊急事態条項。そのあとは、我が党案をベースに国会で審議してくれと。そのあとは自民党憲法草案は単なる党としての公式文書だと。そしてこんどは、自衛隊を明文で書き込むと。毎回変わってるんです。(パネルで7回の変遷を説明)つまり、今、憲法に、この条文が足りないから変えたいということではなくて、私が総理のうちにただ変えたいと見えざるを得ない(あー、変な日本語)、総理の言動が、国会に、大きく支障も出ています。96条発言をした時には、衆議院の憲法審査会、幹事会、大混乱をしました。2年前の安保法制の時には、憲法審査会で、自民党も推薦して招いた参考人も含めて全員が安保法案を違憲だといったら、そこから1年半、自民党の都合で憲法審査会は動かなくなりました。そして、今回、総理の発言に対して、『国会での議論の行く末や期間を、行政の長が規定するとことになりかねないと、憲法審査会にも影響が出る』と、自民党の船田幹事長がブログで公言しました。実に総理を忖度しない常識ある意見だと、思います。いくら、総裁だと言っても、やっぱり国会への影響を考えた時、少しは責任を感じて頂いて、そこはマイナスの影響をもたらしているんだという、そういう認識はおありですか?」

アべ 「自民党はですね、結党以来、憲法改正を党是としていると言ってもいいんだろうと。そして、谷垣総裁の時に自民党案をとりまとめた。これは、相当な議論を行って、とりまとめたわけであります。しかし、蓮舫代表ね、政治家にとって大切なことは言う、、立派なことを言うだけのことではないんですよ(言うことも不自由な御方が)、立派なことを言うだけのことではなくて、結果を出して行かなければいけない。我々自由民主党はですね、結果を出してきたからこそですね、この、立党以来60年、多くの期間を責任政党として、政権をになってきた、わけであります。その矜持をもちながら、そして私はそのリーダーとしてですね、我々はただ、それを掲げているだけではなくて、私たちが

(もー、いつの、どの原稿を記憶から引っ張りだしてスピーチしてんだ?
 憲法改正集会挨拶とかか?)

アベ 「出した、憲法草案、これは、私達の中の議論としてですね、自民党としては、いい案だと、ベストの案だということになったわけであります。色んな案があったんですが。それは、結果としてそういうことになりました。ただ、残念ながら、この案のままでは、2/3の多数は得られない、という状況の中に於いてですね、私はその中で、ま、96条とか、様々なことを申し上げたのは、事実、であります。政治家は時としてですね、果たして、どれくらいの民意を得られるかどうか、ということについて、発言する場合も、あります。で、これは、自民党の草案の中にも、あるわけであります。で、その中でやはり、我々が、今、、、、まずやらなければいけないことはですね、これはもう、多少中身に入ることではありますが、自衛隊について、これは、勿論政府としては、合憲だという立場は、これは全くゆるがない、一貫した考え方、でございますが。しかし残念ながら、憲法学者の多くの方々が、7割8割の方々が違憲と言っていて、その記述は教科書の中にも、ある、わけで、あります。そういう状況はですね、変えて行くことは、私達の世代の責任ではないか(なぜ?)、ということで、申し上げた、わけで、ございます。それを元に、まずは、これは自民党の案と違うわけでございますから自民党の中でご議論を頂きたいし、それに対しては、ご批判も、当然ありますよ、そういう批判を、これ、受け止める、言う、この責任感も、持ちながら、リーダーとして結果を出して行きたい、こう考えているところでございます」

党内でやれよ、党機関紙に喋れよ、なんで読売新聞読めなんだよ

蓮舫 「自衛隊は合憲です、で、学者の8割以上が違憲だと言っているとおっしゃいましたけれども。だったらば、だったらば(タラバガニ)学者の9割が違憲だと言った安保法制を、なんで強行採決したんですか?そういうダブルスタンダードが、私には、分かりません。さらに、結果を出すことは大事です、政治家として。その努力も大変だということも分かっています、デフレ脱却、いつするんですか?拉致被害者、いつ戻ってこられるんですか?女性活躍、いつ実現するんですか?待機児童は、いつなくなるんですか?結果を出さないで、次から次へと新しいテーマを出して、今度は憲法ですか?そこの信頼関係を、ぜひ、ゆらがさないで頂きたいというのが、申し上げておきたいと思います(あー、ここまでよかったのに、結論の日本語がダメだ)北朝鮮情勢について、総理、認識を伺いしたいんですが。北朝鮮の暴走は、外交努力、あらゆる努力を使って止めて頂きたいし、私達も協力します。現段階で、北朝鮮の脅威は、どれくらいの緊張度なんでしょうか?」

アベ 「先ほど、あの、デフレからいつ脱却できるんですか、という話が(戻らなくていいから)あれは、今の質問ではないんですか?でも今、いつ脱却できるんです『か』とおっしゃったんだけども。。。(一太の方をチラチラ見る)これは、今、でも、『か』だったから、質問なのかなと思ったんですけど(アレ半笑い、あの手この手で時間つぶし)あ、これは質問では、、、(蓮舫「北朝鮮の」)まずですね、先ほど、いつ、先ほどはですね、大切なことだから、これは言わさして頂きたい(蓮舫の声)。北朝鮮についてなんですがね、拉致問題は、いつ解決できるんですかとおっしゃった、そう簡単なことではないんです。私は、2年3年で解決したい、それをですね、それで、批判されるんであれば、現状をしっかりと見て頂きたい(結果、結果って言ったのは自分)こう思うわけであります。ただですね、ただ単に、そういう批判をすると言うのはですね、これはですね、こういうものを、政局の、政局に使うべきではなくて、これはオールジャパンで取り組んでいかなければならない問題であると、言うことは、まず申し上げて、おきたい。こう思うところでございます。そして、北朝鮮に対する、認識、でございますが、北朝鮮については、エー、従来から、説明をさして、頂いて、おります。ま、このー、1か月間くらいの間に起こっていることについて、説明をさして、頂いておりますが。キムジョンウン氏の時代になってからですね、えーミサイル発射、昨年で、1年間だけで、20発弾道ミサイルを発射してきている。これは父親の、キムジョンイル時代を越えるもの(今日は父子の名前を覚えてきたw)であり、大変難しいと言われたSLBMの発射にも成功した。そして、それに搭載できる、核等をですね、弾道ミサイルに、のせ、る、ことができる、核等を、えー開発をしている可能性もある(サリンもなー)、えー、すなわち、えー、北朝鮮の、脅威は、新たな段階に入っている、こう考えている、ところ、でございます。であるからこそ、日米、日米間、中国、露、また国際社会と連携をしながら、北朝鮮が挑発行為を自制するように、強く結束して促していかなければいけない、えー、結果、しっかりと、これについてもですね、相手が、行動対、我々が行動を起こすように、行動対行動、そして、対話と圧力の姿勢で、この問題に対応していきたい、このように考えているところでございます」

(ここ1か月のまとめちゃうやん、従来の説明、私にも言えるわ)

蓮舫 「あのー、確かに北朝鮮の脅威は、新たな段階に入っているというのは、私達も同じ認識です。その上で総理は、高度な警戒監視態勢を維持しているという、是非これは、万全をとって頂きたい。1点確認、北朝鮮からのミサイルは数分、それこそ10分程度で着弾するリスクが。我が国に着弾した場合、我が国への武力攻撃事態、その時に総理は、トップにたって様々な判断をしなければならない、現状で官邸に隣接する公邸ではなく、総理は自宅に住んでるんでしょうか?」

アベ 「あの、おー、こういう状況の中にあってもですね、私が、この、官邸に、えー、公邸にいなければいけないという状況ではない、わけで、ございます(総理がどこにいるかで、リスク判断がバレてしまうというわけ)えー、それと、えー、この、どこに居ればいい、というものではなくてですね、ただちに、対応できれば、いいわけで、ありまして。え、公邸に、公邸におられてもですね、十分に対応できなかった方も、私は、おられるのではないかと、こう思う、わけで、あります。要はですね、しっかりと、対応できる、態勢を常に、整えておくことがですね、私の責任であろうと、こう考えているところでございます」

蓮舫 「総理の姿勢が、その緊張度というのが、日本中に周知徹底されることが大事だと思うんです。国民の安全を守るという意味におきましては。~4月29日、JR西日本は9分、東京メトロは10分、電車を、報道を見て、独自判断で止めました。同じ東京でも都営地下鉄は止めていません、バラバラでした。しかも、ミサイル発射から30分以上も経った後。総理の危機認識が、公共交通機関になぜ、徹底されてないんでしょうか?」

アベ 「ま、つまり、この、Jアラート自体はですね、これは、これ、作動されて、いないわけでありますから、Jアラートがですね、作動された、時はですね、そして、これは、いわば、着弾の危険性が、出てきた、ら、ですね、これは、地下鉄等々については、既に、そういう指示が、行っている、わけで、ありますが。これは、あー、そうでは、ない、わけで、ございまして。これは、あー、他方、各社が、ですね、それぞれの判断で、えー、なされたことであろうと、このように思います」(もっとチャッチャとまとめて喋れよ)

蓮舫 「そこ、問題なんです。Jアラートは、着弾するリスクがあった時に鳴りますけれど、着弾するリスクがなく、鳴らない時に、公共機関に冷静な判断、統一行動をとって下さいというところ、周知徹底していかないと、国民が、バラバラの対応にパニックにならないようにして頂きたい。時間が随分なくなりました。共謀罪、総理はTOC条約の締結がなければ、東京オリンピックが開けないと発言したんですが。これはどういう意味でしょうか」

アベ 「ま、いわば、このTOC条約についてですね、これは多くの国々、が、既に、えー締結をしている、わけで、ございまして。えー、G7で入っていないのは、ニッポンだけ、で、あります。従来から申し上げておりますように、捜査 共助、あるいは、情報の共有、犯人の引き渡し、TOC条約に入っていなければ、出来ない、わけで、あります。ま、つまり、そういう意味に於いてですね、テロリストたち、にですね、つけ、つけいる、この、穴があっては、弱い、脆弱な、あー、部分が、あってはならない。そしてそれが、日本になっては、ならない。こう考えているわけでありますし。ましてや、東京lオリンピック・パラリンピックを開催する以上ですね、しっかりと、そうした穴をふさいでいく、捜査共助も、可能にしていく、あるいは情報の共有も、可能にしていく、犯人の、引き渡しも、可能にしていく必要があるだろう、こう考えた次第でございます」(共謀罪の中身と殆ど関係ないよなー)

蓮舫 「法制上、重大な穴があるなら、埋めるのは当然だと思います、テロ対策のためには。私達は、そういう法案を準備をしていますが。去年、日本はホスト国として、伊勢志摩サミットを開催しました。この時、各国の首脳が集まるわけですから、この時、なぜ、共謀罪の必要性、提案をされなかったんでしょうか?」

アベ 「ま、これはですねー、政治には、蓮舫、委員も、御承知のようにですね、えー、様々な政治的課題がありますが、一気に全部は、残念ながら、出来ない、わけで、ございます。えー、その中に於いてですね、我々は、ま、伊勢志摩、サミット、ま、伊勢志摩サミットに於いてはですね、確かに、首脳を、お迎えをする、わけで、ございますが、あるいは首脳、その首脳一行を、お迎えする、わけでありますが、不特定多数の方々が、沢山入ってくるという状況とはですね、これは、全然、違う、わけで、ございます(言葉の区切りごとに首を振る)えー、各国の首脳の方々は、入って、こられますが、同時に、各国の方々は、多くの、おーえーセキュリティの方々も、一緒に、入って、くるわけでありますし。沢山の方々はですね、先乗りで入ってきて安全をそれぞれ、確保しながら、我々の、警察と、ニッポンの警察と、協力しながら、それぞれしっかりと、安全を、確保する、わけで、ございます(身を起こす)他方ですね、東京オリンピック・パラリンピックというのは、たっくさんの方々が、海外から日本中に集まってくる、わけで、あります。その中で、えー、色んな方々が入って参りますから、そういう方々、がですね、えー、の中に、たとえばテロリストが混じっているかどうかということも含めながら、え、しっかりと対応していく必要が、あるだろうと。こう考えている、わけでございまして。特定の、特定のですね、G7の首脳が入ってくる、かつ、その首脳の方々、自体が、沢山のセキュリティを連れて、こられる、という状況とは、これ相当、趣は、違うんだろうと、こう思う、次第でございます」(2行くらいに圧縮できるよな)

蓮舫 「どう趣が違うか、ちょっとよく分からなかったんですけど。金田大臣にもお伺いいたします。我々も、テロ対策は必要だと思っています。ただ、共謀罪はやり過ぎです。内心の自由を脅かすと思っています。しかも大臣の、法案への理解の浅さであるとか、不誠実な答弁が繰り返されて、衆議院の法務委員会では、委員長が見かねて、局長の出席を常時職権で決めるという暴挙に出ました。委員長の解任決議案も出されています、少しは反省とかされますか?」

金田 「せっかくのご指摘ではありますが、誠意をもって委員会の審議にのぞみ、そして答弁を重ねてきた、このように自分では認識をいたしております」

蓮舫 「反省はしていないということですね。

(共謀について、金田蓮舫のやりとり、いつもにましてハチャメチャ、略)

蓮舫 「(金田に向け)すみません、その態度、どうなんでしょう?申し訳ございませんが、この大臣の元で、共謀罪を粛々と審議をすることは、やっぱり私達は認められない」

いまだ何1つ答弁できない、進歩しない金田も酷い

この人の文章は分かりやすい すごいな

官邸詰めの記者さんのお話では、GWで森友問題はもう鎮火と見て、官邸や閣僚の方々はのんびりモードでいらっしゃったようですが、GW直前の民進党のヒアリングで、籠池氏が出してきた録音が新たな燃料投下となったようです。

 GW明け月曜日の衆議院予算委員会では、籠池氏自身が傍聴に出てきてメディアが大騒ぎになるわ、首相がなぜか新聞の勧誘を始めるわ、尽くしてきたのに歯牙にもかけられなかったジャーナリストがハンカチ噛んだとか、別のジャーナリストの逮捕状は空中消滅したとか、連休明けから、ひと騒動になっております。

 あんなに北朝鮮ミサイル危機を煽ったのに、やっぱり、みんなで外遊に行っちゃったり、ゴルフやったりしてたら説得力なかったですよね。

 で、その翌日の昨日ですが、参議院予算委員会でも、前日のパフォーマンスがすごすぎて見逃され気味ですが、ちょっと面白い質疑がありました。

 ひとつは小川敏夫議員の質疑で、航空局が8億円値引きの根拠になった「ゴミを確認してなかった」と認めちゃいました。

 森友学園 土地8億円値引き ごみ直接見ず算定
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201705/CK2017051002000116.html

 小川議員の出してこられた写真に対して、航空局の佐藤局長は、どう見ても廃材が見えない写真について「廃材が確認できる」と、主張しておられました。とはいえ、もちろん、TV画面越しですので、なんともいえません。ほんとうは、廃材がすごくはっきり写っていたのかも。この写真のピクセル数の大きなのを公開していただきたいものです。

 小川議員によると、ゴミがなかったことも、ほぼ立証されたようですので、ぜひ、どこかで詳しい説明をお聞きしたいものです。

 で、その直後、この小川議員の、昭恵夫人の発言に関しての質問に対して、安倍首相は、「言葉の一部を取り出して印象操作をしている」と逆ギレしておられましたが、一部もなにも、みんな、昭恵夫人のお言葉全部をフルでお伺いしたいのですから、ぜひ、Facebookに「いいね」なんてしてないで、あのにこやかなお顔で国会でたくさんお話ししていただきたい、とそこでツッコミを入れたのは私だけではないでしょう。

 そして、森ゆうこ議員が、財務省が、森友学園関連の面談記録などは、電磁データも消しちゃったという件について質問。

 森議員の、「アクセスログから、いつ誰が電磁データを消したのかわかるのではないか」という質問については、アクセスログは取っているけど、いつ誰がアクセスしたかはわからないのだそうです。

 なんのためのアクセスログなんでしょうか(笑)

 ていうか、答えている佐川局長自身、アクセスログが何か、よくおわかりではない感じで、お気の毒です。

 そして、24億円かけている財務省のシステム(ちなみに、NECだそうです)では、災害時に備えて、別の場所にもバックアップセンターを設置し、二重化されているのだそうです。

 なるほど。東京で大震災があっても、ミサイルが飛んできても、あるいは財務省で大火災が発生しても、一次バックアップのクローンサーバーが稼働して、財務省業務はすみやかにつづけられるわけですね。すばらしい。

 ていうか、今を遡る16年前、2001年9.11のツインタワー倒壊のときも、あそこにオフィスのあったほとんどすべての企業は、事故直後から、各社クローンサーバーを稼働させて、とりあえず業務を続けられたわけですから、まあ、そんな自慢するほどのものじゃありませんわな。

 でも、そこまでやっているわりに、二次バックアップの月次データも年次データも一切とっていないのだそうです。それで、ファイルを誤って消したり上書きしたら、2週間経つと、復旧不可能なのだそうです。

 日本中のSIerの方が脱力するような.........まるで、「オートロックの4LDKの高級マンションなのにお風呂がついていない」みたいな、素敵な設計です。 NEC大丈夫か?

  いやでも、NECのサイトでは、ちゃんと二次バックアップの重要性について推奨されていますので、これは、やはり財務省独自仕様のようです。

 つまり、職員が誤ってファイルを上書きしたり削除したりしちゃって、2週間以上経ってから、それに気づいたりした場合は、もう一巻の終わりなんだそうです。正月明けとかGW後とか、財務省で、デスクに突っ伏する職員の方が続出したりしないんでしょうか。

 クラッキングで書類が消されたり改ざんされてるのにすぐ気づかなかったり、2週間経ってから書類に悪さするウイルスとか出てきたらどうするんでしょうね。ああもう、こんなことが露わになっちゃって、我らが日本経済の要である財務省が、世界中のクラッカーに狙われるのじゃないかと思うと心配でなりません。

 ていうか、想定外の事態が起こったときのためのバックアップだと思うんですが、職員が誤ってファイルを上書きしたり削除したりしちゃって、2週間以上経ってから、それに気づく、というよーな、普通にオフィスで起こるようなことすら想定していないというとこが、いろいろとすごいです。24億円もかけて。

 で、そういうわけで、例の森友学園関係の文書は、「この世に存在していない」のだそうです。

 お。断言しましたね。この世にないって。

ほんとに「この世にない」んですね。
 いいんですね。言い切っちゃって。

 というか、これだけ疑われて、問題になっている売買の記録がなくなっちゃって、その検証すらできなくなっちゃってる事態に、まともな官僚なら、我が身の潔白が証明できないことに、ものすごく責任感じると思うんですが、むしろ嬉々として答えちゃってるの、なんかとっても不思議です。

 まあ、それを言うなら、夫人や自身の関与が疑われている首相は、自身や夫人の身の潔白を明らかにするためにも、率先して調査を進めさせるべきなのに、意地でも調査を阻もうとしておられるのも、とっても不思議ですが。

 それにしても.......「この世にない」って、強烈ですね。

2017年5月10日水曜日

2017年5月7日日曜日

福島市の水道水「ふくしまの水」が、国際品評会「モンドセレクション」(本部・ベルギー)で最高賞にあたる「最高金賞」を受賞

ペットボトルに詰めて販売されている、福島市の水道水「ふくしまの水」が、国際品評会「モンドセレクション」(本部・ベルギー)で最高賞にあたる「最高金賞」を受賞した。


 同市の水道水は、2015年から同品評会へ出品しており、15年、16年は金賞だった。今年初めて金賞の上にあたる、最高賞の「最高金賞」を受賞した。

 同品評会は、食品や飲料、化粧品などの品目に分かれ、専門家が品質や味、ラベルのデザインなどについて審査する。

 市水道局によると、出品料や輸送費、英訳費用などを合わせて、経費は約50万円だったという。市の担当者は「認知度の高い『モンドセレクション』は広告として、コストパフォーマンスがいい。温泉地などで、県外の人が手を伸ばすきっかけにもなる」と話している。

2017年05月05日

教育無償化は改憲しなくてもできる

憲法学者・木村草太氏「教育無償化は改憲しなくてもできる。国民投票は850億かかるから、それを奨学金に使った方がいい」

「9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~」

https://www.youtube.com/watch?v=GId88oUqLEY

2017年5月5日金曜日

改憲論議

改憲勢力である三党(自民、公明、おおさか維新)の選挙公約では、憲法9条改正が積極的に提案されているわけではない。しかし、論壇では、自衛隊合憲論は、「分かりにくい」から国民が「理解しやすいように」改憲しようとか、憲法の文言からすれば自衛隊違憲が「素直」で「自然」な解釈だから改憲しようという主張をする人もいる。

では、これをどう評価すべきだろうか。また、自衛隊合憲論は本当に「分かり難く」、自衛隊違憲論が「素直」で「自然」な解釈なのか。

まず、憲法9条2項は「戦力は、これを保持しない」と規定する。これを読むと、防衛のためであっても、「戦力」を使った武力行使が禁じられるように見える。

他方、憲法13条後段は、「国民の生命、自由、幸福追求の権利」は「国政の上で最大限尊重される」と定めている。この「文言を素直」に読む限り、日本政府は、犯罪者やテロリストからはもちろん、外国からの武力攻撃があった場合も、国民の「生命」や「自由」を保護する義務を負っている。外国の武力攻撃を排除するには、外国に対する実力行使すなわち武力行使が必要になる場合もあろう。

そうすると、外国からの武力攻撃の場面では、憲法9条(戦力による武力行使の禁止)と、憲法13条(国民の安全を保護する政府の義務)が、緊張関係に立つ。では、日本が武力攻撃を受ける場面で、どちらの規定が優先されるのか。

この点、憲法の条文同士が衝突しているわけだから、「憲法の文言」は決定打にならない。それぞれの帰結を分析し、どちらの方が実質的に正当化できるかを考えることになる。

常識的に考えれば、外国からの侵略から国民を保護するのは、政府の最も基本的な任務である。したがって、「憲法9条により、憲法13条の国民保護義務は解除される」と解釈するのは、つまり、テロ対策はするが外国軍の攻撃は甘受すべきと解釈するのは、かなり「不自然」な帰結を招く。

そこで、政府は、外国からの武力攻撃の場面では、憲法13条により憲法9条の例外が認められると解釈してきた。自衛隊は、憲法9条2項に言う「軍」や「戦力」ではないという議論も、自衛隊が憲法13条で認められた範囲を超える武力行使を任務としない組織だという意味である。

このように、日本への武力攻撃を排除するための武力行使、つまり個別的自衛権の行使については、それを合憲だと説明できる。しかし、昨年問題となった集団的自衛権の行使は、憲法13条では説明できない。

集団的自衛権は、外国からの要請に基づき、その外国の防衛を援助する権利である。憲法13条は、国民の生命・自由・幸福追求の権利の保護を義務付ける規定であり、外国の防衛を義務付けていないから、集団的自衛権の根拠とすることはできない。

国民の多数が支持する従来の政府解釈

では、こうした解釈は、国民にとって理解しにくいものだっただろうか。データを見る限り、個別的自衛権の行使に限り、武力行使を合憲と評価する従来の政府解釈は、広く国民に受け容れられていたように思われる。

まず、国民が自衛隊を必要だと考えているのかどうかを確認しよう。

内閣府の世論調査(平成27年1月に実施された「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」)によれば 、現状の自衛隊について、「よい印象を持っている」と回答した者は92.2%。自衛隊の防衛力について、「増強した方がよい」と回答した人が29.9%、「今の程度でよい」と回答した人が59.2%で、現在の自衛隊の防衛力について肯定的に捉える人は、合わせて89.1%に上っている。要するに、大半の国民は、自衛隊が必要だと答えている。

もしも、自衛隊必要派が多数であり、かつ、自衛隊を違憲と考える人が多いなら、憲法9条改正派は多数派になるはずである。しかし、今年の憲法記念日前後に行われた世論調査によれば、憲法9条の改正に反対する者の方が多い。

例えば、毎日新聞が2016年4月16・17日に行った調査では9条改正について、反対52%に対し賛成27%となっている。他の報道機関の調査でも、概ね同様の傾向が出ている。

他方、集団的自衛権の行使を合憲とする解釈は、世論に支持されなかった。昨年6月20日~21日に実施された共同通信の世論調査では、56.7%が安全保障関連法案は「憲法に違反していると思う」と回答している。

以上をまとめると、集団的自衛権の行使は違憲だが、個別的自衛権を行使するための自衛隊は必要であり、かつ、憲法9条の改正は必要ない――と考えるのが、国民の多数派である。

これは、多くの国民が、個別的自衛権の行使は憲法9条に違反しないと考えていることを意味している。従来の政府解釈は、広く国民に支持されていると言えよう。

長谷部恭男・早稲田大学教授が、集団的自衛権行使容認に踏み切る以前の政府解釈は「機能する解釈」だったとするのも(「藤田宙靖教授の『覚え書き』について」(同『憲法の理性』補章Ⅱ)、そのような趣旨だろう。

そうすると、「憲法13条で、憲法9条の例外が認められる」という解釈は、憲法の文言の「素直」な理解であり、帰結も「自然」である。また、多くの「国民の理解」もある。

もちろん、特殊な解釈技法を駆使したり、絶対平和主義の道徳を至上の価値と位置付けることを前提にしたりして、憲法9条を優先させる解釈をすることもできなくはない。

しかし、それは、かなり不自然で技巧的な解釈であり、国民が理解しやすいものでもない。要するに、自衛隊違憲説の方が、「不自然」で「国民に分かり難い」解釈である。

「憲法を素直に読めば自衛隊は違憲だ」式の論壇の議論も、憲法の素直な解釈をしているわけでなく、意識的・無意識的な絶対平和主義の道徳へのコミットメントや、単に日本国憲法の悪口を言いたいという気持ちから導かれた議論なのではないか。

というわけで、自衛隊の合憲性を明確にするために、憲法9条を改正する必要はないだろう。

もちろん、集団的自衛権や国連軍・多国籍軍参加を解禁するためには、憲法改正が必要だが、先ほど指摘したように、そうした改憲には反対の声が国民の間には強い。政党の側もそれを十分に理解しているのだろう。今回の選挙の各党の選挙公約にも、そうした改憲に積極的な記述はほとんどない。

ここまで各党のマニフェストや自民党改憲草案を検討してきたが、そこに現れなかったもので真剣に考えるべき改憲提案が、衆院解散権の制限である。

現在の運用では、内閣はいつでも衆議院を解散でき、いわゆる7条解散を広く認める運用となっている。しかし、内閣に自由な解散権を委ねるのは、世界標準に照らして一般的ではない。政権与党に有利なタイミングを選んで行う党利党略解散など、解散権の濫用が横行するからだ。

このため、日本と同じ議員内閣制を採るドイツやイギリスでは、解散権に制限をかけている。例えば、ドイツ連邦共和国基本法では、連邦首相が連邦議会を解散できるのは、首相が提案する信任決議を議会が否決したときだけ、と規定されている。

また、イギリスでは、与党に有利なタイミングでの解散が横行したことの反省から、2011年に議会任期固定法が成立し、議会の広い合意があるか、首相の不信任決議が成立したときを除いて、下院を解散できないとされた。

この点、日本でも、解散権の濫用が指摘されることが増えてきている。小泉郵政解散は、「参議院」で法案が否決されたから、「衆議院」を解散するという筋の通りにくいものだった。

2012年末の野田内閣による解散も、民主党は選挙で大敗したものの、いわゆる第三極の選挙準備が不十分なうちの解散という面があったと指摘されている。あるいは、2014年末の安倍内閣の解散も、その理由がはっきりしないものだった。

こうした解散権の濫用について、現行憲法の解釈で、それに歯止めをかけようとする主張もある。例えば、石川健治・東京大学教授は、2014年末の解散については、端的に解散権の濫用として「違憲」と評価すべきとしている(「環境権『加憲』の罠」樋口陽一・山口二郎編『安倍流改憲にNOを!』岩波書店所収)。

憲法学の世界では昔から、解散権の濫用を防ぐべく、解釈上の提案をしてきた。憲法の教科書を見る限り、7条解散を無制限に認めるものはほとんどない。69条解散に限定するか、国民に直接信を問う必要があるほどの緊張状態が生じた場合に限定する説が一般的だ。

しかし、そうした提案が権力者に受け入れられず、不適切な運用が続くのであれば、ドイツやイギリスのように、解散権の濫用を制限する憲法規定の導入しようと提案されることもある。もちろん、実際改憲となれば大事だから、提案の是非は慎重に吟味されるべきだ。

しかし、ここ数年の解散権の行使状況を見ていると、憲法改正を含め、議論をする時期が来ているように思う。

日本のメディアの悪癖

このように、憲法改正と一口にいっても、様々なテーマがある。それらを一括りにしてしまうのは、日本のメディアの悪癖である。

放送時間や紙幅の制限があるのは十分にわかる。しかしながら、巷に流布する俗説に基づいて、「改憲に賛成ですか」、「自衛隊は違憲だと思いますか」などと聞いても、あまり意味のある議論にはならない。国民とって意義のある議論にするためには、憲法改正については、正確な知識に基づき、きちんとテーマを分けて議論すべきだ。

「改憲勢力の議席」に関する報道も、「教育無償化改憲賛成派の議席」、「憲法9条改正賛成派の議席」、「解散権制限改憲賛成派の議席」などといった形で記述してくれないと、今何が起きているのか、正しく国民に伝わらない。

メディアがなかなか変われないのであれば、むしろ国民の側が、「そんな報道では意味がない」とメディアをリードするしかないのだろう。国民が変わればメディアも変わらざるを得ないのだから。

そういう意味では、文字数の制約があまりないネットメディアや書籍に期待している。もちろん、こうしたメディアには、厳しい事前セレクトがかからないことにより、「玉石混交」という難点がある。つまり、読む側に「良い情報」と「悪い情報」を見分ける力が必要とされる。

国民の皆さんには、しっかりと情報の真偽を見極めたうえで、テレビや新聞以外の情報にも十分に触れていってほしい。

安倍屋 大芝居

ひとつめのブラフ

北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐり、朝鮮半島近くに空母「カールビンソン」 を派遣した米国、対抗するように300門の自走砲を並べて一斉砲撃をみせた北朝鮮、空母型護衛艦を初の米艦防護に派遣した日本…。

役者がそろい、大向こうをうならせるケレン味あふれる大芝居。「トランプ屋! 金屋!」。そして「安倍屋!」

おや、と疑問を抱かせたのはまず米国だった。

米太平洋艦隊は4月10日、米韓合同演習「フォールイーグル」に参加し、シンガポールに寄港した後、オーストラリアへ向かう予定だったカールビンソンを「西太平洋の北部海域に派遣する」と発表した。朝鮮半島沖に地上攻撃ができる空母を差し向けるというのだ。

北朝鮮では翌11日、国会にあたる最高人民会議が平壌(ピョンヤン)で開かれ、この日金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の党第1書記就任5周年を迎える。15日には金日成(キムイルソン)国家主席生誕105周年があり、各国メディアを招待して大規模な軍事パレードが予定されていた。

空母派遣という物騒なプレゼントは、生誕を記念して6回目の核実験もしくは米国まで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射など「絶対にやるなよ」というトランプ政権からのメッセージである。

これに対抗するように北朝鮮は軍事パレードに潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星」、新型の大陸間弾道弾(ICBM)など米国の脅威になる兵器を次々に登場させ、期待通り、もとい予想通りの見せ場を演出した。

フィナーレは翌16日、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の新浦(シンポ)付近からの弾道ミサイル1発の発射だった。直後に空中で爆発し、数時間後、韓国のソウルに到着したペンス米副大統領が対応に頭を痛めることもなく、生誕式典は幕を閉じた。

米国は北朝鮮の「誠意」に答える。米太平洋軍司令部当局者は18日、軍事パレードにあわせて派遣すると発表していたカールビンソンが、実はパレード当日には、朝鮮半島から約5600キロも離れたインドネシア近くを航行していたと発表した。

カールビンソンは当初の予定通り、オーストラリア海軍と共同訓練を行っており、朝鮮半島へは舳先を向けてさえいなかった。

トランプ大統領が「我々は大船団を送っている」と述べたのは、得意の「オルタナティブ・ファクト(もうひとつの真実)」だったのである。

米軍最高指揮官の大統領が空母の行動を知らないはずがない。朝鮮半島へ向かわせるとの発表は、ブラフだったと考えるほかない。

瞬殺できる無謀な配備

カールビンソンはその後、海上自衛隊の艦艇と共同訓練しながらゆっくり西太平洋を北上した。米海軍は29日、カールビンソンの周囲を固めて進む海上自衛隊の護衛艦2隻と米海軍の巡洋艦と駆逐艦3隻の映像を公開した。

カールビンソン公開された写真。本当に臨戦態勢?〔PHOTO〕gettyimages
しろうと目には頼もしい限りの「嗚呼、堂々の我が艦隊」だが、情勢が緊迫しているならカメラに映りやすいような位置関係にはならない。臨戦態勢ならば、潜水艦や航空機からの攻撃に備えてそれぞれの艦艇は15キロから20キロも離れて配置するのが当たり前だからである。

空母の周囲を艦艇が守るように並ぶ映像は「フォト・エクササイズ(写真用訓練)」と呼ばれる。相当ヒマか、安全が確保されている場合に限定される。日米の共同訓練は北朝鮮に見せることが最大の狙いだったのだ。よっ、トランプ屋!

最後の懸案だった4月25日の北朝鮮人民軍創建85周年は何事もなく終わり、締めくくりに29日、北朝鮮は平安南道北倉(ピョンアンナムドプクチャン)付近から北東方向に弾道ミサイル1発を発射したものの、これも途中で爆発して終わった。

最近では発射に成功することが多かったミサイルが二度連続して爆発したのは、トランプ大統領へのメッセージとみるべきではないだろうか。ミサイル発射をやめることはないが、現状では米国の脅威にはならない、という北朝鮮なりの回答である。

金正恩委員長の考えを忖度することなく、「失敗」の一言で片づけては失礼というものだろう。

北朝鮮の「深謀遠慮」はまだある。

朝鮮中央通信によると、25日に軍創建後、史上最大規模とされる演習があり、300門以上の自走砲による一斉砲撃が行われた。公開された映像は3列に並んだ自走砲が列ごとに海を隔てた陸地へ向かって一斉に砲撃している。勇ましいことこの上ないが、これほどケレン味あふれる光景はない。

自走砲と自走砲の距離はわずか10メートル程度。300門あろうが、それ以上だろうが、カールビンソンに搭載されたFA18戦闘攻撃機なら上空からの爆弾投下で瞬殺できる無謀な配置となっている。

演習とは、本番で想定される事態に備えて行うのが常識であり、本来なら自走砲は点々と離れ、上空から見つけにくいようカモフラージュされる。

見てくればかりを強調したこの演習は、北朝鮮国民に対して「米国に毅然と立ち向かう我が人民軍」を「見せる」のと同時に米国に対し、「軍の威力を示すけれど、決して本番を想定してはいない」と訴えるシグナルとなっている。

「役者やのう…」(古いか)。

米国と北朝鮮の役者はそろった。最後は日本である。

「形だけ」の米艦防護

カールビンソンに航空燃料などを洋上補給する米海軍の補給艦を護衛するため、海上自衛隊の空母型護衛艦「いずも」が1日、横須賀基地を出航した。

安全保障関連法にもとづく、「武器等防護」適用の第1号である。「いづも」は太平洋で米補給艦と合流し、四国沖まで航行する。

米艦艇を守る「武器等防護」は現場の指揮官の判断で武器使用ができ、集団的自衛権行使と変わりないとして野党が憲法違反と批判した自衛隊行動のひとつである。

奇妙なのは白羽の矢が立ったのが「いづも」だったことだ。

空母のように舳先から艦尾まで平らな全通甲板を持ち、ヘリコプターを搭載する役割の「いづも」は他の護衛艦と比べ、防御力で格段に劣る。自らを守ることさえ覚束ないのに米補給艦に対する攻撃を防ぐことなど不可能に近い。

もっとも北朝鮮海軍に太平洋で活動する能力はないので攻撃を受ける心配はないが、米補給艦と共同行動するのは四国沖で終わり、日本海には入らないというのは文字通り「形だけ」の米艦防護であることを示している。

「いづも」は15日にシンガポールで開催される国際観艦式に参加する予定があり、同方向に進む米補給艦との「二人旅」に選ばれたのだった。

安全保障関連法にもとづく、自衛隊の活動は南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊に「駆け付け警護」を命じてから2件目。安倍晋三首相は任務付与から3ヵ月が経過した3月10日に撤収命令を出し、「駆け付け警護」は行わずに終わる。

「いづも」による「武器等防護」が形式的にすぎないのと同様、「形だけ」だったといえる。安倍政権にとって、安全保障関連法は実施段階に入ったという実績づくりこそが重要なのだろう。

米軍と行動を共にすることでトランプ大統領に対米追従の姿勢をみせつつ、形式的な対米支援にとどめたことで、北朝鮮へは「戦うことまでは想定していない」というただし書きを示すことになった。

「これが政治だ」といえば、それまでだが、真相を探れば北朝鮮問題を巧みに利用する安倍政権の姿が浮かび、日本国民という観客の大向こう受けを狙ったあざとい猿芝居の舞台裏が見えてくる。

なぜ中韓に向かう閣僚がいないのか…

安倍首相は13日の参院外交防衛委員会で、北朝鮮の軍事力について「サリンを(ミサイルの)弾頭に着け、着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と指摘してみせた。

何を根拠に言うのか不明だが、国民に安全安心を提供するのではなく、脅しの言葉を吐くことにより、森友問題や共謀罪といった国内問題から目をそらさせようとする意図がうかがえる。

脅しが効いたのか、金日成生誕記念日の4月15日、弾道ミサイル攻撃を受けた際の避難方法などを紹介する内閣官房の「国民保護ポータルサイト」のアクセス数は45万8373件と急増し、3月のアクセス数(45万858件)を1日で上回った。

海外渡航中の邦人に安全情報を提供する外務省のメールサービス「たびレジ」の登録者も急増し、韓国関連の登録者数は2倍にふくれあがった。

遂に4月29日のミサイル発射時には東京メトロや新幹線の一部が運転を見合わせる事態にまでなった。

ミサイル発射の報道は午前6時6分だったが、5時半ごろには発射されており、日本に到達していたとすれば10分後の5時40分ごろのはず。第一報があった時点で終わった話だったのだから、噴飯ものというほかない。

観客が大芝居に感情を激しく揺さぶられ、平常心を失いつつある一方で、ゴールデンウィークに外遊する閣僚は半数にあたる11大臣にものぼる。副大臣は11人、政務官は8人が日本を不在にする。

日本の行く末を心配していないか、実は心配いらないことを知っているかのどちらかであろう。

訪問先は米国、英国、ロシア、東南アジア各国など。本気で北朝鮮情勢を不安視するなら北朝鮮に影響力がある中国や韓国に向かうはずだが、そんな閣僚は一人もいない。

背筋も凍るようなケレン味たっぷりの舞台を見せられ、「ああ、すごいお芝居だった」と感動する観客は次も入場料にあたる一票を安倍政権に捧げるのだろうか。

2017年5月3日水曜日

世論調査

一部を抜粋すると、

・きょう固定電話に、RDD方式の自動音声のアンケート調査が
 掛かって来た。

 最初の質問があなたは安倍政権を支持しますか?という質問
 で支持しないを選択したら最後まで調査にご協力いただき
 ありがとうございました、と、一問だけで切れた。

 2・3分のアンケートということだったのに、なにこれ?

・私も「支持政党は?」「以前は自民党だったけど」
 「ありがとうございました。カチャリ」

・私も数ヶ月前に同じ体験をした。

 その時は「操作の仕方を間違えて1問だけで終了しちゃった」
 のかと思ってしまったけど、同じような体験をしている人が
 他にもいたんだなぁ。やっぱり。

・私が受けた奴は、枕にアクドイ誘導でアベに賛成させる仕組み
 の調査だった。

 私は、その誘導がどのように間違っているか知っているが、
 そうじゃない人々はどう反応するかは明白。


つまり、初めから批判的な人は電話をすぐ切り数字に入れ
ないので、こんなことをすれば、いくらでも政府に都合の良い
数字を作ることができますよね。

北海道での全道世論調査と、あまりにも食い違いが大き過ぎ
ます。

安倍内閣不支持50% 前回より8ポイント増 全道世論調査
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0388678.html

どうしてこんなことになるのかと言うと、

大手マスコミは世論調査を自社でやることはなく、全て外部に
発注しているからです。

そして元請けは自由に選べるので一見 公平性が担保されて
いるように見えますが、実際に調査を行う下請けの会社は
自民党の息のかかった数社しかないのです。

結局 どのマスコミからも安倍内閣に有利な結果が出るよう
に初めから仕組まれているんですね。

さらに安倍内閣とマスコミの汚いところは、森友問題や今村
失言をテレビで糾弾した直後に、今回のような支持率が上が
ったような報道をしたことです。

つまり何も知らない視聴者を、

「あんな問題があったのに安倍さんの人気は下がってない」

と思わせることで安定を図ろうとしたことです。

事実、ネトサポにそのように発信させてますからね。

森友や大臣失言をテレビが糾弾すれば、一応マスコミが機能
してるように見せかけることも出来るので一石二鳥です。

その意味でマスコミは読売サンケイは元より、朝日や毎日も
多少差はあっても政府とグルであるということです。

会社が生き残るためだから仕方ありません。

ただしマスコミが政府と100%グルであるかと言うと、
そうとも言い切れないのがやっかいな所です。

なぜならテレビは視聴率が最終的に物を言うからです。

僕が広告代理店にいたころと基本的スタンスは変わってない
はずで、視聴率が高い数字を取ればスポンサーやクライアントは
OKを出すわけで、それは政府の方針より強いのです。

やらせや仕込みは当たり前の世界で、何気ない
カキ氷店に並ぶ女性のワンシーンでも、
素人ではなく知名度の低いプロ(AV女優)を使います。

テレビ局の仕込みが画面に映ってしまった!
http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11890180534.html
仕込み・ヤラセ・捏造の元凶は電通とネトウヨである
https://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11919060250.html
気温40度超えもヤラセか?懲りないテレビの仕込み!
http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11910341200.html

要は視聴者次第ということなんですね。

世論誘導で引っかかったままならそのまま、しかし大衆が
誘導に乗らず怒りを保てば、それも反映させる世界です。

だから国民は目を覚まし、賢く上手にマスコミを利用すべき
だと思います。

2017年4月30日日曜日

財務省の森友学園文書はやはり存在していた! 情報開示請求で黒塗りだらけの近畿財務局の記録が

2017.04.29 

森友問題で財務省が廃棄したとされる文書が存在していた!

妻の関与を示す決定的証拠(夫人付政府職員の谷査恵子氏のファックス)が出てきても嘘八百で逃げ切りをはかっている安倍晋三首相だが、森友学園疑惑の“闇”を白日の下に曝そうとする追及は今もけっしてやんだわけではない。

 4月22日の「デモクラTV本会議」で川内博史・元衆院議員(民進党鹿児島第一区総支部代表)は、「籠池理事長の名前が書いてあります」と言って、財務省近畿財務局の黒塗りだらけの文書をカメラに向かって示した。「未利用国有地等の取得等要望について」(平成25年8月26日)と銘打った近畿財務局長宛の文書はA4で100ページ。国有地払下げによる小学校用地取得を要望するもので、森友学園が作成して近畿財務局に提出したものだった。しかし黒塗り部分がないのは9ページだけで、「安倍晋三記念小学校」(後の正式名称は「瑞穂の国記念小学校」)の具体的内容が判読不能な状態となっていた。説明責任を果たさない安倍政権の隠蔽体質を“絵”として物語るものだった。

 衆院議員時代、福島原発事故や辺野古新基地建設などの様々な問題を追及してきた川内氏は、現在も現職国会議員と連携して調査活動を継続。今回、開示請求で財務省の文書を出させた。川内氏はこう説明をした。
「ほとんど黒塗りですが、文書が存在していることが分かり、財務省が何かを隠そうとしていることが明らかにもなった。財務省理財局の担当者に、(交渉開始から)売買契約に至るまでの書類の分量を聞くと、『ドッジファイル(パイプ式ファイル)で4冊から5冊分の文書があります』と答えました」

 国会で佐川宣寿理財局長は「文書は廃棄、パソコン上にデータは残っていない」と答弁しているが、売買契約関連の文書は残っているというのだ。

「重要文書を破棄したら文書管理規則で懲戒の対象になるし、証人喚問で籠池理事長が暴露した安倍昭恵夫人付の谷査恵子氏のファックスだけが残っているはずはない。野党は『書類を出せ』と徹底的に追及をするべきです」(川内氏)

黒塗りだらけ、財務省文書には何が書かれていたのか?

 昨年のTPPの国会審議でも安倍政権は、交渉過程に関する資料を黒塗りにした。玉木雄一郎衆院議員(民進党)が「国民に知られたくない密約があるのではないか」と追及。参院選の応援演説でも、黒塗りの文書を手に政権の隠蔽体質を批判したが、その文書をはるかに超える森友学園関連の文書が出てきたのだ。

 ではこの文書には何が書かれていたのか。文書の冒頭部分で内容が読み取れるのは4ページまで。表紙(1ページ目)の国有地の所在地や面積や籠池理事長の名前と電話番号は判読可能で、2ページ目も「(1)取得等方法 購入(できれば、当初は借地、その後に購入)」「(2)取得等時期 平成26年度予定」「(3)貸付要望期間 8年間は貸付を受けて、その後に購入したい」などと書いてあったが、ここで「別紙添記載」扱いとなっていた「事業計画の概要 開設概要」「事業実施スケジュール表」「創立予算費・負債償還計画書」は、それ以降のページで内容がことごとく黒塗りとなっていたのだ。

 例えば、「開設概要」の「設立趣意書」(5~7ページ)は設立代表者の籠池理事長名以外はすべて黒塗りで小学校名すらなかった。「学級編成表」(8~9ページ)も学級数と生徒数のデータも判読不可。「学則」(10~17ページ)に至っては表題以外に読める部分がなかった。「教育勅語の暗唱など教育基本法に反する学則であったためか」と勘繰りたくなるのだ。

 大阪府私学審議会がいったん認可保留とした理由の「財務状況(資金計画)」についての情報も隠蔽されている。

「資金収支計算書(平成25年4月1日から平成26年3月31日まで)」という表題は読めるが、「学生生徒等納付金収入」「寄付金収入」「補助金収入」「人件費支出」などの金額はすべて黒塗りになっていた。

 財務状況の判断材料となる「貸借対照表」「固定資産明細表」「借入金明細表」「森友学園 新規学園設立案件 収支計画・借入金返済計画概要」も金額が全て黒塗りなので、妥当性をチェックしようがない。

 文書全体を通して、財務省の情報隠蔽は徹底していた。安倍夫妻が称賛していた森友学園の実態を“闇”に葬り去ろうとする意図が否が応でも伝わってくる。意思決定過程をチェックできない安倍政権もかつての都庁と同様、ブラックボックス化した“伏魔殿”といえるのだ。

 近畿財務局の5回の大阪府訪問記録が物語るもの

大阪府の対応と比べても財務省の隠蔽体質は際立っている。この問題を国会で初めて取り上げ、今でも追及を続けている宮本岳志・衆院議員(共産党)は4月12日の財務金融委員会で、大阪府の「設置認可申請に関する検証報告」を配布した上で、近畿財務局の5回の府訪問について質問した。

これに対し佐川宣寿理財局長は「個別の日時とか回数までは把握していない」「個別の面会の記録、やりとり等は残っていない」と答弁、宮本氏は「話にならない」と呆れた。

「借地上への校舎建設禁止」の審査基準違反をした私学課長に厳重注意の甘い処分を下した大阪府だが(前回の連載で紹介)、それでも聞き取り調査をして検証報告書も発表していた。そこで宮本氏は、財務省も大阪府と同じように担当者への聞き取り調査をすべきと迫ったのだが、佐川理財局長は「通常の地方公共団体とのやりとりの一環。改めて調査をすることは考えていない」と拒否したのだ。

 近畿財務局の国有地払下げと大阪府の私学認可は「ニワトリとタマゴの話」(鴻池事務所の陳情整理報告書より)と評された関係で、2つの行政機関が足並みを揃えないと実現困難だった。しかし宮本氏がこの日の追及で浮彫りにしたのは、近畿財務局が主導して大阪府がそれに従ったという“主従関係”の構図だ。森友学園称賛の安倍夫妻の意向を受けて、中央官庁が地方自治体に不当介入した疑いがあるともいえるが、この疑惑解明を財務省は頑なに拒んでいるのだ。

 近畿財務局職員の府訪問日時は以下の5回。府が私学課からヒアリングをしてまとめた検証報告の「一覧表」に記載されているものだ。

2013年9月12日
2013年11月19日
2014年7月28日
2014年10月2日
2015年1月8日

 中でも宮本氏が注目したのは、5回目の2015年1月8日の訪問だ。一覧表には近畿財務局職員2名が来庁した理由が記載されていた。

〈(府私学課)B主査(担当主査)
〇平成26年12月の私学審が継続審議となったことについて確認するために来庁。
〇「この先認可が下りる見込みがあるのか」、「下りるとしたらいつ頃の見込みになるのか」との問い合わせがあった。
〇「早ければ平成27年1月中に開催することも視野に入れて検討はしているが、開催が決まっているわけではない。」「実際に開催されても認可適当との答申が出るとは限らない」と回答したと記憶〉。

〈 C補佐(当時グループ長)
平成27年2月(予定)の国有財産の売払いの審議会までに、私学審の答申は得られるのかという話があり、「いつ答申が得られるのかわからない」と返答をすると、「審議会の結論を出す時期など、ある程度事務局でコントロールすることはできるのではないか」との趣旨の発言があり失礼に感じたと記憶〉

 近畿財務局職員が上から目線で文句を言ってきたので、府私学課担当者が「失礼」に感じたという面談状況が目に浮かぶ。

近畿財務局の5回の大阪府訪問記録が物語るもの

 この一覧表にある発言内容を宮本氏は4月21日の国土交通委員会で紹介、高圧的な働きかけをした財務省が驚くべき資料を作成していたことと関連づけた。菅野完氏が記事で紹介、宮本氏らが国会で取り上げた「今後の手続きについて」と題する資料のことだ。

「『今後の手続きについて』と題されたものですがあります。、『平成26年(2014年)12月17日時点における今後の手続きの説明資料です』とあり、今その後の詳細な手続きが記されております。私は、籠池氏の手帳で、この12月17日午後1時、近畿財務局と会っている事実を確認しました。(中略)平成26年12月17日と言えば、大阪府私学審議会で森友学園の小学校設置申請が継続審議となった大阪府私学審議会の前日、つまり平成27年2月10日に開催された第123回国有財産近畿地方審議会の2カ月近くも前です」「この資料の別添資料を見ますと、有償貸付合意書や売買契約書まで既にほとんど出来上がっていますよ。ここには所在地や面積が既に書き込まれて、後は日にちと名前を書き入れて、印鑑を押せば、契約完了というところまで準備しているじゃないですか」(21日委員会での宮本氏発言)

 何と財務省は、安倍夫妻称賛の森友学園のために、契約書の代筆に等しい不動産代行業をしていたのだ。公僕のはずの財務省が安倍首相の個人的願望実現のために動いたとしか見えないではないか。近畿財務局が森友側に渡した資料(別添資料を含)であることを確認した宮本氏は、疑惑の核心部分に迫った。

「2014年12月の大阪私学審議会の前日には、翌日には認可適当の判断が出ることを前提にここまで手はずが整っておりました。だからこそ、この間発表された大阪府の検証報告書によれば、2014年12月18日、私学審で『財務に不安がある』として継続審議となった直後(の2015年1月8日)に、近畿財務局は大阪府に対して継続審議となった理由を問い合わせ、『私学審の結論を出す時期など、ある程度事務局でコントロールすることは出来るのではないか』という主旨の発言を行い、このシナリオ通りに進めようとしたのですよ」

「(近畿財務局は森友学園に)契約書の中身まで事前に伝え、森友の認可のために認可が下りる前からせっせと準備を整えて、スケジュールが遅れそうになれば(大阪府私学課担当者を訪ねて)汗をかいて規定路線に戻すことまで財務省はやってきた」

 宮本氏に資料を突き付けられても佐川理財局長は「今までの答弁通り、予断を持って国有地売却の方針について伝えたことはありません」と虚偽答弁ではないと言い張った。宮本氏が「断じて納得できない」と追及を続けることを宣言したのはこのためだ。

 大阪府の聞き取り調査では、国会議員からの問い合わせがあったことも判明した。2014年7月まで日本維新の会国会議員団代表だった平沼赳夫・元経済産業大臣(現在は自民党)から「森友学園の理事長に対する府の職員の態度が悪い」というクレームが入ったというのだ。

ただし私学課内でも記憶している職員と記憶にない職員がいて、平沼事務所も「連絡を取ったことはない」と否定している。

しかし元維新の上西小百合衆院議員は、4月10日の宮本氏らとの座談会でこう振り返った。

「維新時代の13年に平沼先生らから指示されて塚本幼稚園を視察しましたが、異様なのでブログなどで自ら発信することはありませんでした。平沼先生が府に問い合わせをしたとすれば、職員に影響を与えたと思います」

「府の検証報告にある『(私学課長の)厳重注意処分』は、不祥事が多い維新の常套手段。身内をかばう時によく使う形だけの甘い処分です」

 疑惑の構図は、1)「日本会議」シンパで安倍首相のブレーンでもある「日本教育再生機構」の八木秀次氏らが主催した教育問題シンポジウム(“平成版2.26事件”)で意気投合した安倍首相と松井府知事が森友学園のために働きかけ(口利き)、2)財務省近畿財務局と大阪府が二人三脚を組んで「国有地格安払下げ」と「異例(審査基準不適合)の私学認可」をしたというものだ。この見立てに当てはまる財務省の資料が次々と暴露され、疑惑は深まるばかりだ。

籠池前理事長と財務省幹部のやり取り詳細

籠池前理事長と財務省幹部のやり取り詳細

4月28日 15時47分 NHK


平成27年3月15日、森友学園の前理事長、籠池泰典氏と妻の諄子氏は東京・霞が関の財務省本省で、理財局の田村嘉啓国有財産審理室長らと面会した。4日前の3月11日、森友学園が国から借りた大阪・豊中市の小学校建設用地から新たなゴミが見つかっていた。面会は、このゴミの処理などで国に迅速な対応を求めるもので、籠池氏は田村室長とのやり取りをスーツのポケットに入れたICレコーダーで録音したという。録音はおよそ1時間半。雑音で聞き取りにくい部分も少なくない。この音声記録はノンフィクション作家の菅野完氏から提供された。

『特例』という言葉で表現

問題の国有地は、この前の年、森友学園に売却を前提とした借地契約で貸し出されていた。国有地の処分は売却が原則で、異例な形が取られたことに財務省は小学校という公益性などを考慮して例外的な対応を取ったと説明している。音声記録で、田村室長は、この対応を『特例』という言葉で表現していた。

田村氏「田村でございます」

籠池氏「籠池でございます」

田村氏「きょうはわざわざお越しいただいて…」

籠池氏「お邪魔せないかんなぁと前から思っておったんですけど。きのうの 土地の問題で、話をつけなあかんことがありましたもんですからね。もう、その足で飛び込んできました。どういう内容かご存じですかね?」

田村氏「あの、(近畿財務局から)報告は受けています。まあ全体を詳しくっていうことではないですけれども。あの、もともとこの件の経緯がですね、貸し付けをするっていうことが特例だったものですから」

諄子氏「それは感謝しております」

田村氏「そこで、その後もですね、状況の報告は受けてますので、どういう状況になっているのかというのは一応承知はしております」
冒頭から不満
籠池夫妻は冒頭から口にしたのは近畿財務局の対応への不満だった。「対応の悪さで小学校の開校が1年遅れた」「土壌改良工事で学園が立て替えた1億3000万円余りの費用が約束どおり返還されない」などと主張した。

諄子氏「その報告がいい加減になってきました」

籠池氏「(近畿財務局から)直接の話がどのように得られているかわかりませんので、近畿財務局の方で対応してくれるんだろうなとは思っておったんですが、私どもなかなか東京の方にはね、こちらにお邪魔することは出来ませんもんですから、人を介してということをさしてもらっていましたけど。どうも、われわれが俗な言葉で言うと舐められているような形をしているなぁというふうに、ずっと前から感じてましてね。(小学校開設の)工期も1年ずれてしまったということは、ご存じのとおりやと思いますけれども。その工期がどうして1年ずれたかということの具体的説明は受けてらっしゃるんですかね」。

田村氏「まあ、あの、聞いておりますけど」

諄子氏「どういったことですか?」

田村氏「いや、まあ、そこは今話す事柄じゃないのかなと」

諄子氏「えー、そこを」

田村氏「それでしたら、ご説明いただければと思います」

籠池氏「非常にあのう、大阪弁で言うとブッサイクなことが起こって、1年、われわれの方がずらさざるを得んようになったということなんです、実際ね。契約の関係もありました。でも契約の関係はあったけども、まずは鍵を貸してくれなかったというところからボーリング調査が遅れちゃった。鍵1つ貸してくれたらボーリング調査が、すぐに行われて、すぐにあの悪い軟弱地盤であるとか、ガラが入っているような産業廃棄物とかを取り除く工事が入るべきだったんです。でも私どもはそこは黙ってました。そしてガラも取り除かないかんということで。われわれのほうでやりました。やったけども、ある方の介した中でお聞きすると、航空局の方の関係でですね、平成28年度の予算で、取り除きの立て替えの金額を返してもらうという約束に、当時の次長の方で口約束ではあったけどしたわけですよ。ところが『平成27年の予算要求ができていなかったから平成29年になりますよ』というようなバカみたいな回答をある筋から頂いて。言った言わないの問題じゃないけど、国の財政の中枢を担っている財務省のお役人としては、そんないい加減なことで、ええのかなと僕は思ったわけですよ、実際。でも黙ってましたよ。まだお金も返してもらってません、返してもらってませんよ、1億3000万から4000万のお金」

財務局の不当な指示と主張

「ある方の介した」「ある筋から」など取り次いだ人物の存在を示唆しながら財務局を批判する籠池氏。新たなゴミが財務局が不当な指示をしたことが原因だとする主張を展開し始めた。

籠池氏「今回お邪魔した主たる目的というのは何かというと、財務省の近畿財務局の方が、われわれは小学校の用地ですから、子どもが入るわけです、あそこに。大人じゃないわけです。予算がないのに、ガラとか、それとか有害物質が入っている土を『そのまま埋め戻してほしい』と。『(敷地の外に)運ばないで場内に埋め戻してほしい』なんていうようなことが発生したわけです。それは、どなたからの指示、あるいは誘導したのかというと、ここにも打ち合わせ記録がありますけども、財務局の方から、そもそも予測される産廃処分に合わせて…」

諄子氏「ご存じですか?」

籠池氏「存じてますかって、知ってはるわけないやないかい。そんなん近畿財務局の」

田村氏「これは」

諄子氏「中道組さん(が作成した打ち合わせ記録)です。テープをもって記録しました。それを知ったのは私たち、(4日前の)金曜日です」

籠池氏「金曜日に(建設会社などとの)総合打ち合わせ会があったんですよ、現地で。山のように土が埋もれている、全体、全体。そこにはビニール、革靴、長靴、うわぁーっとあるわけですよ」

諄子氏「これ、これです。はい、ちょっとわかりにくいですよね、スマートホンじゃないから。もうすごい汚物が」

田村氏「表面に出てきているんですね」

籠池氏「(近畿財務局は)『それはそれでいいよ』ということを言っとるわけです。どういう意味かというと、そこ(打ち合わせ記録)に書いてありますよ」

諄子氏「(近畿財務局は)『それをしないと、契約は出来ないぞ』という脅し文句を言ってるんですよ」

籠池氏「『産廃、産廃土の処分が通常の10倍では到底予算がつかないが、借り主との紛争を避けたいので場内処分の方向で協力をする』とあるんですよ。場内処分ですよ。場内処分ということは、そこに残しとけということですよ。そういうふうなことを言われたら、当然、業者も設計士もですね、『ああ、それが国の希望なのか』ということで従っていくでしょう。われわれの設計(業者)も、『小学校の開校も延びたので、可能な限り場内処分計画を検討します』と書いてあるでしょ。こうやって誘導しているんですよ。そうしないと、いわゆる契約取りやめになるぞと。これはそこに書いてある(平成27年)9月4日ですから、僕たちが近畿財務局と契約させてもらったのは(平成28年)5月ですよ。5月のあとの9月の会議で、『契約を取りやめにするぞ』というふうなことですよ。こんなバカなことを言って、しかも施主であるわれわれの方には、『設計の方から聞いてくれと、近畿財務局は言わんで』ということを言っているわけですよ。こんなバカなことが認められますか。今まで1年間、学校の開設工事が遅れて、1年ずらしたんですよ。去年は『すいません、すいません』って言って80名の生徒が来ていましたけれども、全部電話連絡して、謝って謝り倒したんですから私は。その後で時間があるのにもかかわらず、悪い土地を、土をもう一度、中に埋め戻してしまえということを言っているわけですよ。こんなんで小学生のですね、安心安全をした教育が出来ますか? 出来ないじゃないですか。こんなこと、こんなことやって」

諄子氏「その産業廃棄物をですね、『とりあえず(敷地の)端っこに積め』という指導だったんですよ。それは無理ですよ。ふるってふるって、こんだけの産廃です。土自体が産廃であるということを彼らは全然認識していないんですよ。それで、そのゴミだけを取ってそれを積めということをきのう言われたというから『なにをー』ということでですね、新幹線の中で報告を受けてこっち来たんですけどね」

籠池氏「もう血圧が上がったんですよ。そんなことをね、国のお役人が言うはずはないと当然思っているでしょ。思っているのにそういうことを言ってる。ということは今まで、1年間ずらしてきた内容の事柄について、われわれには適当に言っているけど、本当にこれ、われわれの学校が設立するのを邪魔だてしてんじゃないかなというふうに思ってくるじゃないですか」

諄子氏「だから役人っていうのは、もううそつくのが仕事なんでしょうかね、田村室長さん」

田村氏「そんなことはないと思いますけど…」

諄子氏「うそつきなんです、大阪の役人は。メチャメチャですよ」

籠池氏「メチャメチャ、メチャメチャですよ。われわれはお願いして定期借地にしてもらいました。それはありがたいことやと思うてます。で、早々に購入したいとも思っています。思っていますが、本来地主さんというのは、きれいな土地にして『どうぞ使ってください』というのが本来なんですけども、『今回の土地のままでええよ、それで使ったらええやないか』という考え方自身がおかしい」

諄子氏「きのうですね、(近畿財務局と大阪航空局の職員)6人で来て『あの残骸見てどう思いますか?』って聞いたら『ちょっとひどいですよねえ』って言うんですよ。どう思うかという自分の個人の意見はないんですよ」

籠池氏「われわれは教育者ですのでうそは言わないんです」

一方的に話し続ける籠池夫妻

土壌改良工事の施工業者のメモを根拠にした籠池夫妻の主張。財務省は埋め戻しを指示した事実はないと国会で全面的に否定している。ほぼ一方的に話し続ける籠池夫妻に対し、田村室長の発言はほとんど聞かれない。


諄子氏「だから東京の方にですね、参りましたのは、どのように報告がいっているのか、私たちもちょっと不安になりましたんでね、何か言うたら『本部が、本部が』言います。『本省が、本省が』言うんで」

籠池氏「やっぱり経緯をお話しとかないかんのやと思うんですよ、僕はね。たぶんそちらの方でいろいろ雑音が入ってくると思うんです、ええ意味じゃなくてね。私の方は(近畿財務局の)A職員さんっていう人が担当になったけども、何も説明責任してくれないんですよ。上のほうからガーンってね、ご紹介いただいて運輸の、まあいわゆる。『そんなん何や、そんなもん関係あるかいな』という感じ。そっから始まりました。だからはじめから大変な状態だったですよ。『これ持ってこい』『何やねん、こんなもの』という感じで言うてましたからね」

籠池氏「(航空局が中道組に)『平成28年度中に支払うことが出来ますよ』ということを言ったそうなんですよ。ところがそれについて『早めに払う言ってたじゃない』ということを言ってもね、『そんなもん言うてない言うてない』。そんなこと言っていなかったらわれわれからそんな請求することはないし、しかも平成27年の3月か2月か、前の財政部次長さんが『(予算を)かき集めてください、かき集めさせよう』って言ったから私はですよ、ああそれだったらもう(土壌改良工事の)契約しようかということにしたんですよ」

諄子氏「で、それうそついて」

籠池氏「ところが予算は、もうその時にはもう予算措置じゃない、なんて言うのか『計上は終わっているんで無理だったんですよ、アハハハハ』ですよ。そんな国民を愚弄してるようなこと。それで契約を誘導したよな、実際」

諄子氏「それでね、なんで借料払わなあかんのですか?何でですか? 230万円近くを毎月払わなあかんのですか? 近財だってそういうこと知ってたやんと思うんですね。だからこの60年間、70年間、土地をそのままほっ散らかしにしてたんですよね。だからたぶん問題というかもめ事の焦点はそこだったのかなあという感じがするんですけど。それだったらそれでもう全部暴き出して、近財の大罪を」

籠池氏「本当にね、愚弄されている気がするんですよ」

諄子氏「去年(平成27年)の12月もそうですけども居留守するしね。私、近畿財務局に行ったらちゃんとおるんですよ、みんな。なんでそこまでして、返してくださいよ、本当に。立て替えたお金は返してほしいです。だまし取られたような気がしてしかたないんですよ」

籠池氏「もう何回もそれで言いましたけどね」

諄子氏「鍵もそうですよ」

田村氏「いえ、あの、鍵の件とか、あのいつからですね、貸し付け契約をせないかんかっていうのは、まあこちらもあの、法律の、まあ、こちらというか近畿財務局の、法律の施行管理規約を踏まえてやるっていうことで…」。

諄子氏「その法律の…」

田村氏「そこはあるにしてもですね、あの」

諄子氏「それがおかしかったんです、そもそも」

籠池氏「だって、あそこはわれわれがお金を出して、なんと言うんですかね、土地を借りますわね、普通やったら、それまでにその土地の状態がどんなものなのか調べているわけやないですか。だってもともとあそこは、どうも土地柄が悪いぞということはわかっていると。それを今、数億円で引き受けると。そうしたらどのぐらい悪いのかということを契約しますよ、契約はと。じゃ、契約しますからちょっと貸してくれませんかと。1日ぐらい貸してくれたらずうっとボーリングしてわかるわけですよ。わかったらそれを踏まえて、次の対策を、次、どこどこの建設業者に土壌汚染を頼もうとか、設計士どうするって相談できるんですよ」

諄子氏「できるじゃないですか」

籠池氏「できるのにそれもさせないから。させてもらってから土壌のボーリングをしてからタイムラグが刻々ともう。非常に不自然なことがあったんですよ。われわれのこと考えていない、そしたらA職員という前の担当者の指示だったと思いますけどね、それにしても、それで時間がひと月以上かかって、しかもこれはあかんと。産廃があるとかね、産廃だけじゃなくて、ほかされた土があると。それを取り除くのにどれぐらいかかるんやって、パパパって3か月半じゃないですか。5月に契約して土地柄さえ良ければ、6、7、8、9、10、11、12、1、2。これぐらいでも学校はできるんですよ。できて、ことし(平成28年)の4月に開校できたはずなんですよ。それなのに意地悪なことをしたのかどうか分からん、そういうことやと思いますけど3か月半延びて、ひと月、4か月半。出来ませんよ」

「あの方が愚弄されている」

土壌改良工事で立て替えた「有益費」と呼ばれる費用を早急に返還するよう求める籠池夫妻。田村室長の法律に則した手続きしかできないとする回答に納得する様子はうかがえない。

籠池氏「1億3000万、4000万かかりますねえ」

田村氏「それは、あの」

籠池氏「払うことになっているんですよ。4月以降ね。それは決着がついたから後ですよね、1月に、4月に払いますいうのはね。で、それまでわれわれみたいに大学法人やない小さな法人がですよ、そりゃ大きなお金やないですか」

田村氏「多少のご不満もあると思います、あると思いますけど…」

諄子氏「多少のご不満とかいう問題じゃないのよ。そういう問題じゃないでしょう」

田村氏「いえ、あのう、民法上は有益費は、あの契約の終了時に払うというのが一般のルールなんですね」

諄子氏「一般じゃないですよ、民法、民法上でしょ」

田村氏「一般、民法、民法上。民法上、有益費は…」

諄子氏「そんなこと聞いたことないですよ、何言うてんの?」

田村氏「だって、法律に書いてあるんです」

諄子氏「法律とかじゃないって、そういうもんじゃないって」

田村氏「ただし、お話を受けて近畿財務局で検討して」

籠池氏「うん、うん」

田村氏「あの、協議が整えば、前倒しで払うっていうのを契約書に盛り込んでいるので、早めに払うということはわれわれも相談を受けて、ま、それでいいんだったらそうやってくれっていうのは、そこは相談を受けていました」

諄子氏「違う、だからそんなん相談を受けるからややこしいんでね」

田村氏「ええ」

籠池氏「だから田村室長がですね、『あっ、それでいいよ』と」

田村氏「その、近畿もそれなりに、あのう」


諄子氏「ちゃう、ちゃう、ちゃう。あの人、現場にも行っていないし」

籠池氏「近畿は何も動いていない」

諄子氏「お高くとまってません? 役所の仕事、お高くとまってませんかあ?」

籠池氏「いや、本来ね、これは民民の場合と、国と民は違うんやという考えが方が当然あるかわからないけど、ちょっと今回のことを、そして前回の事柄にしても、やっぱいろいろなんか知らんけど、僕はもう紹介者に対して申し訳ないから、そんなに言ってなかったけど、今回はね、やっぱりね、これは、このあの、あの方自身が愚弄されていると思ったから、僕来たんです。これはあかんと。こんなことしてたら大変なことになるなあと思ったんです。だけどね、僕は自分のために来たんじゃないですよ、おかしいと思ったの」

「あの方が愚弄されている」との発言した籠池氏、「あの方」とは誰を指すのか具体的な名前は出さなかった。

不公平だと主張

自分たちよりも優遇されているとするほかの国有地の事例を持ち出し、不公平だと主張する籠池夫妻。田村室長に取り合おうとする姿勢は見られない。


諄子氏「(現地に建設作業用の)2階建てのプレハブ事務所建てはったら、それが沈んだのご存じですか?」

田村氏「いえ、それは聞いていません」

諄子氏「ほらな。何も聞いてない。(敷地内の)北西の方の土壌のとこがいちばん土壌汚染がひどい感じですよ。中にはすごい有害物質まで入っているのに、そこね近財さん、知ってて『知らん』って言うんですよ」

籠池氏「これすごく重要なんは、これ言ってええのかどうか分からんけど、われわれ、建物を建てますよね、建物を建てる。ところが、これ僕は購入させてもらいますよ、購入させてもらうんだけど、じゃあ僕のとこが中学校建てる計画が将来的にあるから、それ8階建てににするつもりなんですよ。そうしたときに3メートル、2メートル、1メートルしか掘っていないから、そこの分は掘った。でもその下にいっぱい溜まってんですよ。将来的に僕が中学校を建てたときには、それを全部どけないといけないんですよ」

諄子氏「そんときは近財は『知らん』って言うと思う。もうきれいにしてほしい」

籠池氏「それを袖にしてわれわれの方に『もう今建ってる分だけでええんちゃいますか』と言う。おかしいじゃない、あなた。おかしい」

諄子氏「それにA職員いうたらね、あの土地10億って言うのよ。こっちの土地鑑定士に査定してもらったら7億って言ったよ。その差っていうのは教えてくれないのよ。誰が不動産鑑定士、全然教えてくれない。そしたら法的に追及しないと出さないんじゃないですか? (近畿財務局は)京都駅の前では国有地を安くで売って、別の大学には安くで売って。役所、役人の退職後の職場のためにゴマすっとんちゃうかあって言うんですよ」

籠池氏「あれは租税特別措置法いうのがあって第3条にわれわれ学校法人が入るんですよ。入るんやけど、それがまあ財務局の内部措置で、それが今は機能していないというかね」

田村氏「それはあの全国統一でやってるんで」

諄子氏「統一じゃないねんもん」

田村氏「いや、統一なんですよ」

諄子氏「ないもん。ほな、なんで京都駅の前の一等地があんなに値段とかね」

田村氏「昔からこう、昔はあの、適用できたんですけど、あの…」

諄子氏「いや、それはその、お宅らの中での法律のいじくりであってね」

田村氏「いえ、いえ、中じゃなくて、これはあのう…」

諄子氏「そんなんをまたご自由に変えているじゃないですか。何年かおきに。変えてるやん、よう言うわ」

田村氏「ただ、それは審議会にかけて…」

諄子氏「だから審議会かけてるじゃない」

「新たなゴミ どう認識しているのか?」

田村室長の淡々とした対応に、籠池夫妻は新たに見つかったゴミをどう認識しているのか迫った。そして『重大な問題』と認識し責任もって対応するとの回答を引き出した。

籠池氏「重要なこともいろいろ話しましたけれども、われわれが購入させてもらうときには、やっぱりきれいにしておかないかんというふうに認識してるわけですよ。使わせてもらってる時もそうなんですよ。今、使ってましたら地主責任ってありますよね。地主責任あると思うんですよ。われわれはもう『ハイハイ』と言って全部立て替え払い、立て替え費も払いましたから、賃借料も払ってるんですよ。こんなん、きちっとやってもらわないと、入ってくる子どもたちに風評が流れたら、それこそわれわれの学年にとっては命取りになります。それどころか国にとってもやっぱり大きな問題になってくるんじゃないかなと思うんですよ。これは早めに対応してやってほしいですよ」

田村氏「近畿財務局が報告、9メーターぐらいを堀りましたと。で、中から産廃が出たと、これは事実です?」

諄子氏「そりゃ事実。もっと掘ったら、もっと出る」

田村氏「事実ですよね。そしたら、あのね、この事実を踏まえて、われわれとしてもですね、国として責任があるのであれば当然ご対応しなければいけませんので」

諄子氏「うんうん、あるある、もう」

田村氏「これは法律の専門家に意見を聞いて財産を所管しているのは航空局ですから、航空局に相談したうえで…」

諄子氏「ちょっと待って」

田村氏「対応策を検討していくと」

諄子氏「いや『相談、相談』ばっかりやで。でもね間に合わへんやん、こっちのこと考えてよ」

籠池氏「いや、時間的なもんはどういうふうに考えているの?」

諄子氏「何を言うてるの、時間的なものどうすんのよ、あんたらの相談言うたらね、何か月も待たされるねんやわあ。怠慢ですよその間の。役人の仕事の怠慢、きのうもそうです」

籠池氏「僕ら工事がストップなってるんですよ」

田村氏「それはあの、わかってますよ」

諄子氏「6月生徒募集なんですよ。あんたら邪魔してるやんそれ。また1年伸びるじゃないですか。6月生徒募集もできへんやないですか。何言ってんですか、あんたら邪魔してるんですよ。何が相談、相談やの。園長は1人ですよ、理事長は。1人で裁断してるんです。全部。あんたら何人おって、みんないい大学出た後の人間ばっかりやん。相談、相談言うて、責任、覚悟というものがなさすぎるって。私は相談言うて、今はもう乗られへん。そんな悠長な時間もないもん。だから私、国に来たんでしょう」

籠池氏「ないよ」

諄子氏「相談なんて待ってる場合やない。ほったら、あんたらもう法律家に相談する言うんやったら、うちもせなしゃあないし、国に損害賠償を起こすから、起こさなしゃあないやないですか。『どうぞ』とあんたらは言うでしょう。だって自分の責任じゃないもん。なんとか周りが何とかするわなあって室長っていう冠あっても最後は『僕ら関係ない、もっと上や上や』ってなるよね。それが、あかんて言うのよ。復興だってそれで遅れてるんよ、それと同じようなこと今回はさせない。もう1年も待った。あんたらの大罪大きいのよ。何とも思わない? もう一つ落ち度は近畿財務局。いつもメモ書いている。ちゃんと議事録書いてるんだったら全然関係ない。断片的に自分が都合のよいように国に報告してる。『ほんならメモ書きな』って言ったんです、きのうも」

籠池氏「メモをとっているようやけど『持ってる?このときの持ってるんじゃないの?』って言ったら『いえ、ないです』って」

諄子氏「仕事してるふりしてんねん」

田村氏「それは、あの、重大なですね、問題であるというふうに」

諄子氏「重大よお」

田村氏「いや、だからちゃんと認識していますんで、近畿も対応するって言ってますので」

諄子氏「いや、近畿が認識してないねん」

田村氏「いや、だから…」

諄子氏「重大やいうことを近畿が認識してないのよ、ぎゃあぎゃあ言って悪いけど」

籠池氏「田村室長さんにお願いしとかないかんのは、僕たちが、今までなんかかなり悪者になってきてるんだと僕は思うんですよ。私はね、こういう性格やから自分が前に出てくるという事はもう最終の段階しか出てこないです。本当にそうです。で今回の分については」

諄子氏「たまりかねてますよ、もう」

籠池氏「これは今、現在進行形で進んでいる事だから早めに対処せないかんとともに、われわれがあそこに中学校も作る、将来的になってますから。その時に『えーっ』ていうふうなことにならないようにしとかんといかんと思う、実際」

昭恵夫人の名前を出す

面会が40分ほど経ったころ、籠池氏は、小学校の名誉校長だった安倍総理大臣の昭恵夫人の名前を口にした。田村室長は前の年、昭恵夫人付きの職員から森友学園に関する問い合わせを受け、回答したことが明らかになっている。ただ、音声記録では籠池氏の言及に田村室長が応じるような発言は確認できない

籠池氏「実情を知っておいてほしい。あそこはもう本当に軟弱地盤ですよ、われわれが調べてるんですよ。われわれが調べる以前は近畿財務局のA職員いう人はね『そんなん関係ないですよ。全然関係ない』って。で、資料を提出してこれは大変なことですよと言ったとはんに、『あっ、あああー』となってきたけど、あそこはもう軟弱地盤。すごく軟弱地盤でしょう。われわれはもう8階建てを建てようと思ったらもうほんとにすごい金額を注入せなあかん。でも注入してでもやりたいと思ってるから毎日私にこれは軟弱地盤なんやけどもね、軟弱地盤なんやけど、あなた方はそれを認識もっとしておかなあかんわと認識が低すぎると」

諄子氏「あんたねぇ、入札のときの経緯知ってますか。A職員がね、入札を早く運ぶためにね耳打ちして安くなりますからねって言ってたくせに高くなってるんですよ。あの人すごいひどいですよ」

籠池氏「あの方はもう、お役人の前やけども、今の現政権に対して批判的な人。だからわれわれはもう僕も何かいろいろなんや、総理夫人のことをよく聞くなあと思ってて、ええ意味で聞くのかなあと思うとったけど、新聞社といろいろなことをやっとった。あれはとんでもない奴ですわ」

諄子氏「だけどそういう人を担当に出す国は何なんですか。そういうA職員を担当に出した国はなんでなんですか? あえてそういう人を私たちに出して意地悪してるんですよね。この学校に反対しているとしか思えない」

籠池氏「長いお付き合いは近畿財務局とは僕はありますけど、今回のことで、もうとんでもないことがいっぱい出てきすぎなんですよ、ええ。だからわれわれはもう本当に、いろいろわれわれにご支援をいただいている議員の先生もいらっしゃいますけどいろいろ。今度、どうも僕の実情が違う方向でこちらの方に伝わっているような感じが前からしてたから、ええ。で、あの、昭恵夫人の方からも、確かここも聞いてもらったことがあると思いますけど、それでも変なんですよ、変。何か変なことが起こっているかということを認識せなあかんて。で、それはやっぱり、前のA職員さん、そして今の近畿財務局の中の状況がどんどんと、おかしな状況になっていったら、それがなんとなくわかったんで僕はここにもお邪魔してそのことをお伝えしようかなときたんだと思います」

諄子氏「私、何回近畿財務局に足を運んだか。でもあの人たち無能だから話にならないんですよ。筋が分からないんですよ、筋道を立てて話できない人なんで。なんかこういう邪魔しよるん」

籠池氏「それはね、ある方なんて元副大臣までやった人やけどえらい怒ってましたよ。『言うこときくんじゃないや、言うこときかすんじゃっと思ってたんやけど、なんやねん』と『バカにしとるなあ』と。バカにされてるなあと思ってる方が4人ぐらいおりますわ。1年ほど前からの状況からずっと見てるとわれわれの学校の開校は別に遅れても構わないんで、近畿財務局の自分たちの立場が維持できることばっかりをA職員も考えていたと。今いるB職員さんも考えていると」

「あなたは血も涙もない」

具体的な名前は示さないものの「元副大臣」など4人の政治家が憤っているとした籠池氏。黙って聞いている田村室長に、籠池夫妻はどう対応していくのか発言を求めた。

諄子氏「自分の発言もできない人が増えましたけど、田村さんもその1人だと思いますけど。やっぱり『どう思いますか』って言われたら逃げとして黙るんじゃなくて。黙ってはるために私来たんちゃうからわざわざ大阪から」

田村氏「いやあ、あのう、ね」

諄子氏「そうやったら何のために来たんかな、不発やなと思いますわ」

田村氏「近畿から報告があった…」

諄子氏「そういう責任のないポジションにいてはるんですね」

田村氏「いえいえ片方だけのご意見をもとにですね…」

諄子氏「ええっ、そうでしょう? 今まで片方だけで。なんで、今まで片方聞いてたんで、だから話し合おう言うて出てきたんですよ」

田村氏「一応、近畿からはですね、あのう…」

諄子氏「近畿からのが間違ってるから来たんでしょ。近畿がうまく上層部に伝えてくれてたらこんなとこ来るわけないじゃないですか。何を『片方のこと』って。今頃そういう言葉しか返ってこないんですか、あなたは。血も涙もないね」

籠池氏「ちゃうちゃう、近畿財務局の方のことを『片方だけしか聞いてなかった』と。われわれが今お話ししたことで、両方から聞いたってことなんでしょ」

諄子氏「いや違うでしょう。私らのことを片方って言うって。そういう程度ですよね、何言ってんの」

籠池氏「全然だからそういうことなんですよ。近畿財務局から聞いてらっしゃることとわれわれが言ってることと違うということはわれわれが本当に悪者になっているということなんですよ」

諄子氏「ほんとそうですよ」

籠池氏「そんなのわれわれを支援してくれてる人にとっても本当にあの申し訳ないと思うんですよ、ほんとに」

諄子氏「あの人たちの程度で、私たちを、その基準でですよ、その物差しで言われてるやろなあと思うの。田村さんとお会いして察しました」

籠池氏「メチャメチャですよ」

諄子氏「借金してでも国のためにと思ってやろうとしているわけで、何も金もうけしようと思ってやるような人ではありません。あんたたちにはわからないでしょうけれども私もあの本当になんか、疲れるねぇ、黙ってられたら。子どもでもそうですよ、幼児の子どもでも言われたら」

田村氏「ですから、あの…」

諄子氏「『発言しなさい』って言いますよ」
新たなゴミにどう対応するのか、田村室長は慎重な物言いを崩さない。近畿財務局が責任を持って対応すると答えた。

田村氏「事実を踏まえてですね、あの、責任があれば、そこはしっかり対応させてもらいますと。これは近畿財務局…」

諄子氏「『ありがとうございます』、そう言うしかないでしょ?私どもは」

田村氏「ええ」

諄子氏「信じよう思うたんです私。だけどまた裏切られたんですよ、でも諦めない。絶対聞かないと、私は今回、ひいたらアカンなと思いました。自分の目の前にある大きな岩でも、そのいわば神様、仏さんから見たらなんともなんやなと思いますよ。だってこの土地が今、こういうとこ出てきたことの方が私はむしろよかったなあと思うんですよ」

田村氏「出てきた事実を踏まえてちゃんと検討せんといかんと言うのはそれは間違いないです」

諄子氏「間違いないよね」

田村氏「間違いない」

諄子氏「だってこれ見てくれはったでしょう今。見てくれた残骸」

田村氏「写真ですね」

諄子氏「ひどい、それが長靴とかバレエシューズとか瀬戸物、ガラス。あれをね、わからんように埋めたらいいやんて言うふうに。開校また間に合わへん、近畿財務局ずっとなんです、払わなあかんのですか、230万円、決算書見てください」

田村氏「しかるべき時に急いでやりますと、まぁ近畿は言ってるので、近畿財務局が責任を持って回答すると言う事はわれわれも聞いています」

諄子氏「いやいやいや、それはうそです。いやそれは絶対うそなんですよ。それをね、いつもそう言いながらしないんですあの人たち。現にお金入ってないもん。去年払う約束やったんですよ。それを調べてもらったら来年度の予算しか申請してないと言われてガクッときたの。またこれをやられたと。だからもう鼻っから信じたらあかんてことよ」

田村氏「1億3000万は、4月に払うとは聞いています」

諄子氏「だから聞いているのはわかったって。このまま3月に当たり前やん」

田村氏「それをどうするかっていうのは今至急検討していますので」

諄子氏「いやそれね至急なんで検討じゃないねん」

田村氏「検討しないと、だってね…」

諄子氏「それがおかしいってよ」

田村氏「おかしくないですよ」

諄子氏「なんでやのん」

田村氏「だって、どうして…」

諄子氏「ちょっと待って、検討なんかせえへんよ、すぐするよ、私らは」

田村氏「いやいや、それはできませんよ…」

諄子氏「何を言うてんの、あんたらの検討と言うのは半年かかるって」

籠池氏「いや、それはね、田村さんのほうは同じお役人やからね、近畿財務局のことをそのまま信じたいと思うけど」

諄子氏「思うでしょうけど真実です。信じられへんもん、大阪人は」

籠池氏「やっぱり私がこの東京まで来さしてもらってね、こういう話をさせてもらっているというふうな、義憤という意味で言うたらええのか。それはやっぱり認識してほしいと思います」

籠池氏「真摯(しんし)に私が進めようとしている教育、日本をしっかりさしてほしいと。将来の国民になる子どもたちの教育をしっかりしようと思っているのに、その建物を建てる段階で、こういうふうな中途半端なことをやってたら新聞と一緒ですよ。それが今出てきてるんできちっとせなあかんのやないかと僕は言うわけです」

諄子氏「やっぱり国の役人には国がない。根がない」

籠池氏「あの学校を設立せないかんなと思ったというのはやはり東雲の志じゃなくて、やはりこれは大変なことで、日本の国は。大変なことになるのをほっといたら大変やわと思ったから設立をせなあかん言うて。しかもあそこの土地は、私はいいと思ったから、じゃあ、お願いいたしますというふうなことで合意を求めていたわけですですから、もう出鼻をくじかれることはね、もうして欲しくないなと思ってるんですね、しっかりと根を生やしていかないかんのでね」

田村氏「あ、あの、いずれにしましても、われわれ国としましても、きのう、現地で確認をさせていただいた」

諄子氏「誰が、誰が確認したの?」

田村氏「あの、近畿財務局のほうで確認しました」

諄子氏「そうね、はい。主語を言わないとね」

田村氏「産業廃棄物が混じったその土壌というものを、これから、その、国としてわれわれ貸主としてどう対応していくべきかっていうことを」

諄子氏「それを言ったの提案したの。黙ってんの、みんな」

田村氏「それを、あの近畿財務局のほうも当然貸主の責任として、これからどうしていくべきかというのを当然法律の専門家にも早急に相談していきますし」

諄子氏「法律の専門家に相談するのね。じゃあ、うちも相談します」

田村氏「あの、やはり国として国費、税金から国費をお支払いするって言うことに関しては…」

諄子氏「そういう口だけです。あんた、財布の中まで知らんでしょって言うとる」

田村氏「当然、これは根拠が必要となりますので、しっかりとこれから検討していかないといけないという認識は近畿財務局の方も持っているということできのう報告を受けています」

諄子氏「ない、ない、ない、ない」

田村氏「それであの、近畿財務局から報告を受けておりますのは本日の夕方にもですね、早急に理事長の携帯電話にお電話をして、あす、近畿財務局の方からお伺いをして今後のその土壌の処理をどう進めていくのかっていうのちょっとお話ししましょうと」

諄子氏「近畿財務局だけじゃそんなことできないでしょ。国の指導があって近畿財務局が動くと言って正確に言わないかんよ、うん」

田村氏「当然、はい、はい。ということであの、本日の夕方までに」

諄子氏「私思ったもんきょう見て。国と近畿財務局とは空気が違うんだなと思った。やっぱり大阪は田舎やなあと思った。きょう、正直来てよかったな」

籠池氏「うん、そう」

諄子氏「あんなもんな、近畿財務局がなんぼ話を無理に通したって」

田村氏「検討っていうのはですね、今言ったようなことをですね」

諄子氏「それはもう耳にタコができたから」

籠池氏「やっぱり信頼関係があって前に進んでいくもんですから。近畿が、おっしゃったように信頼関係がね、なんか欠落した感じ」

田村氏「われわれとしては応援してやってるなあと言うふうに理解しています」

諄子氏「ちゃう、ちゃう、ちゃう、ちゃう」

田村氏「もともと、本来…」

諄子氏「ちゃうってば、もう応援してたらこんな延びないねんて、1年延びた事は」

田村氏「特例にしてですね」

籠池氏「特例にね、していただいた事は非常にありがたいことだと」

諄子氏「応援してないって。いや特例多いけど、それを出してけえへんねんやん。口火を切れへんところが、焦ったところがこれやったんよ」

田村氏「まあ、せっかくここまできたんで、あとまあ相談したらですね、やっていくべきだと…」

諄子氏「いやせっかくここまできたんやないねん」

籠池氏「ここまでたどり着いた」

諄子氏「ここまでたどり着いたんじゃないねん、それを園長がしはって、あんたらが足引っ張ってんねん。『せっかくここまで来た』言うのはあんたらの言葉じゃないねんで、ほんまに、ただそういうふうにしてね、最初、冒頭、『貸したってことは特例や』言うてくれはったことに対しては、すごい感謝したし、『ありがとう』って、『一生懸命買う努力するわ』って言ったらA職員が足を引っ張って」

籠池氏「でもね、あの特例で、したと言うことでしょ。A職員さんあたりはね、特例で、なんちゅうのかな、『してやったで』と。しかもしてやったプラスね、『言うこと聞かんかったら特例なんか外すで』と言い出したんやな」

諄子氏「言ったんや、それ聞いた? 報告を受けました? だから私はバラしに行ったんで、来いへんやん、きょう、近財。来られへんと思うよ、バレるから。それできょう、私たち、園長と会ってですね、何かご理解のほどは何点かありましたか?」

田村氏「いやいや、しっかりしておられますなと思いますが、あのう、もちろん国としてもですね、対応…」

諄子氏「で、やってんでしょ? 結局やってんねんて。その言葉言ったらあかんねん、軽いねん、私らにとったら響かへんからね、言葉選んで」。

田村氏「それでまあ、今回、ええ…」

諄子氏「ムカッとくるから」。

田村氏「それでまあ、今回、下の方からがれきが出てきたというのは、われわれもそういうの知りませんでした」

諄子氏「えっ、なんで知らんかったの?」

田村氏「そういうのがあるっていうのを、これ近畿財務局の報告で知らなかったんです。ですからね、この事実を踏まえて、どうしたらいいのかと。これはちゃんと検討しますんで」

諄子氏「うん、ほんでね、どれぐらいかかるんだということで、設計士がきのう見てるんです見積もりを。そしたら、この3メートル、6メートル、9メートルの上で違いませんと。絶対2億とか2、3億かかる問題になるんですって。でも今絶対やらないとこっち開けたらまた出てくるこっち開けたらまた出てくるって感じなんですよ。だから『ここだけでやろう』と国はしたんですよ。で、この予算内でそれなりの契約で上層部には許可もらえませんよって、脅しにかかったんですね。でもですよ、そんだけかかるのに上層部は、指導されんから、これ以上かかるとこの契約はダメだと、動かれへんと言うふうに言われたんですわ」

田村氏「国有地の、この、まあ全国にありますけども、管理処分っていうのは基本的には全部、財務局の権限になっているんですよ」

諄子氏「はい」

田村氏「ただ、特例的なものはわれわれにも相談きますんで」

諄子氏「はい」

田村氏「本契約は相談があったんですね」

諄子氏「もう大特例です」

田村氏「これはあの内容を承知してますけれども」

諄子氏「はい」

田村氏「これは各財務局によって、それぞれ判断して」

諄子氏「はい」

田村氏「まあ仮にですよ、土地を売る値段よりも、土地を改良する価格の方が高いと、そうしたときに売るかどうかっていうのは、それはまた別の判断がありますけれども、われわれここまでさしていただいて」

諄子氏「契約したもん、絶対に。○○だから、契約に、運ぶためにですね、財務局が知恵を与えてやったことっていうのは、すごく私たちを無視してやってるんですね。それは私たちに報告が入ってないんです。従来、地主の私たちに報告をして、ことを始めなあかんですよ。ところがいざ○○が終わって、土がうわ替え○○ですよ。これはご理解いただいてますか?」

田村氏「わかっている、ということですよ」

諄子氏「ありがとう、いやそれだけなんです、私。それを言いに来ただけなんです。帰ります」

田村氏「どうもありがとうございました」

帰り際 再び昭恵夫人に言及

1時間半にわたった面会。田村室長から『特例』『重大と認識』といった言葉が出たが、今後の対応について踏み込んだ発言は確認できない。この面会が、その後の8億円値引き売却に影響したのかどうかはうかがい知れない。

籠池氏は帰り際、妻との会話の中で再び、昭恵夫人に言及したが、周囲からの応答は確認できなかった。

籠池氏「きょうは話してよかったでしょう」
諄子氏「うん、よかったです」
籠池氏「いや、もうね、なんや棟上げ、棟上げ式にね、首相夫人が来られて餅をまくことになってるから」
諄子氏「紅白餅をね」
籠池氏「もうだから余計ね、僕はえらいびっくりしてもたんですよ。これ棟上げ式ずれるんちゃうかっていうやつがあるでしょう。やっぱりねそんなバカな話ようやるなぁと思って」

財務省がずいぶん親切に手伝って「お安く」売り払った理由

この土地は国有財産だから本来財務省所管なのだが、B絡みで塩漬けになるのが目に見えていて(旨みもないし)、塩漬けで持っていると責任問題にもなるし、空港対策だからと国交省に押し付けた。やれやれ。
そこへ音楽大学が買いたいと言う話がでてきた。上手く売れれば財務省の手柄になるからと、所管を財務省に戻した。
ところが(ゴミ問題があるのに)相場以上の値段を吹っ掛けたものだから、話はご破算になった。
じゃもう一度国交省に戻すか、と言ったって国交省がうんと言う訳が無い。さあ困ったぞ。
そこへ森友が買っても良いと言って来た。但し、足下を見て都合の良い話だ。しかし背に腹は代えられない。
これが財務省がずいぶん親切に手伝って「お安く」売り払った理由だ。

日本人の精神年齢は12歳

「日本人の精神年齢は12歳」というマッカーサーの印象は、反抗期以前、父への従順、天皇権威への従順、マッカーサーへの従順、対米従属、といった構造の同一性を看破したもの

官僚だけでなく、国民も含め「独立した個人として」という主体を持つ事が出来ない不幸

官僚だけでなく、国民も含め「独立した個人として」という主体を持つ事が出来ない不幸

全自動忖度機

<森友問題は十五年戦争と同じ構造だ>

── 森友学園問題をめぐって政界が大きく揺れています。菅野さんはこの問題を追い続け、同学園の理事長である籠池泰典氏にも直接インタビューしています。この問題の本質はどこにあると考えていますか。

【菅野】 森友問題にはいくつかの側面があります。第一の問題は、なぜ国有地が格安で払い下げられたのかということです。もともとあの土地は隣接する大阪音楽大学が欲しがっており、7億円で購入する意向を示していました。これに対して、国はそれでは安いということで、その申し出を断っています。ところが、森友学園は同国有地を1億3千万円で購入しているのです。

 財務省は、森友学園に1億3千万円で売ったのは、国有地に埋設されていたゴミの撤去費など8億円を減額したからだと説明しています。しかし、この撤去費の根拠は不明確です。この費用を算定したのは大阪航空局ですが、彼らの仕事はあくまでも航空機の管理であり、ゴミの撤去に関してはズブの素人です。

 そもそも財務省はある時期まで、「小学校設置認可を下ろせないならば、土地は売れない」として、「土地が売れないのなら、小学校設置認可は下ろせない」とする大阪府と真っ向から対立していました。しかし、突然この対立に終止符が打たれ、小学校建設は怒涛のスピードで進み出しました。ここに政治家の介入があったかどうかはわかりません。しかし、役人たちが空気を読み、政治家の意向を忖度したことは間違いありません。

 このことは、あの国有地売買の直接の担当者だった近畿財務局の局長の立場になって考えればわかると思います。ある時、下から上がってきた申請書を見ると、「安倍晋三小学校」と書かれていた。財務省での国有財産処分の責任者である理財局長は、「安倍の腰巾着」として有名な迫田英典(現・国税庁長官)。おそらく近畿財務局の局長は、政治家の口利きがあろうとなかろうと、この案件を「政治案件」として捉えたはずです。しかもその上に、自分の人事は、首相直轄の組織である内閣人事局に握られるようになってしまった。そうであれば、多少無理をしてでも何とかしようとするのは、ある意味で当然のことです。これは役所に限らず、日本であれば民間の会社でも行われていることでしょう。

 しかし、このような構造が日本中で見られるからといって、それを許していいということにはなりません。これは日本が十五年戦争に突き進んでいった時の構造と全く一緒です。当時の役人たちも忖度に忖度を重ね、既成事実を積み上げていきました。誰一人、独立した個人として時流に抗うことができませんでした。だからこそマッカーサーは「日本人の精神年齢は12歳だ」と言ったのでしょう。

 私はこうした「お互い顔色を伺い、強いものに諂い、空気を読んで物事を推し進めていく」構造を「全自動忖度機」と呼んでいます。この構造は官僚組織のみならず、日本の組織の宿痾のようなものですが、官邸が小選挙区制によって公認権を独占し、内閣人事局によって幹部官僚の人事権を独占したことで、霞ヶ関と永田町ではさらに強くなったと思います。私自身は、この問題に、政治家の介入があったかどうか、あるいは安倍政権が森友問題によって倒れるかどうかよりも、こちらの方がずっと重大な問題だと思っています。たとえ安倍政権が倒れたとしても、「全自動忖度機」という構造が残る限り、同じような問題は再び起こります。

 これこそ森友問題の核心です。森友問題とは、日本の国家組織は戦争に突入していった当時から何も進歩していないのではないか、我々はあの失敗を繰り返さないために努力してきたはずなのに、その努力は無駄だったのではないかという問題なのです。……  

2017年4月27日木曜日

「政治家は(被災地に)寄り添っている“ふり”はしなくてはいけない」

 言語道断の「まだ東北だったから良かった」発言で辞任にいたった今村雅弘復興相。問題となっていた「自主避難者は自己責任」という発言といい、記者に激昂したその後、またしても同じ記者から寄せられた質問にキレるなどという大臣にあるまじき態度を取ってきた今村復興相の辞任は当然、というよりも遅すぎたと言うべきだ。

だが、安倍政権内に今回の問題を真摯に受け止める空気はないらしい。昨日の今村暴言の舌の根も乾かぬうちから、二階俊博・自民党幹事長の口からもこんな暴言が飛び出したのだ。

「人の頭を叩いて、血を出したっていう話じゃない。言葉の誤解があった場合、いちいち首を取るまで張り切っていかなくてもいいんじゃないか」

「マスコミは余すところなく記録を取り、一行でも悪いところがあれば、首を取れと。なんちゅうことか。それのほうの首をとったほうがいい」

「そんな人は、はじめから排除して(会場に)入れないようにしないといけない」

「東北で良かった」という暴言は「言葉の誤解」──。頭を叩いて血が出たわけじゃないと二階幹事長は言うが、「東北で良かった」発言は、震災によって家族や友人をなくした人びと、被災した人びとの心を殴りつけるような言葉だ。二階幹事長はそのことを認識せず、「マスコミの揚げ足取りだ」「そんな記者は排除しろ」と主張しているのである。

 そもそも、昨日のパーティでも、今村復興相は自身の失言問題について「お騒がせしております」などとネタ化して挨拶のツカミにしていたが、これに対して会場では笑い声が上がっていた。「自主避難者は自己責任」という発言を反省していないだけでなく、党内も問題発言を重く受け止める雰囲気は皆無だったのだ。

 こうした安倍政権の態度もそうだが、こんな暴言大臣を放置しつづけてきた、安倍首相の責任は非常に重い。しかし、きょうのワイドショーでは、そうした安倍首相の責任を追及しないばかりか、「安倍首相に謝らせるなんて!」という信じがたいコメントまで飛び出した。

田崎、坂上、恵も「首相を謝らせた!」と大合唱

たとえば、『ひるおび!』(TBS)では、司会の恵俊彰が「講演会があって、そのあとに懇親会があった、そこで総理がお話しになったわけですね」と安倍首相が問題発言の際はその場にいなかったことをわざわざ強調。同番組に「新聞マイスター」という肩書きで出演している小森谷徹も「後から到着したということで、総理も驚いたことでしょうねえ。まずはお詫びをしなければということで」などと解説。「自己責任」発言のときも安倍首相が謝罪していることを説明し、日刊スポーツの記事を引きながら「『首相に2回も謝罪させた大臣に用はない』(政界関係者のコメント)ということで守る人がいなくなった」と、あたかも安倍首相が被害者であるかのように説明したのだ。

 一体、何を言っているのだろう。当然のことだが、今村氏を復興相に抜擢したのは安倍首相であり、首相にはその任命責任がある。前述したように、問題発言を重ねながらもそれを“大した問題ではない”と黙認してきたのは安倍首相ではないか。

 だいたい、今村氏の前の復興相である高木毅氏は在任中に過去の“パンツ泥棒”問題が浮上したが、このときも安倍首相は更迭せずに高木大臣を続投させ、内閣改造で今村氏にすげ替えたのだ。「2回も謝罪させた」ことよりも、「2回もロクな大臣を選ばなかった」ということのほうが大問題だろう。

 だが、こうした論調は『ひるおび!』だけではなかった。フジテレビの『バイキング』でも、女優の波乃久里子が「総理大臣が謝ってらっしゃるでしょう」と言うと、坂上忍も「いきなり冒頭から総理が頭を下げる羽目になりました」と発言。坂上は安倍首相の任命責任にも少し言及したが、「二階派を支える盛り上げるパーティで、総理にまで来てもらってコメントもらうっていうのに、冒頭に謝らせちゃうっていう」と話し、スタジオは“天然の今村復興相のせいで安倍首相が謝るハメに”という流れをつくり出していた。

 いや、もっとひどかったのは、やはり“御用ジャーナリスト”の解説だ。前述の『ひるおび!』では、おなじみの田崎史郎・時事通信社特別解説委員が、「前の(自己責任)発言は記者からのもので同情が多少ある」「(安倍政権は今回の)発言を受けて、いかにダメージを少なくするか、ダメージコントロールに入ったんですよ」「昨日、早く手を打ったから最小限に留めた」と、まるで今村復興相の辞任が安倍首相の“英断”であるかのように主張。さらに田崎は「政治家は(被災地に)寄り添っている“ふり”はしなくてはいけない」などとも言い放ったのだ。

トンデモ大臣を輩出し続ける安倍首相は任命責任をとれ!

 被災した人びとは、いや、国民全員が、復興庁の大臣に寄り添っている“ふり”など求めていない。「寄り添うポーズでいい」などとジャーナリストがよく言えるものだと呆れる。田崎の発言も、安倍政権の姿勢も、醜すぎる。

 ワイドショーで紹介された「首相に2回も謝罪させた大臣に用はない」という政界関係者のコメントが象徴するように、今回、今村復興相が辞任したのは、「東北で良かった」という発言がいかに被災した人びとを冒涜するものであるかということよりも、「首相に謝罪をさせたこと」のほうが問題になっているのだ。そして、この期に及んで「マスコミは排除しろ」と叫ぶのである。安倍政権の歪みを是正しなくては、国民軽視の暴言大臣は何度でも再生産されるだろう。

裏切られた元地権者達

政府がただ同然の安値で、学校法人「森友学園」に、国有地を払い下げた問題で、その土地が国有化される前に住んでいた住民達の代表が、筆者のインタビューに応じた。元々の地権者たち157名は、皆、森友学園による学校建設に憤っており、また生活ゴミや廃材などの大量の埋設物がその土地に埋まっていたという政府の主張に対しても疑問視しているという。

○裏切られた元地権者達
今回、インタビューに応じたのは、乗光恭生さん。森友学園が「安倍晋三記念小学校」こと、「瑞穂の国記念小学院」を建設している大阪府豊中市野田町で町内会長をしている。今回問題になっている土地には、かつて157人の住民がいたと乗光さんは言う。航空機の騒音対策や阪神淡路大震災を受けての避難場所確保という目的から、1970年代から1990年代にかけ、国は豊中市の協力のもとで土地の国有化を進めてきた。だが、乗光さんは当初の目的と違うかたちで土地が使われていることに、「裏切られた」と憤っているという。

「今、森友学園が小学校を建設している土地は、本来、そこに災害時の一時避難地としての役割も担う公園を建設するということを豊中市議会が平成11年(1999年)決議した土地です。野田町も阪神淡路大震災で大きな被害を受けましたから、私たち住民は地域のため、被災者支援のためにと、区画整理に応じ、あの土地から立ち退き、多額のお金を投じて新たに住居を立てたのです。私自身、元の家の解体と今の家の建築に3000万円ものお金を使いました。全ては、地域のため、公園をつくるためにしたことです」(乗光さん)
豊中市による公園建設の計画書。公園の右側になるはずの土地を森友学園が取得
豊中市による公園建設の計画書。公園の右側になるはずの土地を森友学園が取得
ところが、豊中市はその後、いつまでたっても公園の建設を始めない。森友学園による国有地取得の経緯について、最初にその問題を告発した木村真・豊中市議会議員はこう語る。

「乗光さん達が住んでらっしゃった土地の確保やその後の公園建設という使い道については、国と豊中市で合意していたはずでした。ところが、国は急に態度を変え、公園をつくりたいなら、土地を相応の値で買え、と強硬に迫ったのです。豊中市は財政的事情から、本来、公園にするはずだった土地の半分しか買えませんでした。買えなかったもう半分の土地というのが、森友学園が国土交通省大阪航空局と財務省近畿財務局から取得し、『瑞穂の国記念小学院』を建設している土地なのです」。

既に報道されているように、豊中市が本来取得するはずの土地の半分に支払った金額は、14億2300万円。他方、豊中市が買えなかった、もう半分の土地は評価額が「9億5600万円」とされ、さらに土地の地下にある埋設物の除去費用を差し引いて、1億3400万円で森友学園に売却された。その上、国側は埋設物除去や土壌汚染対策として、1億3200万円の有益費を森友学園に支払った。つまり、本来は地域の人々のための公園になるはずだった土地を、国は豊中市に対しては値下げしない一方、森友学園には実質200万円で売却してしまったのである。乗光さんは、やるせない思いを吐露する。

「あそこが公園になって、(住居の移転のため)お金を出した価値が戻るのであって、そうならないのなら、私たちにとっては損失ばかりです。しかも、あんな酷い学校を建てるなんて…」「もう、私も年ですから、そう長くは生きられないでしょう。妻にも去年、先立たれました。あの土地が公園になって地域に残せてこそ、私も安心して逝けます」(乗光さん)

○埋設物は本当にあったのか?

森友学園による国有地取得の際の8億1900万円の控除と、1億3200万円の有益費の根拠とされている地下埋設物についても疑問が残る。乗光さんは「あの土地にゴミなんか埋まってないですよ」と語る。

「1960年代、私があの土地に家を建てた際、それまでは水田や畑でしたから、3メートルほど地面を掘ってコンクリートをしくなど基礎工事をしっかり行いましたが、その時もゴミなんか出てきませんでした。私たちが立ち退きする際、それまであった住宅は全て解体し、産廃業者が運んでいきました。立ち退き後も、土地はフェンスに囲まれ、関係者以外立ち入りできないようになっていました。私たちの新たな住居も、あの土地のすぐそばで、私たちは毎日のように、土地の状況を見続けてきました。しかし、(処理費8億円に相当する)トラック4000台のゴミが運び込まれたり、そのために大きな穴を掘り返したりというようなことが行われている様子を、私たちは今まで見たことがありません」(乗光さん)

もし、乗光さんの言うように、トラック4000台分という膨大な埋設物が実際に埋まっていないとしたら、最初から森友学園に激安で土地を提供するため、埋設物についての調査結果をねつ造したのではないか―そんな疑念が出てくる。そして、仮にそうだとしたら、なぜ官僚たちがそこまでしたのか、誰からの圧力があったのか、ということも明らかにしないといけないだろう。

○疑惑の解明はこれからだ
「瑞穂の国記念小学院」については、森友学園側は認可申請を取り下げ、籠池泰典理事長も辞任する意向を表明した。だが、あくまで森友学園側は、土地を所有し続け、「瑞穂の国記念小学院」の認可もあきらめていないという。国側が買い戻すにしても、国有地が不正に払い下げられた疑惑を解明するべきだ。そして、その土地の国有化の経緯を考えれば、乗光さんら元地権者の意見を尊重すべきだろう。

2017年4月24日月曜日

与党による検閲

森友学園問題で官僚や政府機関が資料を開示しない件について、驚くべき国会答弁がありました。

4月20日の国会で共産党の辰巳議員が「行政機関が、一政党である与党の許可なくして資料は出さないと言っている。三権分立の観点からもおかしい」と追及したところ、大塚財務副大臣は「政治的な問題になっているから、一般的に与党の理事に相談するのは普通のことだ」などと発言。
与党に行政の資料を確認してもらった上で、公開の判断をしていたと明らかにしました。

行政機関は三権分立で独立した組織として内閣や政党の関与を受けない立場となっており、この答弁が事実ならば、与党による検閲(けんえつ)が行われていたということになります。

【共謀罪】「一般の人が対象にならないということはないが、ボリュームは大変限られたものになる」(盛山法務副大臣)

【共謀罪】「一般の人が対象にならないということはないが、ボリュームは大変限られたものになる」(盛山法務副大臣)

小澤俊夫 小沢健二


オザケン父が「岸の末裔が首相では日本に未来はない」

「共謀罪」法案が、ついに衆院法務委員会で実質審議入りした。政府はテロ対策のための「テロ等準備罪」などと嘯いているが、その実態は権力による恣意的な逮捕を可能にする「平成の治安維持法」であることは自明で、公権力による監視社会化をよりいっそう加速させるものだ。当然ながら、この法案には反対の声が相次いでいるが、そんななか、ある人物の発言が話題を呼んでいる。

 その人物とは、ドイツ文学者の小澤俊夫氏。指揮者・小澤征爾の兄であり、ミュージシャン・小沢健二の父である。

 俊夫氏は、今月3日付「日刊ゲンダイDIGITAL」のインタビューのなかで、治安維持法が存在した戦前のことを思い返しながら、「共謀罪の対象になるのは犯罪を企む集団であって、一般人は関係ないというが、普通の団体も質が変われば、対象になると言っているわけでしょう? その判断を下すのは警察でしょう? 正しいことでも警察がダメだと言えば、アウトになる。これが戦前の治安維持法の怖さだったんだけど、同じ懸念があります」と発言。権力による恣意的な解釈で、言論の自由などが著しく制限される可能性を危惧した。

 俊夫氏による政権批判はこれだけにとどまらない。俊夫氏は1930年に旧満州で生まれているが、父である小澤開作は宣撫工作に従事するため満州に渡るも、後には「華北評論」という雑誌を創刊させ、戦争に対して反対の意見を表明するようになっていった人物だった。「1940年、皇紀2600年で日本中が浮かれているときに、「この戦争は勝てない」とハッキリ言い」「軍部批判を強烈にやる」開作のもとには、思想憲兵や特高が毎日のように家に来ていたという。

 さらに、俊夫氏はそんな父からこんなことを言われたことがあるとインタビューのなかで語る。

「親父は「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と言っていました。「地上げをし、現地人は苦しめ、賄賂を取って私財を増やした」と。だから、岸が自民党総裁になったときに「こんなヤツを総裁にするなんて、日本の未来はない」とハッキリ言った。その岸の末裔が首相になって、日本は本当に未来がなくなっちゃったね」

オザケン祖父の「一番悪いのは岸信介だ」の意味

 岸信介が満州の官僚へ転出したのは1936年のこと。彼が自らの「作品」と呼んだこの傀儡国家で民衆が傷つき苦しんだ一方、岸は“3つの財産”を手に入れる。統制経済による国家経営のノウハウ、東条英機(当時、関東憲兵隊司令官)を筆頭とする関東軍人脈、そして湯水のごとく使える金脈だ。そして東条英機を首相にまで押し上げたのは岸の資金力だと、多くの研究者が指摘している。その資金源とされるのが、アヘン取引による利益だ。

 戦後、国際検察局(IPS)に逮捕された、中国の「アヘン王」こと里見甫の尋問調査によれば、アヘンは満州国で生産され、北京と上海を中心に消費されていったが、その流れを管轄していたのが日本であったという。当時の満州国は表向きはアヘン吸飲を禁じていたが、満州専売局を通して登録者に販売できるシステムを採っていた。事実上、野放しだ。にもかかわらず一方で売買が禁止されているため、価格は吊り上げ放題で、巨額の利益が上がる仕組みになっていた。

 こうしたシステムを動かしていたのが、岸ら満州官僚であり、ここから吸い上げられたカネが対米主戦派の東条英機を首相に就任させる原動力になっていたという構図である。岸らは莫大なアヘンマネーを、国家経営や戦争遂行、謀略工作に回す一方、一部を私的に着服していったという。

 岸はこういったアヘン政策について否定しているが、前述した「アヘン王」里美の墓碑銘を揮毫したのはほかでもない岸であり、これは里美と岸が浅からぬ関係であったことを端的に示している。
 
 当時満州にいた開作はこうした事実を指して、俊夫氏に「日本から満州に来た官僚の中で一番悪いのは岸信介だ」と語ったのだろう。そして現在、その孫が政権トップに就き、祖父そして日本の戦争責任を省みるどころか歴史修正に励み、祖父の悲願であった改憲に妄執している。
 
 俊夫氏は自身の専門であるドイツと比較しながら、安倍首相の歴史修正主義についてもこう批判する。

「彼は過去の罪と向き合っていない。きちんと過去を見つめ、謝罪する勇気がない。それで未来思考などと言ったところで誰が信じますか。積極的平和主義とは過去を反省し、その姿勢をしっかり、中国、韓国に示すことですよ。ドイツは強制収容所を堂々と残している、世界に自分たちが犯した罪はこれだと宣言している。強いよねえ。(略)世界の中での日本が見えていないという意味で、安倍首相はレベルが低すぎると思います」

小沢健二が指摘する「デモが起こらない」ことの恐ろしさ

 共謀罪と、安倍首相の本質をつく俊夫氏。その言葉をもっとさまざまなメディアが取り上げてほしいと思わざるをえないが、それは俊夫氏の息子である小沢健二についても同様だ。彼もまた、俊夫氏と同じく世界と歴史を俯瞰した視線から、社会の問題点を鋭く批評してきた。

 たとえば、昨年秋に、ツアーグッズとして出版した『魔法的』(発行/ドアノック・ミュージック魔法的物販部)には、俊夫氏の主宰する雑誌「子どもと昔話」に連載された文章が収録されているが、そこにはグローバリズムやレイシズム、国家主義に対する鋭い批評が数多く書かれている。

 また、オザケンの社会批評で秀逸だったのは、2012年、彼の公式サイト「ひふみよ」に掲載されたエッセイ「金曜の東京」だ。デモが日常的な風景としてある海外の都市と東京とを比較して、こんなことが書かれていた。

〈むしろ訪れて怖いのは、デモが起こらない街です。いわゆる独裁者が恐怖政治を敷いている街では、デモは起こりません。そのかわり、変な目くばせが飛び交います。
(中略)
 デモが起こる都市より、デモが起こらない都市の方が怖いです〉

〈東京も割とデモが起こらない都市で、デモの起こるニューヨークやメキシコシティーから帰ると、正直言って不思議というか、中東の王国を訪れた時のような、ちょっとした緊張感がありました。
 抗議するべき問題がないからデモがないのか。それともどこかの王国のように、心理的に、システマティックに抑えこまれているのか。何か他の理由があるのか〉

 さらに、オザケンが鮮やかだったのは、権力側やネトウヨ、中立厨などがこうしたデモや反対運動に対してよく使う「対案を出せ!」という言葉の本質を暴いて見せたことだ。オザケンは、この言葉を、人間管理や心理誘導のための単なる説得テクニックにすぎないと言い切ったのだ。

〈イギリスは人間管理とか心理誘導の技術にとても長けていて、サッチャー首相の頃、八〇年代にはTINAと呼ばれる説得論法がありました。"There Is No Alternative"の略。訳すと「他に方法はない」ということ。「他に方法はあるか? 対案を出してみろ! 出せないだろう? ならば俺の方法に従え!」という論法の説得術〉

 "There Is No Alternative"は安倍首相の「この道しかない」にも通じる論法だが、オザケンはこのレトリックのおかしさをこんなふうに暴いてみせるのだ。

〈医者に通っていてなかなか治らないとします。患者は文句を言います。「まだ痛いんですよ! それどころか、痛みがひどくなってます! 他の治療法はないんでしょうか?」と。
 それに対して医者が「他の治療法? どんな治療法があるか、案を出してみろ! 出せないだろう? なら黙って俺の治療法に従え!」と言ったら、どう思いますか?〉

「対案を出せ!」という論法への鋭すぎる反論

 そう、治療法を考えるのはあくまで医者の仕事であって、治らなければ医者を変えたり、別の治療法を試すのは当然のこと。患者は「痛い!」とただ切実に訴えればいい。その訴えを真摯に受け止めることで「医学の進歩」はが生まれる。そして、これは社会問題に対峙するときも同じだとオザケンは続ける。

〈同じように、社会をどうするか考えるのが職業の人は、人の「痛い!」という切実な声を聞いて、心を奮い立たせて問題に取り組むのが正しいはずです。
 なのに一般の人が「この世の中はヒドイ! 痛い!」と声を上げると、「じゃあお前ら、対案は何だ? 言ってみろ! 対案も無しに反対するのはダメだ!」と押さえつける政治家とか専門家とか評論家とかがいるのは、むちゃくちゃな話です〉

 一般市民がすべきことの一つは、「この世の中はヒドい! 痛い!」と声を上げること。対案を出す必要などない。「対案を出せ」と主張する者たちは、自分こそ頭がよくて社会のことがわかっているとでも思い込んでいるようだが、それは実のところ為政者の都合のいいレトリックにだまされているに過ぎない。それを見抜き言い当てていた小沢健二の知性はさすがとしか言いようがない。
 
 同時代に同じ満州にいた、岸信介と小澤開作。それぞれの孫の知性のあまりの差にため息しか出ないが、しかし、やはり惜しいと思うのは、父・俊夫氏と同様、その言葉がメジャーなメディアに一切出てこないことだ。

 オザケンのコマーシャリズムに対する拒否姿勢はわからなくもないが、しかし、こんな時代だからこそ、大衆的なメディアに積極的に露出し、その本質を射抜く言葉を拡散させていくことも必要なのではないか。次はオザケンが「共謀罪」について語ってほしい。今年はフジロック出演も予定されるなど、これまでよりはメディア露出もあるだけに期待したい。

「共謀罪」その実態は権力による恣意的な逮捕を可能にする「平成の治安維持法」であることは自明

「共謀罪」その実態は権力による恣意的な逮捕を可能にする「平成の治安維持法」であることは自明

安倍自民党の得票率は、全有権者のたった17.4%

2014年12月の総選挙で、安倍自民党の得票率は、全有権者のたった17.4%に過ぎない。

しかし投票に行かなかった人がいるので、自民党は衆議院議席総数の61.1%を占有した。

「共謀罪」答弁の金田法務大臣、傑作。

「共謀罪」答弁の金田法務大臣、傑作。

『テロリストには役立たず 戦争反対運動つぶしに役立つ』「共謀罪」

「共謀罪」をめぐり安倍政権が行う国民を愚弄した答弁

「共謀罪」法案が国会で審議入りし、議論が紛糾している。

 国民の思想と言論に関する自由を著しく侵害するおそれのあることから「平成の治安維持法」とも称せられる「共謀罪」。国民からの反対の声も大きく、野党も審議の場できちんとした説明を求めているが、例のごとく政権与党はまともに対話に応じようともせず、国民にきちんと説明する気があるとは到底思えないお粗末な議論が続いている。安倍政権は今回もまた数の暴力を振りかざしてお得意の強行採決にもちこむつもりなのだろう。

 この法案が必要な根拠として盛んに喧伝している「テロ対策」という名目はすでに詭弁以外なにものでもないことが明らかになっている。先日本サイトでも報じたように、今回の「共謀罪」の取りまとめ役となっている自民党法務部会長・古川俊治参院議員も、20日放送の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)での玉川徹氏とのやり取りのなかで「テロなんて言ってませんよ、この法律だって」、「それはいろんな意味でですよ、テロだけじゃないですね」と明言。「テロ等準備罪」などというネーミングが嘘っぱちであると、自ら白状していた。

 しかし、こんなでたらめな状況にも関わらずメディアの動きは例によって鈍い。とくにテレビは一部の番組をのぞいてこの問題を深掘りしようとはせず、19日衆院法務委での、「『そもそも』という言葉の意味を辞書で引いてみた」という安倍首相の国民を舐めきった態度の答弁はもちろん、共謀罪成立によって国民の生活がどれだけ変化を余儀なくされるかという本質的な話もきちんと取り上げようとしない。

 そんななか、数は少ないながら勇気ある報道を行っているメディアもある。そのひとつが雑誌「週刊女性」(主婦と生活社)だ。「週刊女性」は、2017年4月25日号で、「共謀罪がやって来る!──監視社会ニッポンの行方」と題し、なんと10ページにもわたる大特集を組んだ。この特集では、「共謀罪」の対象はテロ組織などではなく私たち一般市民であり、この法律によって自由な市民生活がどれだけ破壊されるかということについて踏み込んでいる。

「共謀罪」はテロ対策ではなく、「戦争反対」などの声をつぶすための法律

 特集はまず、実際に犯してもいない罪について罰せられる「共謀罪」はそもそも刑事法の基本原則を覆すものであると警鐘を鳴らす。九州大学の内田博文名誉教授は記事のなかでこのようにコメントしている。

「何が犯罪で、どういう刑罰を科すかあらかじめ法律で決めておき、社会に有害な結果が発生したことだけを犯罪とする刑法の基本原則に反しています。しかも、行為ではなく思想や信条、あるいは、どういう集団に属しているかで処罰が事実上、決まってしまう。人権侵害で、その意味では違憲と言っていい」

 また、政権は「共謀罪」が必要な理由として、東京五輪などに向けた「テロ対策」としているが、ハイジャックなどのテロ対策は現行法で十分対応できるものであり、そのために「共謀罪」は必要ない。では、なぜ政権は強引に「共謀罪」を成立させようとしているのか? 前出の内田名誉教授は、「共謀罪」の真の目的を「戦争反対を含めた運動つぶし」と断じたうえで、このようにコメントしている。

「テロリストに対しては役に立たないんだけど、おかしいじゃないかと声を上げる人たちを押さえつけるには、非常に有効な法律になっている」

 金田勝年法相自ら2月の衆院予算委員会での答弁で「団体の性格が変わったときには組織的犯罪集団になり得る」と言い、一般市民でも「共謀罪」の対象となることを示唆しているが、これこそが「共謀罪」という法律の核である。「テロ対策」など単なるお題目。政権にたてつく人間を押さえ込むのが目的なのだ。

「共謀罪」成立後に起こり得る出来事として、「自衛隊の海外派遣反対」、「脱原発」、「沖縄の米軍基地建設反対」といった、与党の政策とは逆の主張をする市民の行動に対し制限がかかる可能性については巷間言われているが、場合によってはもっと身近なケースにも「共謀罪」は適応される可能性がある。記事のなかで日弁連共謀罪法案対策本部事務局長の山下幸夫弁護士は、このような例を指摘する。

「例えば、マンションの管理組合。隣に新たなマンションが建つとします。日照権を侵害するから建設反対のために資材搬入を阻止する座り込みをしようと話し合う。それが組織的威力妨害罪の共謀になる可能性があります。普通の団体でも活動内容も目的も変わったと警察に判断されれば、該当するおそれがある」

 仮に「共謀罪」が成立したとして、どういった運用をされていくのかは未知数だ。なぜなら、この「共謀罪」は公権力による恣意的な運用がなされる危険性を多分にはらんでおり、それが「平成の治安維持法」と呼ばれる所以でもある。記事のなかで、日弁連共謀罪法案対策本部副本部長の海渡雄一弁護士はこのように指摘している。

「捜査当局のさじ加減ひとつ。どうにでも勝手に解釈できます。まず逮捕して、ガンガン取り調べをして自白させればいい。あるいは電話やメールを盗聴して証拠を押さえるとか」

 このまま「共謀罪」が成立すれば、特高警察による理不尽な逮捕と苛烈な拷問の横行した治安維持法の時代が再びやって来る可能性は高いと言わざるを得ない。

内田樹も「共謀罪」特集を受け「週刊女性」にエール

 この「週刊女性」の特集は、政権に都合の悪いことをとにかく報じたがらないワイドショーでは見て見なかったことにされる「共謀罪」の真の姿を果敢に攻め立てた勇気ある記事だったわけだが、「週刊女性」が政権の横暴な振る舞いに釘を刺したのは今回が初めてではない。

 安保法制が国民的な議論になっていた時期に出版された15年7月14日号では、「「戦争法案」とニッポンの行方――あなたの子どもがアメリカのために殺し、殺される国になる!」という10ページもの大特集を組んでいる。

 記事は何人もの専門家、紛争地で活動するNPO関係者や政治家を取材、インタビューした、かなり踏み込んだ内容で、安倍政権の対米従属姿勢を真正面から突くものとなっていた。

「日本が攻撃されてもいないのに、政府判断で、世界じゅうで自衛隊の武力行使を可能にする法案は憲法違反」(飯島滋茂・名古屋学院大学教授)
「自衛隊を限りなく軍隊に近づける。それが安倍首相の狙いです」「はっきり言えば、米軍のお手伝いが可能になるというわけです」(半田滋・東京新聞論説兼編集委員)

 さらに注目なのが、「安保法制の先」にある徴兵制について、かなり具体的な論拠をあげ、警告を発していたことだ。なかでも、憲法問題に詳しい伊藤真弁護士は、自民党が発表した憲法改正案は「国民主権でない」、「国民に国防義務を課す、軍隊を創立する」ものとした上で、徴兵制のために政府がやるであろう姑息な方法まで予測していた。

「リーダーシップを育むトレーニングとか、訓練ができるサマーキャンプとか、そんなネーミングで人を集める実質的徴兵制のような形をとるでしょうね」

 この直後、「女性自身」(光文社)15年11月10日号のインタビューを受けた稲田朋美自民党政調会長(当時)は、「徴兵制というのは、まったく憲法に違反していると思いますし、徴兵制で集めて国を守るというのもナンセンスだと思う」としながらも、「でも、たとえば自衛隊に一時期、体験入学するとか、農業とか、そういう体験をすることはすごく重要だと思います」と発言。「週刊女性」の指摘はまさに正鵠を射るものだった。

 今月11日、神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は、「週刊女性」の「共謀罪」特集を受けてこのようにツイートしている。

〈『週刊女性』はがんばってます。『週刊プレイボーイ』と『通販生活』も。いずれも安定した読者に支えられているので、大手企業の広告出稿がなくてもやっていける媒体です。広告代理店というものがいかに日本のメディアの世論形成に深く関与しているかが伺い知れます。〉

 日本史の教科書に載っている治安維持法の項を読めばわかる通り、もしも「共謀罪」が成立してしまえば、いよいよ、安倍晋三“独裁”政権が完成されることになる。一度「共謀罪」が通ってしまったら国民の言論の自由は跡形もなく破壊される。だから、この法案が成立してしまう前に「反対」の声をあげることが求められているのだ。

2017年4月23日日曜日

2017年4月22日土曜日

交渉経緯を記録した文書や電子データはそれぞれ「破棄した」「削除した」(いずれも佐川宣寿〈のぶひさ〉理財局長)

 学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地売却問題で、財務省は10日、売却の交渉経緯が書かれた文書の電子データについて、復元できる可能性があることを朝日新聞の取材に対して認めた。実際に復元できるかは専門業者が調べないとわからないというが、真相解明へデータ復元を求める野党側の動きが強まりそうだ。

特集:森友学園問題
 同省はこれまで、交渉経緯を記録した文書や電子データはそれぞれ「破棄した」「削除した」(いずれも佐川宣寿〈のぶひさ〉理財局長)と説明していた。3日の衆院決算行政監視委員会でも、佐川局長は「(電子データは)短期間で自動的に消去されて、復元できないようなシステムになっている」と述べ、データ復元の可能性を否定していた。

 しかし、同省情報管理室の朝日新聞への説明では、同省が2013年1月に導入した現在のシステムには、自動的にデータを消去する仕組みはなく、職員はコンピューター端末で手作業でデータを消している。データは職員が消してもシステム上には残り、2週間たつと順次、新たなデータに上書きされていく仕組みだという。

 上書きされていないものは復元できる可能性があるが、国有地売却の交渉経緯に関するデータについて、同室の担当者は「どのような形で残っているかはわからない。復元できるかを調べるには、相当な費用と時間がかかる」と説明。システムは今年6月に入れ替える予定で、入れ替え時に業者がシステム上のデータをすべて消去するという。

 10日の参院決算委では、システムの仕様書を分析した自由党の森ゆうこ氏が「森友事件に関するデータは残っていると思う」と指摘していた。

質問を封印

3月2日。電話口の安倍晋三首相は少し、いら立っているようだった。「西田さんは大阪問題でやりたいだろうけど、それを頼んだのが安倍だと言われたら、なんにもならないからさ」

連載:「1強」
特集:森友学園問題
 電話を受けたのは、自民党の西田昌司参院議員。4日後の参院予算委員会で学校法人「森友学園」(大阪市)の国有地売却問題について質問に立つことが決まった矢先。首相から質問内容に注文がついたのは初めてで、「総理が直接電話してくるのは異常やねん」と西田氏は明かす。趣旨は、土地が約8億円値引きされたことの「正当性」を、質疑を通してうまく説明してほしいというものだった。

 西田氏は京都府選出。日本維新の会に一貫して批判的な立場で、「森友問題は大阪府の小学校設置認可をめぐる規制緩和に端を発した大阪問題」として質問するつもりだった。首相は電話で維新に触れなかったが、西田氏は直感した。「憲法改正を含め、政権に協力的な維新をかばう気持ちが首相にはあるんやな」と。

 質問当日。西田氏は首相の言う通り、値引きの正当性を主張する官僚答弁を引き出し、「疑惑だ、という森友事件の報道は、フェイクニュースだ」と訴えた。

 与党議員が政権に都合のよい質問をするのは珍しくない。だが、西田氏は「国会の爆弾男」の異名をとり、身内といえども歯にきぬ着せぬ批判を浴びせる言動でならしてきた。そんな西田氏でさえも、この日は大阪府に関する質問を封印せざるを得なかった。

自民党の当選2回の衆院議員に不祥事

自民党の当選2回の衆院議員に不祥事が相次いでいる。中川俊直衆院議員(46)=広島4区=が21日、不倫報道で自民党を離党した。不倫、場をわきまえない行動、金銭問題――。自民党が圧勝した選挙で連続当選し、有権者の目に対する意識が希薄になっていることや、「安倍1強」政権にあぐらをかいた緊張感の欠如を指摘する声がある。

 「誠に不徳の致すところであり、妻と家族には本当に申し訳ないと思っております」。中川俊直衆院議員は20日、自身のフェイスブックでこう釈明した。同日発売の「週刊新潮」が同氏の不倫問題を報じたのを受けたものだ。

 中川氏は当選2回。2012年の衆院選で大量当選した「安倍チルドレン」の1人だ。当選2回は党所属の衆院議員のうち3割を超える「一大勢力」だ。それなのに、被災地視察で長靴を持参せずに職員におんぶ、育休宣言後に不倫が発覚、未公開株を巡る金銭トラブルなど、「2回生」の不祥事が止まらない。


「親としておわびします」ニコル

長女のニコル亜莉紗容疑者(31)が覚醒剤取締法違反(使用)容疑で逮捕されたことを受け、C・W・ニコルさんは報道各社に対し、「親としておわびします」とした上で、「今朝、テレビで娘の逮捕を知り、とても驚き、悲しい思いです」「一日も早く会って、これからの生き方についてしっかりと話し合いたい」とコメントを発表した。

一橋大・ゲイだとばらされ転落死「同性愛者を差別する社会が、彼を死に追いやった」

一橋大・ゲイだとばらされ転落死「同性愛者を差別する社会が、彼を死に追いやった」ゲイの大学教授が指摘
LINEグループに「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」と投稿され……。

2017/04/19 17:26
 Kazuki Watanabe
Kazuki Watanabe
渡辺一樹 BuzzFeed News Reporter, Japan
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 明治大学の鈴木賢教授
Kazuki Watanabe / BuzzFeed
明治大学の鈴木賢教授
ゲイだとばらされた一橋大・法科大学院の学生Aくん(当時25歳)が校舎から転落死したことについて、遺族が学生と大学を訴えている裁判。遺族側が4月19日、東京・霞が関の司法クラブで記者会見した。自らゲイだと公言している明治大学の鈴木賢教授(法学)は、「一橋大の対応は、非常に問題がある」「彼を救えなかった大学に、震えるほど怒っている」と話した。

裁判は4月19日に6回目となる口頭弁論が東京地裁で開かれた。それぞれの主張がおよそ出そろってきた状況だ。

どんな事件だったのか。

これまでの裁判で、次のような事実がわかっている。

2015年4月3日、学生Aくんは「はっきり言うと、俺、好きだ、付き合いたいです」とLINEでZくんに告白した。Zくんは「付き合うことはできないけど、これからもよき友だちでいて欲しい」と返事をした。

ところが6月24日、Zくんはクラスの仲の良い友だちのLINEグループに、「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめんA」と書き込んだ。


Kazuki Watanabe / BuzzFeed
Aくんはその後、Zくんを見ると動悸・吐き気が起きるようになり、心療内科に通いはじめた。

そして8月24日、授業を途中で抜け出して、「おかしいんじゃないか Zが弁護士になるような法曹界なら、もう自分の理想はこの世界にはない」「これで最後にします」「いままでよくしてくれてありがとうございました」とクラス全体にLINEでメッセージを送った後、転落死した。

アウティングとは?

「あいつは実はゲイだ」などと、本人が望んでいない形で同性愛者だとバラすことを「アウティング」と呼ぶ。裁判の最大の争点は、このアウティングが違法かどうかだ。

Aくん側は、「同性愛者への差別が現実にある中で、アウティングは不法行為になる」と主張。アウティングをした学生には不法行為の責任があり、大学側にはアウティングを防げず、事後対応を誤った責任があるとしている。

Zくん側は、「アウティングは不法行為ではない」としている。交際を断ったにも関わらず、食事に誘ったり、遊びに行こうと言ったり、いろいろな連絡をしてくることが理解できず精神的に追い詰められた。Aくんを避けるために友人たちからも距離を置かざるをえなくなった。その苦しい状況を他の友人たちに理解してもらうには、「アウティングするしかなかった」とする。

また、一橋大学側は「Aの死は突発的な自殺行為によってもたらされたものであって、被告大学の様々な配慮にもかかわらず防止することができなかったことは遺憾ではあるが、人知の及ぶところではない」としている。

遺族「二度と同じ事が起こらないように学んで」

Aくんの遺族は、「アウティングされて辛い息子の心に友達の誰か一人でも、学校側の誰か一人でも寄り添ってくれていたら死なずに済んだのではと思ってしまいます」「この裁判で、性的マイノリティが理解され、差別のない世の中になればと思います」とするメッセージを代理人を通じて、会見で公表した。

父、母、妹、それぞれのコメントは次の通り。

父親「仕事をしている時も、休んでいるときも、ふとあの亡くなった時の顔が浮かんで脳裏から離れません。同時代の人を見ると息子と重なって、生きていたらなりたいと言っていた弁護士として第一歩を踏み出しているだろうと思い、無念でなりません」

母親「子どもたちが生きる希望でした。その一つの希望を失い、体調を崩しました。娘が居なかったら生きてはこれませんでした。道行く息子と同じ位の若者を見かけると胸が苦しくなります。心の穴はいつか埋まるのでしょうか」

妹「大学と同級生に、兄の声が少しでも届くことを望むばかりです。私たち家族も、兄を救えなかった後悔で苦しみながらも、描いた兄との将来がもうやっては来ないことに涙を流しながらも、なんとか受け止めて、兄の死が無駄にならないよう、兄のように苦しむ人がいたのなら寄り添える人間になろうという努力をしています。難しい事ではないはずです。被告側にも、一人一人の判断ミスが招いた結果をどうか受け止めて、二度と同じ事が起こらないように学んでほしいです」

鈴木教授「非常に遅れた大学だと言わざるを得ない」

記者会見で鈴木教授は「彼が亡くなったのは、彼が同性愛者だからではない。同性愛者を差別し、さげすみ、認めない社会があるからだ」と話した。

Aくんは一橋大のハラスメント相談室や教授、保健センターなどに相談をしていた。

鈴木教授はそれにも関わらずこうした結果になったのは、「同性愛者がアウティングされたときに、どういう状態になるか、大学に見識がなかったからだ。非常に遅れた大学だと言わざるを得ない」と述べた。

鈴木教授は、今回の事件が裁判になるまで、学内でも周知されていなかった点も問題だと指摘する。

「当事者であるロースクールの教員ですら、裁判になるまで、この事件のことを知らされていませんでした。ご家族が勇気を振り絞って立ち上がらなければ、永遠にお蔵入りするところでした」

「つまり、一橋大学は事件をもみ消し、事件から何らの教訓も引き出さないでスルーしようとしていました。裁判になった後も、亡くなった本人の責任だとしています。一橋大学はこの事件から教訓を引き出せていませんし、まだ責任を死者に押し付けようとしています」

2017年4月12日水曜日

安倍昭恵講演会 森友学園・塚本幼稚園

 安倍昭恵講演会フルテキスト 日時:2015 年 9 月 5 日 場所:森友学園・塚本幼稚園 第⼀部 ■主⼈もここの教育⽅針は素晴らしいと思っている。『安倍晋三記念⼩学校』の名前は総理を辞 めてからなら OK ご紹介を頂きました、安倍晋三の家内の安倍昭恵でございます。今⽇は、お招きを頂きまし て有難うございました。籠池園⻑、副園⻑の本当に、熱い熱い思いを何度も聞かせて頂いて、 この「瑞穂の国記念⼩学院」に何か私もお役に⽴てればいいなぁと⾔うふうに思っておりまし た。 実は昨⽇、あのぉ主⼈は「ミヤネ屋」という番組と「そこまで⾔って委員会」というのを、 そちらは収録ですけれども、そのために⼤阪に来ておりました。まぁ時間があればですね、ぜ ひこちらにも寄らせて頂きたいというふうに⾔っていたんですけれど、残念ながらトンボ返り ですぐ東京に戻りましたけれども、こちらの教育⽅針が⼤変、主⼈も素晴らしいというふうに 思っていて、先⽣からは『安倍晋三記念⼩学校』に、という名前にしたいというふうに当初は ⾔って頂いていたんですけれども、主⼈が『総理⼤⾂というのは、いつもいつも良いわけでは なくて、時には批判に晒されることもある』と、『その時に、⾃分の学校の名前が「安倍晋三」 という名前が付いていると、もしかすると、⾊んなところからその名前によっていじめにあっ たりすることがあるかもしれないし、⾊んなことで学校側も「なんで今この名前を付けたの か?」というふうに責められるかもしれないので、もしお名前を付けて頂けるのであれば、総 理⼤⾂を辞めてからにして頂きたい』ということで、そして、それをご理解頂いて籠池園⻑が 「瑞穂の国記念⼩学院」という本当に素晴らしいお名前を付けられました。 ■「素読」することで「⾔霊」が⾝体にしみわたる 皆様⽅のお⼦様⽅は、ここの幼稚園に通われているのかもしれませんし、またそうでなくて 新たに「この学校に⼦供を⼊れたい」というふうに思われていらっしゃるのかもしれませんけ れども、今、私は、何度もこの幼稚園に来させて頂いてますけれども、園児たちが「⼤学」を あれだけ暗唱しているというのは、本当にビックリしました。私は、前回主⼈が、総理をやっ ている 2006 年〜2007 年の間も⾊んな福祉施設等を回らせて頂いていたんですけれども、その 中で、福岡県にある知⼼学舎(ちしんがくしゃ)という、不登校であったり、まぁニートであ ったり、社会になかなか適合出来ないような若い⼈たちを受け⼊れて、そこで⽣活をしながら、 また社会に戻して⾏く、学校に戻して⾏くという施設があって、そこに⾏かせて頂いたことが あったんですけれども。 そこで毎⽇取り⼊れていたのが、この「素読(そどく)」だったんですね。で、⼤きな声で、 「⼤学」だけではない、⾊んな論語だったり⾊んなものを読む。で、そのことによって、それまで学校に⾏けなかった⾃信がなかった、仕事も出来なかった若者たちが、どんどんその、⾃ 分の芯というものを確⽴して、そして、また社会に戻って⾏く、学校に⾏けるようになる、仕 事が出来るようになる。私は⼀体、この、素読というのは何なんだろうなぁと、その時思って、 確実にその、意味が分かっていてもいなくても、それを声に出して、姿勢を整えて、⾔葉にす るということがですね、⼈間の細胞のひとつひとつにきっと、何か染み渡っていくんだろうな と。 その、⽇本語は「⾔霊(ことだま)」だというふうに私は思っていて、私が話しは上⼿では ないんですけれども、なるべくこの、ひとつひとつの⾔葉に思いを込めたいというふうに思っ て、いつもお話をさせて頂いているんですけれども。その、⾔霊がですね、本当に、⾝体中に こう、⾏き渡って、そしてその⼀⼈の⼈間を作り上げていくんだろう、それが⾃信になってい くんだろうな、というふうに、その知⼼学舎に⾏った時に思いました。 ■幼稚園で培った「芯」が公⽴学校で揺らぐのは残念。⼩学院で太くしていくことが⼤事 そして、その後、そこの施設をやっていた⽅と⼀緒に、素読の会を初めまして、「すずらん 会」という名前なんですけれど、あちこちで素読を勧めています。しかし、こんなに⼩さな⼦ たちが、あんな暗唱を出来るというのは、私はここに来て初めて⾒ました。いつも、私たちが やっているのは、ちゃんとその、論語の本があって、それを⼤きい声で、まぁ⼤⼈であっても 読むんですね。⼦供たちと⼀緒にやることもありますけど、皆で読むんですけども、こんなふ うに⼦供たちが、それも先程のご説明で、強制されるのではなくて、⾃ら「覚えたい」と思っ て覚える。⼀体、何なんだろうなぁと。やればきっと、どんな⼦供でも出来るんだろう。これ を全国に本当に広めて⾏くと、⽇本⼈としてこう、芯の整った⼦供たちというのが沢⼭育つん じゃないかな、と思いました。 この幼稚園でやっていることが、本当に素晴らしいんですけれども、それが、この幼稚園で 終わってしまう。ここから普通の公⽴の学校に⾏くと、普通の公⽴の学校の教育を受ける。せ っかく、ここで芯が出来たものが、また、その学校に⼊った途端にこう、揺らいでしまうとい うことが先⽣(※籠池⽒の⽅を指し⽰し)は凄く残念がっておられたので、ここで培ったもの を、瑞穂の国記念⼩学院に⼊って、またさらにその芯を、こう、出来たものを太く太くして⾏ くということが、きっと⼤事なんだろうというふうに思います。 ■主⼈も私も、天命・使命をいただいている 私は、今、ここでこうして話させて頂いていますけれども、⾃分⾃⾝はもう本当に⼀⽣懸命 に勉強してきたタイプでもなくてですね、偉そうに教育を語れるとは全く思っていませんが、 まぁたまたまですね、安倍晋三と出会って結婚して、主⼈が⼀度総理をし、そしてまた、⼆度 ⽬も、あり得ないと⾔われていた⼆度⽬の総理⼤⾂もした、ということで主⼈⾃⾝も⼤きな天 命を頂き、そして私もなにか使命を頂いているんだろうなというふうに思っているので、こう して「話をして下さい」と⾔われて頼まれた時にはですね、何かひとつでも⾃分の経験からで も皆様⽅に、お伝えすることが出来ればいいなというふうに思ってお受けしているところです。  ■挨拶、姿勢など学校での躾は⼤事 私はずうっと、幼稚園の時からエスカレーターの学校に⾔っていたんですけれども、割りと 厳しい学校でした。その頃はあまり、そういう躾が厳しかったりすることっていうのは好きで はなかったんですが、「⼈の話をきちんと聴きなさい」「座っている時には動いてはいけない」 「⼿を組む時には左⼿を上にしなさい」など、すごく細かいこと、あとお辞儀の仕⽅でもです ね、もう毎⽇のように「いち・に・さん・し・・・」という、お辞儀の仕⽅を学校の先⽣から 習いましたし、「廊下はおしゃべりをしないで⽚側を歩きなさい」「友達同⼠、列で並んで歩 いてはいけません」とか、まぁ⾊んなことを⾔われました。「お友達にももちろん優しくしな くていけない」。 その頃はですね、なんとなくこう、させられていたという感じがあったんですけれども、で も、今になってみるとですね、そういう⼦供の頃に習っていたことというのは、なんとなく⾝ に付いているのかなぁというふうに思っていて、やはり⼦供の時の教育というのは、もちろん、 親の教育も⼤事ですけれども、学校で習うこと、先⽣から習うこと。その中で躾をされること というのは、⼀⽣残って⾏く、⼤切なことなんだろうなぁというふうに思って、今はその頃嫌 いだった先⽣もいますけれども(笑)、感謝をしているようなところです。 ■「安倍晋三」という⼈間と結婚したことで、素敵な⼈⽣を送らせてもらっている 私は、ちょっと教育(の話)からは外れますけれども、主⼈と結婚したのが今から 28 年前 でした。その頃は、私はお勤めをしてたんですけれども、そこで勤めている会社の上司のよう な⼈と、主⼈の友⼈が、⼆⼈を引き合わせようということで出会いました。まだまだ結婚する 気もなくて、会社でしばらく働いていたいなぁというふうに思っていたので、最初、その、 「お⾒合いしませんか?」と⾔われた時には、お断りをしたんですけれども。 でも、何回か、「すごくいい⼈だから、会うだけ会ってみませんか?」というふうに⾔われ て、そして、主⼈と出会いました。あ、あの、まぁお⾷事をしました。本当にあの、いい⼈だ ったんですね。でも、あの、結婚するつもりはまだまだ全然なかったので、そのままにしてい たんですが、何回か⾷事に誘ってくれたりするうちに、お付き合いが始まって、そして⼆年半 ぐらい経って結婚しました。 私はまさかその、政治家の妻になるなんて、本当に⼦供の頃、若い頃思ってなかったんです けれども、主⼈はその頃、⽗の秘書をしていたので、いつかは政治家になる⼈なんだろうなぁ というふうに思って、結婚前に「政治家の奥さんって、⼤変なんでしょうねぇ?」と⾔ったら、 (主⼈が)「全然そんなことないよ、誰でも出来るような仕事だから⼤丈夫、そんな仕事もな いし。」というようなことを⾔われて、結婚して、そして 28 年間経ちました。 もし、その時に、普通のサラリーマンであったり、また全然違う学校の先⽣であったり、違 う職業の⼈と結婚していたら、たぶん私の⼀⽣は全く違うものになっていたんだろうな、とい うふうに思いますけれども、たまたま安倍晋三という⼈に出会って結婚したがために、本当に このようなあの、す、素敵なというかですね、⼈⽣を送らせてもらっていて、⼤変なことも沢 ⼭ありますけれども、でも、主⼈と結婚しなければ出会えなかった⼈たちにも沢⼭会えました し、また、出来ないことも沢⼭させてもらって、特別なところにも沢⼭⾏かせてもらって、本 当に今は感謝をしています。なので、まぁその感謝の気持ちを少しでも返せたらいいなぁ、というふうに思って、あちこちに⾏かせて頂いているところです。 ■第⼀次安倍政権。1年で辞めたのは主⼈にとっても私にとっても⼈⽣初の挫折 主⼈は、選挙をですね、もう本当に強い選挙を勝ち抜いて参りまして、⼀度も落選すること なく当選を続けて来ました。⼩泉さんが辞める時にですね、次の総裁選挙に出ようかどうしよ うかと、⼤変悩んでおりましたけれども、でも多くの国⺠の皆様に「ぜひ、なって下さい」と いうふうに⾔われて、そして、総裁選挙に⽴候補して、総理⼤⾂にならせて頂きました。⼀年 間、もう本当にこの国のために⼀⽣懸命、その時は頑張ってたんですけれども、残念ながら、 ⾼校⽣の時から「潰瘍性⼤腸炎」という病気を患っていまして、総理⼤⾂というのは本当に⼤ 変な仕事なのでですね、まぁストレスもあって体調を崩して、最後の最後まで踏ん張ってはい たんですけれども、「これ以上やってはもう迷惑をかける」ということで、辞めることになり ました。 辞める時までの、本当に⼀ヶ⽉ぐらい、もう綱渡り状態で私も⾒ているのも⾟かったので、 辞めると決めた時には妻としては「良かったな」という、⼼がちょっとホッとするような思い もありましたけれども、主⼈⾃⾝はですね、やりたいことを道半ばで⾝体のために辞めなくて はいけない、ということでですね、本当に無念で悔しい思いで、多分⼀杯だったと思います。 そんな中で、「途中で総理⼤⾂を投げ出した、無責任な奴である」と⾔って批判に晒されまし てですね、⼤変、私も悔しい思いもしましたし、⾟い時期を過ごしました。初めて、何か挫折 というものを主⼈⾃⾝も感じたと思いますし、私もその挫折感を味わいました。こんなに⼀年 間、頑張って頑張って仕事をして来たのに、どうして最後にこんなふうに批判をされなきゃい けないんだろうかと、とても悲しい思いになりました。 ■なんで私たちだけがこんな⽬にあわなきゃいけないのかと思った そこで、病院で⼊院している主⼈と、そこで私も病院に泊まっていたんですけれども、主⼈ のところと、すぐに引っ越しをしなくてはいけない公邸とのですね、⾏き来する⾞の中だけが ⼀⼈になれる時間だったんですね。病院に戻ればまだ総理⼤⾂という⽴場だったので、周りに は秘書官も SP も⾊んな⼈達が騒々といて、病院の外にはマスコミが待っていて、誰かが出⼊ りをしないかと狙っている。で、公邸に⾏けば、友⼈達がいてくれて、そこで⽚付けをすると いう。まぁその間の⼀⼈で⾞を運転する中が、その⾃分の、時間だったんですけれども、そこ で笑っている⼈達を⾒るとですね、「なんでこの⼈達はこんなに笑っているんだろうか?どう して私たちだけがこんな⽬にあわなきゃいけないんだろうか?」と思って、いつも涙を流して いました。 しかし、その瞬間は泣くんですけれども、その後また病院に帰れば、ニコニコとして、まぁ ⼀応主⼈の前で⼤丈夫な振りをしていましたけれども、そんな、その時の状況を思い出すとで すね、多分精神的にはかなり、参っていたんだろうなぁというふうに思います。 ■主⼈が⼆回⽬の総理になったのは神様から⼤きな使命をいただいたから でも、⼈間は、私は、無駄な経験はひとつもないんだろうなというふうに思っていて、その 時の経験も今になれば私にとって必要な経験で、そのことがあるからこそ、⼈に優しくなれた りとか、まぁそういう⼈の笑顔を⾒ても、涙が出るような、そういう状況の⼈たちの気持ちが 分かったりとか、なんとなく⾃分の⼈間が少し幅広くなったのかな、というような気はしてい ます。 主⼈⾃⾝もですね、その時の経験があって、悔しい思いがあって、その後、なんとしてもも う⼀度たぶん、総理⼤⾂に戻って⾃分がやりたいと思った憲法改正等々を、もう⼀度⾃らの⼿ でやりたいというふうに思って、努⼒を重ねて来たんだろうな、というふうに思っています。 その 5 年間というのは、主⼈も本当にあの、毎⽇のように⾊々と努⼒をしていました。座禅に ⾏ったりとか、ランニングをしたりとかですね、また、⾊んな⼈に会ったりとか、⾃分だった らどういうことをしたいかとか書き綴っていたりとか。 でも私は、もう今、主⼈が⼆回⽬の総理であるのは、先程も申しましたけれども、まさしく これは「天命」である、というふうに思っています。先程、籠池園⻑とお話をしておりました ら、園⻑もご病気をされて⼊院をされておられたと。ちょっとでも発⾒が遅れたら⼤変なこと になっていたかもしれない中で、私は「⽣かされたんですね。」とお話を申し上げましたけれ ども、まさしく主⼈も病気でありながらも、そうやって⽣かされて来ている、ということは何 か神様から⼤きな使命を頂いて、「これをやりなさい」ということなんだろうなというふうに 思っていますし、私⾃⾝もそのような何かかしらのお役を頂いているんだろうなぁというふう に思っています。 ■安保法案に反対してデモをしても決して平和にならない 今、安保法案等々でですね、本当に⼤変な時を、まぁここを乗り切らなくてはいけないとい う時なんだと思います。私は⾮常に幅広くですね、思想的に⾔えばものすごい右の⼈からもの すごく左の⼈まで、どんな⼈とでもお付き合いをしたいと思っているので、デモに参加をする ようなタイプの⼈たちとも、実は、普通の⽣活の中ではお友達だったりとか、親しくお付き合 いをしたりとかすることもあるんですね。まぁそういうことがまた何か、あの、週刊誌は書き たいとまた思っているみたいなんですけれども。 でも、今の、私の考えは、こう何が平和にならないのか?というと、⾊んなものが対⽴して いってしまうことが問題なんだろう、というふうに思っていて。あの、『戦争反対』というの はみんな反対、だと思うんですけれども、それをデモをして、「ハンタイ!ハンタイ!」って ⾔ったからと⾔って決して平和にはならない、というふうに思っているので、平和にしたいん だったらじゃあ、「どうして、どうやって平和を作っていったら良いのか?」ということをや っぱり、みんなで考えて⾏かなくてはいけないんだろうと思います。 ■安保法案は独⽴した本当の⽇本を取り戻すためのもの。「戦争法案」ではない もちろん、主⼈は戦争をしようと思ってあの法案を通そうと思っているわけでは絶対ないこ とは、もちろん皆さんがよく分かって下さっているんじゃないかなというふうに思っているん ですけれども、まぁマスコミも、今⽇はテレビも⼊っておられますが(笑)、マスコミや⼀部の⽅たちはもう「戦争法案」である、というふうに⾔われて、それを煽り⽴てて⾏くことによ って若いお⺟さん達は、「うちの⼦供を絶対に戦争にやるわけには⾏かないから、この法案を 通してはいけないんだ!」っていうふうに思われます。 その、戦争、本当に戦争法案だったらもちろん反対して頂きたい、というふうに思うんです けれども、これは本当にそんなことではなくて。私はあの、⽇本という国がですね、やはり戦 争に負けて、その後、それまでの⽇本とはやはり精神性が変わって来てしまっているところが あるのではないかというふうに思っていて。本当の独⽴した⽇本を、主⼈は取り戻したい、 「ニッポンを取り戻す」と⾔っているのは、まぁそういうことなんだろうというふうに思いま す。 その中で、いかにこの、独⽴をきちんと、独⽴国家としてきちんとこう、⽴ち位置をこう、 置いていくかという時にですね、やはりあの、順番にあの⾊んな段取りがあるんじゃないかな、 と。私は難しいことはよく分からないので、ですし、私は選ばれた者ではないので、政治をそ んなに語る資格もないと思うんですけれども、主⼈は、選挙で選ばれていて、そして総理に選 ばれていて…。で、国がこういう⽅向に向かって⾏く、べきであるという、そういう強いビジ ョンや信念を持って今政治をしていると思うので、どうか皆様⽅にはご理解を頂きたいと思い ます。 ■世界のどの国に⾏っても「⽇本は素晴らしい」と⾔われる 主⼈と⼀緒に、世界中⾊んな所に私は⾏かせてもらっています。どんな国に⾏ってもですね、 ⽇本語を学び、⽇本の⽂化を学び、本当に⽇本を愛している⼈達が、たっくさん(沢⼭)いま す。⽇本は世界の嫌われ者なのではないかというふうに思っている⽅たちもいるみたいなんで すけど、決してそんなことはなくて、特に途上国の⼈たちはですね、なんとか⽇本みたいにな りたいと、お⼿本にしています。勤勉で、そして本当にあの、美しく、美しい国でありますし、 何もかもこう整っていて、時間は全て正確だし。こんないい国は、治安はいいし、こんないい 国はないと。「え、なんで⽇本はそんなふうに発展出来たんですか?」と。「⽇本のようにな りたい」、「⽇本に学びたい」、私は世界中で多くの⼈達に⾔われました。 で、「⽇本の素晴らしさって何なんだろう?」と、その度に思っていますし、⼀回も⽇本に 来たことがない⽅たちにですね、「本当に⽇本って素晴らしい国なんですね、私も⾏ってみた いです。」と⾔われると、今、ものすごい⼤きな憧れをもってこの⽇本にやってきた⼈たち、 「あ、やっぱり⾃分が思っていたとおり、いい国だった」って、私たちは胸を張って⾔えるん だろうか、ちょっと不安にもなります。堂々とですね、⽇本は、「素晴らしい国なんですよ!」 って、ひとりひとりが⽇本に誇りを持てるような、そんな国づくりをしていかなくてはいけな いんだろうなというふうに思います。 ■⽇本が他国より秀でているのは、お掃除の⼈も勤勉で⼀⽣懸命なところ でも、よその国から⾒るとまだまだ、やはり⽇本は『勤勉な国』。あの、皆さんもご存知か と思いますけれども、新幹線のお掃除が今、すごく海外の⽅からも観光名所になるくらい話題 になっていると。で、本当に僅か数分の間にですね、あのお掃除の⼈達がバァーっと掃いてい アキエリークス presents 7 て、すごい勢いでお掃除をする。あの⼈達のお帽⼦だったりとかには、その、時々の桜の季節 だったら桜がちょっと添えてあったり、クリスマスだったらクリスマスのリースがあったり、 そんなちょっとした配慮もあったり…。そして、ただダラダラっとやるわけではなくて、もの すごくキビキビやって、きちんとみんな整列をして。誰が⾒ているわけでもないかもしれない けど、お辞儀をして、サァ〜っといなくなるという。 で、私がある外国⼈の友⼈と話していた時にですね、「⽇本の素晴らしさの⼀つは何か?」 というのは、彼⼥は、彼⼥⾃⾝は中国⼈で⾮常に⽇本語が上⼿な中国⼈で、だったんですけれ ども、どんな仕事に就いている⼈も⼀⽣懸命やっている。こんな国は他にはない、というふう に⾔われました。 私も、確かにそうやって⾒るとですね、例えば⾊んな国に⾏きます。で、アメリカでもそう ですけれども、ヨーロッパでもその、⼀番トップレベルの⼈たちというのはもしかしたら、⽇ 本のトップレベルの⼈たちよりも⾼いレベルにいるかもしれない。それはちょっと分からない ですけれども、すごい研究をしている⼈たちとか、すごいビジネスをしている⼈たちとかって いうのはものすごいレベルにいるのかもしれない。 でも、そこの⾶⾏場に着いた時、その⾶⾏場でお掃除をしている⼈だったりとか、その荷物 の検査をしている⼈だったりとか、という⼈たちがどんな態度でいるか?結構みんな、ダラ〜 っという感じなのですね。もう「やりたくないよ、こんな仕事。」っていうような⼈たちが沢 ⼭います。 でも、⽇本は決してそうではなくて、⾶⾏機が⾶び⽴って⾏く時に、こう、下で整備の⼈た ちが⼿を振っている。それももう本当にこの、素晴らしい⼿の振り⽅で、私をそれを⾒ている だけでとても感動するんですけれども…。 ■今までの教育はよかったが、最近は⾃分のことばかり考える⼈が増えている その⽇本の今まであった教育というのはですね、確かに素晴らしい物であったし、そういう ところに活かされているんだろうなあというふうに思いますけれども、でも、残念なのはやは り、⾃分のことばっかり考えている⼈がだんだん増えているのかな、という気もします。 ■曽野綾⼦さんとアフリカに⾏ったのがきっかけで、⾃分も何かしたいと思う 私は 2006 年ぐらいからですね、ミャンマーに関わり始めました。関わったキッカケは、曽 野綾⼦先⽣とアフリカの貧困のツアーに⾏ったのがキッカケだったんですけれども、⼦供たち が勉強したくてもなかなか出来ない。 でもその⼦達は、⽬を輝かせて、本当に元気に⾛り回っていました。貧困を⾒に⾏ったんで すけれども、むしろ、何か私はその、貧しい泥んこになっている⼦供たちから勇気や元気をも らったような気がして。でも、勉強したくて出来ない⼦達がこんなに沢⼭いるという現状を、 初めて⽬の当たりにしてですね、何かお⼿伝い出来ないかなぁというふうに思いました。 ■ミャンマーの⼦供を⽀援することにしたのは、親⽇国で、主⼈にすすめられたから で、まぁアフリカは遠いので、ミャンマーにしたんですけれども。なぜミャンマーにしたか というと、まぁ主⼈が、私が「アジアの⼦供たちのために何かやりたいんだけれど」という話 しをしたら、「ミャンマーがいいんじゃないの?」と⾔ったので、どこにミャンマーがあるの か全然わからないままに、ミャンマーにしました。 で、主⼈は初めてミャンマーに⾏ったのが、⽗が外務⼤⾂、安倍晋太郎が外務⼤⾂の時だっ たそうです。1980 年代で、まだまだですね、戦後補償の問題、ずっとその、中曽根総理とアジ アを歴訪している中でですね、⾊々な各国からの要求があったらしいんですけれども。最後の 国のミャンマーは、全くその、⽇本側が出した提案をそのまますんなり受け⼊れて、それ以上 のことは⾔わずに、「もう過去のことは過去のことで、これから⼿を携えてアジアの未来のた め、アジアの平和のために⼀緒に頑張りましょう。」という話しをされて。そして、⽇本の軍 歌を歌ってくれたそうです。 で、すっかり安倍の⽗も主⼈も、ミャンマーファンになりまして。でもその、私がミャンマ ーに学校を作ろうと思った頃は、⽇本とミャンマーの関係は国同⼠としてはですね、あまり良 好なものではなかったので、「ぜひ、⺠間レベルで応援をしてあげて欲しい。」ということで、 ミャンマーに⽀援をすることにしました。 本当に貧しい地域で、寺⼦屋といってあの、ミャンマーは仏教国なので、お坊さんたちが学 校を、⾃分たちが住んでいる所の⼀部を学校にして貧しい⼦供達をそこに集めて勉強を教えて いるんですけれども、そこの学校を建てることにしました。元々お坊さんがやっている学校に、 まぁ、新しい校舎を建ててあげるということにしました。 ■ミャンマーに⾏くたびに、⽇本の⼦供は⼼が豊かなのか、感謝の気持ちがあるのかと思う 何回も⾏っているんですけれども、ミャンマーの⼦たちはですね、さっき、園児達があの、 ⼤きい声で暗唱をしたように、そのお祈り、仏教のお祈りを延々とこう、私たちに聞かせてく れたりとか。また、お給⾷を出してあげるんですけれども、給⾷を⾷べる前にはですね、やは り⻑いお祈りをしてものすごく感謝をして、そして、たっっくさん(沢⼭)⾷べるんですね。 で、普段は給⾷がありません。でも私たちが⾏ったりする時には、あるいは何か記念の⾏事が ある時、「今⽇は結婚記念⽇だから寺⼦屋の⼦供たちに給⾷を出してあげましょう」、みたい な⼈たちが沢⼭近所にいて。そういう何かがあると給⾷が⾷べられる。給⾷といっても⽇本の 給⾷とは違って、ご飯と、スープの中にちょこっとだけ何かお野菜とお⾁がちょっと⼊ってい ればいいかな、ぐらいなものではあるんですけれども、でもそれを、ものすごい美味しそうに、 いっぱい⾷べます。こんなにちっちゃい⼦も、ものすごくいっぱい⾷べて、そしておかわりを するんですね。 で、それを⾒ていると、とっても何となく、私は⼼が暖かくなって…。たまに、あの、⽇本 の⼩学校や中学校でもお給⾷を⼀緒に頂かせていただくことがあるんですけれども、でも⼦供 たちはもう、最初の段階で「あ、これ要らない。」と⾔ってもう(元の場所に)戻してしまっ たり…。 すごく、私たちの時代は、「給⾷は絶対に全部⾷べなきゃいけない」、「残してはいけない」  と⾔われていたので、私なんか⾷べるのが当時遅かったので、もうずっと延々と休みの時間ま で⾷べているような時もあったんですけれども。今の⼦供たちは、まぁアレルギーがあったり とか⾊々な問題もあるんでしょうけれども、給⾷を全部たべなくてはいけない、ということは 全然なくて、まぁ残したり、嫌いなものはその、(元の場所に)戻してしまったりということ を⾒ているとですね、なにかあの、豊かさって⼀体何なんだろうなぁというふうに、ミャンマ ーに⾏く度に思うんですね。 物が、こう、本当に豊かに溢れている。けれども、⼼の豊かさが本当に育っているんだろう か?、感謝の気持ちが本当に育って⼊るんだろうか?というふうに、⽇本の⼦供たちを⾒てい て思うことがあります。ミャンマーのその、貧しい地域には本当に⾷べるものも、⽇々なくて ⼤変な思いをしている貧困家庭が沢⼭あるんですけれども、でも、ちょっとの物をみんなで分 け合ったり、いじめもその学校の中では、私が聞いている限りではないですし、親の虐待とか もない。 まぁ、もちろん、貧困のために⼦供たちが売られるというような、⽇本にはないようなそう したあの、悲しい現実があるのも⼀⽅では事実なんですけれども、でも、その学校の中ではま ぁ、どっちが幸せなのかなぁ、というのを私はいつも考えています。先⽣を敬い、⽬上の⼈を 敬い、皆がこう、無いものを分かち合って協⼒していく。かつての⽇本では、どこにでもたぶ んあったような、まぁそんなものも取り戻していかなくてはいけないのだなというふうに思い ます。 ■戦争中、⽇本によくしてくれたミャンマー⼈、戦後その恩返しを続けてきた⽇本⼈ 私は、たまたま主⼈から⾔われてミャンマーに関わったんですけれども、ミャンマーはご承 知のとおり戦争の時に、多くの⽅が、多くの⽇本兵が亡くなった場所でもあります。三⼗数万 ⼈がビルマに向かって出兵していった、と⾔われていますけれどもそのうちの、⼆⼗万⼈以上 が亡くなっています。 私は⾊んな所でお話を聴いているんですけれども、ミャンマーの⼈たちって、だからと⾔っ て「⽇本が嫌い」ということはなくて、もちろんその当時のこと、いろんなことがあったと思 いますけど、それでも、「私たちは⽇本が⼤好きです。」っていう⽅たちがもう、本当にほと んどなんですね。なかなか、まぁ、「⽇本が嫌い。」という⽅は私に近づいて来ないというこ とはもちろんあるとは思うんですけれども、⽇本が本当に⼤好きな⽅たちが沢⼭いらっしゃる。 もう、親⽇的な国です。 で、当時、⽇本から戦争で向こうに⾏っていたという⽅とお話をするとですね、やはりもう 最後はみんな、もちろん武器もなく、そして⾷べるものもなく、病気になってマラリアになっ たりして、で、その餓死したり病気で死んでいく。ま、そういう中でですね、本当に極限状態 の中で、迷惑をかけるようなことも実は沢⼭したと…。それでも、その時ビルマの⼈たちは、 そういう、まぁ死にそうになっている⼈たちを、もしかしたら⾒つかったら殺されてしまうか もしれない中で、家でかくまってくれたり、飲み物や⾷べ物を分け与えてくれたりしたと。も う本当に、「⾃分は感謝をしているんだ」ということを⾔われていました。 で、その⽅は、その後、ずっとミャンマーから⽇本に来る⼈たちに奨学⾦を、もう普通の会 社員だったような、特別なお⾦持ちとかいう⽅では全くないんですけれども、奨学⾦を出し続 けてですね、多くのミャンマー⼈がその⼈のことをお⽗さんのように慕っている、というよう なことがありました。その⽅が、それでもまぁ、多くの⼈に迷惑をかけてしまっているので、なかなかですね、またミャンマーに戻って亡くなった⽅たちの慰霊をすることが出来なかった んだけれども、何年か経った時に、やはり慰霊に⾏きたいと思ってミャンマーに⾏ったそうで す。そしたらどこに⾏っても、みんなに温かく迎えてもらったと。それが⾃分は本当に嬉しか った、という話しをしておられました。その後その、奨学⾦を始められたんですけど、まぁそ んな国をこう、⾒ているとですね、まぁ⽇本ももう⼀度何か取り戻さなくてはいけないのかな、 というふうに思います。 ■カンボジアで貧しい⼦供のために献⾝的に働いている⽥中千草さんの話 先⽇、カンボジアにも⾏かせていただきました。カンボジアで、⽇本から、元々は⻘年海外 協⼒隊で⾏った、若い先⽣がいるんですね。その、⽥中千草さんという先⽣なんですけれども、 その先⽣はそこの学校に最初⾏きまして、で、⾳楽を教えることになります。⾳楽なんていう のは、普通そういう途上国では、まぁほとんど教えることはない。国語とか、まぁ、あの、算 数とか英語とか、というものは教えるんでしょうけども、なかなか⾳楽を、歌ぐらいは教えら れるかもしれないですけれども、楽器や何かも買えないですし、そういうものは普通はないん ですけれども、先⽣は「ぜひこの⼦達に⾳楽を教えたい」というふうに思われて、⾳楽をそこ で教えることになります。そして、私が⾏った時に、そこで⼦供たちが演奏してくれたんです けれども、本当に素晴らしい、ピアニカだったりとか、歌も謳って、演奏または合唱を聴かせ てくれました。 最初、2 年間で彼⼥はカンボジアに⾏くんですけれども、帰る時に「どうしても帰らないで 下さい」って⾔って、多くの署名を集められて、そして⼀旦彼⼥は戻るんですけれども、彼⼥ はまた、そこのカンボジアに⾏って、⼦供たちの教育にあたります。でも、その教育だけでも すごいと私は思って、その貧困地域にいるあの⼦たちをあれだけきちんと、歌がうたえて、演 奏が出来るように育てるということも素晴らしいな、というふうに思うんですけれども、彼⼥ はその、⾃分がいなくなったら出来なくなっちゃうのではダメなので、先⽣たちにまず教えた と。⾃分がいなくなった時でも、みんながそれを教えられるように、続けられるようにという ことで、まずは先⽣たちに教えたそうです。 そして、貧困地域の⼦供たちが売られていく、どんどん、その、親がお⾦が欲しいために、 あるいは騙されて⼦供たちを他の地域に売ってしまうという現実を⾒てですね、これを何とか しなくてはいけない、というふうに思ったそうです。で、今、シェルターを今度は作って、そ こにお⺟さんや⼦供たちを住まわせてですね、なるべく外に、そういう⼩さい⼦供たちが流出 しないようにしていきたいと。本当にちっちゃい、⼩さくて⼩柄でですね、細い華奢な先⽣な んですけれども、私が⾏った数⽇前には、やはり⼦供が売られていってしまったと…。 それを聞いて先⽣は何をするかというとですね、だいたい売られて⾏く場合というのは、国 境沿いのある地域から出ていくらしいので、もう⽬星を付けて、そこに⼦供を取り戻しに⾏っ たそうです。 で、そこに⼦供はいたんですけれども、彼⼥は持ち合わせのお⾦がほとんどなかったので、 お⾦と引き換えにすることが出来なくって、⼦供だけを引き取って返してもらって、彼⼥が代 わりに⼈質になって、しばらくそこに軟禁状態で置かれていて。そこに、まぁ、お⾦を持った 彼⼥の知り合いが来て、で、そのお⾦と引き換えにまた彼⼥は戻してもらった、というような …。まぁ、そんなすごい⽣活をしています。え〜、⽇本の⼥性はすごい逞しいなぁというふう に思いました。で、彼⼥はまだ三⼗代。本当に若い⼥性なんですけれども、⾃分のところでも売られていってしまうような、親が⾯倒を⾒れない⼦供を 5 ⼈ぐらい引き受けていて、⾃分の ⼦供ように 5 ⼈ぐらいいるんですね。 で、なおかつ私たちが⾏った時には、学校の⼦供の⼀⼈が、病院に⼊院することになってし まって、その病院に⼊院するには⼤⼈が誰か付き添わなきゃいけないと。で、その親は付き添 えないので、「先⽣、付き添って下さい。」ということになって、で、病院の床で彼⼥は私た ちが⾏っている間、寝て、2 時間ぐらい寝て…。そして朝になると、私たちのために通訳と、 案内のために朝から出てきてくれて、で、本当に嫌な顔ひとつせずにですね、通訳したり案内 したりしてくれました。 なんか、こんな⼥性がいるんだなぁ、なにかこう、⼿伝ってあげたいなって。本当に⼀⼈で ⼀⽣懸命頑張って、頑張って。で、百何⼗⼈の貧しい⼦供たちも、彼⼥はずっとこう、あの、 ⽇本からお⾦を預かって⾥親のようにですね、⾯倒を⾒てる、というか、そこにはまぁ家族が あるんですけれども、でも、ちゃんとした教育を受けられてなかったり、ちゃんとしたまぁ、 ⾷べ物を⾷べていなかったりするような家なので、ずうっと家庭訪問をするんですね。で、ま ぁ、お⽶を持って⾏ったり、まぁその、教科書持っていったりというのを最初は⾞もなかった らしいので、お⽶を頭の上にこう載せてですね、えー、⾬期になると、もうここら辺まで⽔が あったりするようなところもあるらしいんですけれども、そういう中を、⼀軒⼀軒お⽶を届け、 そして、「ちゃんとご飯⾷べてますか?ちゃんと⼦供たちは勉強していますか?」ということ を、⾔って、回っている。 その、「すごいなぁ!」というのはみんな⾔えると思うんですけれども、本当に実践してい るというのは、私はとても逞しい、こういう誰かのために⾃分を犠牲にしても、誰かのために ⼀⽣懸命やるという、それがやはり⽇本⼈の美徳なのかなぁと、彼⼥を⾒ていて本当に思いま した。ぜひ、あの、⽥中千草さんと⾔って、検索して頂いたらたぶん⾊々と出て来ると思うん ですね。寄付も集めているので、良かったら、あの、調べてみて頂いたらなぁというふうに思 います。 ■バングラディシュの「アジア⼥⼦⼤学」の活動も⽀援 教育というのは、あの、まぁ本当に⼤切で、そうやってまぁ、途上国でも⽇本⼈が⼊ってい って、いろんな教育をしています。私があの、バングラデシュで、⼀つ⽀援をしているのが、 『アジア⼥⼦⼤学』という⼤学です。そこもやはり、貧困地域の⼦供たちで、⾼等教育を受け られるような⼦供たちじゃないんですけれども、本来であれば。でも、とても優秀な⼦供たち。 奨学⾦を出して⼤学に通わせてあげる。そしてそこで、リーダーシップを学んでもらって、国 に戻ってもらって、国のために働いてもらおうという、そういう⼤学なんですね。で、⼥⼦、 ⼥⼦ばっかりの、⼤学です。私は、⽇本で、アメリカ⼈の⼈たちがその⽀援をしていて、頼ま れて今、⽀援を⼀緒にさせてもらっているんですけれども。数年前にチッタゴン、バングラデ シュのチッタゴンという所にある、⼤学の、⼤学を⾒に⾏きました。 で、そこで、その⼥⼦⼤⽣たちが、議論をしているんですけれども、その議論がもうとても、 建設的な議論をみんなしていて、感動しました。で、ある 2 ⼈はですね、確かパキスタンだっ たと思うんですけれども、紛争地域にある 2 ⼈の⼥⼦⼤⽣、学⽣なんですけれども。その、家 に戻ると、紛争地域にあるので、その、親であったり親戚同⼠であったりというのは、仲良く することは出来ないような、まぁそんな関係にある 2 ⼈なんですが…。 でも、私たちはその、紛争地域から来ていてもですね、お互いにこうして⼀緒に机を並べて 勉強をすることが出来る、すごく仲良くなれるかどうかは別にしても、ちゃんと同じ教室で仲 良くすることが出来るんじゃないかということを、議論をしていました。 私は、まぁ、こういうことが平和への道なんじゃないかなぁと、その時に思って、それ以来 ⼀⽣懸命あの、(※コップの⽔を飲む)⽀援をしているんですけれども…。ただ、「平和、平 和」という⾵に叫ぶのではなくてですね、最初の話しに戻ると、どうやったら平和を創ってい けるのか、ということを建設的に、この⼤学では(※咳き込む)、⼥⼦たちが学んでいる、と いうことが本当に素晴らしいというふうに思っています。 ■これからは⼥性の⼥性らしさ、⺟性、繋がる⼒、感性をもっと活かしていくべき で、あの、まぁ(会場に)男性が沢⼭いらっしゃるので、男性ももちろん素晴らしいんです が、これからは⼥⼦の⼒というのもですね、⾮常に重要なんだろうなというふうに思っていま す。⼥性が、(※再び咳き込む)ゴメンナサイ…、⼥性が今まで、もちろん、その、男性をサ ポートするという意味ではですね、活躍して来たと思うんですけれども、⼥性が前に出るとい うことが、なかなかこの⽇本の中では、保守の社会なので、え〜、好まれてなかったような気 がするんですね。(※コップの⽔を飲む)私は、⼥性の役割は、決して男みたいになることで はないし、男に取って代わって、その地位を求めるものもないと思っているんですけれども。 ⼥性は⼥性らしい、その、え〜、⺟性であったりとか、包み込む⼒であったりとか、繋がる⼒ であったりとかっていうものを活かして、もっと社会の中で活躍していくべきなんではないか な、というふうに思っています。 で、そのアジア⼥⼦⼤、私も⼥⼦校育ちなんですけども、アジア⼥⼦⼤学…。「なぜ⼥⼦な のか?」っていうことを話している時に、アジアの中にはイスラム圏の国もあるので、そうい う意味で⼥⼦の⽅がいいだろうというのは⼀つなんですが、「⼥⼦のリーダーは⼥⼦の中で育 つのではないか?」という意⾒もありました。あの、男性と⼀緒に育った⼥⼦がリーダーとし てダメ、っていうつもりは全然、もちろんないんですが、⼥⼦だけでいるとですね、男性に⽢ えることが出来ないので、⼥⼦の中で全部、あの、やっていかなくては⾏けない。 よく私が例に出すのは、あの、ゴキブリが歩いていると、(※咳き込む)ゴメンナサイ…、 で、男性がいると、え〜、男⼦学⽣がいたならば、⼥の⼦たちは「きゃぁ〜!」と⾔って逃げ る。でも、男の⼦がいなくて⼥の⼦だけの場合は、誰かしらがそのゴキブリをスリッパを持っ て殺すかもしれない。そういう意味では、え〜、まぁ⼥⼦の中で⼥⼦のリーダーが育つのでは ないかっていうのは、まぁ、もしかしたらあるのかもしれないなぁというふうに思ったんです ね。 で今までは、その、⾼度経済成⻑の間に男性たちがですね、本当に⼀⽣懸命こう、より強い 国、より⼤きくということで頑張ってこの国を発展させて来て下さったと思いますし、それは とても感謝をしなきゃいけないです。え〜、今豊かなこの⽇本があるのは、戦後そうやって 黙々と働いて下さったかたのおかげだというのはとても感謝をしていますが、今これだけこう、 成熟した社会になってですね、⼥性たちがそれをこう、先程申し上げましたように、繋がる⼒ で⼥性のその、感性を活かして、縦のその、男性的なものと、こう、⼥性的なものが組み合わ さっていくことによって、より豊かな社会が出来るのではないかと私は思っています。 ■安保法案には賛成。私の夢は「世界が平和になること」 で、あの、安保法案に反対することはもちろんないんですけど、私⾃⾝はものすごい平和主 義者で、「私の夢はなんですか?」と⾔われたら、本当に世界が平和になることだと最近はお 答えをしているんですけれども、どうやって平和を創っていくか、ということの⼀つはやはり、 みんなが繋がっていくこと。⼥性たちが繋がり、まぁ政治家は政治家のお仕事がありますけど、 そうじゃなくて⺠間レベルで政治家が繋がっていったり、あるいは、今まで弱いというふうに ⾔われていた、障害者であったり、病気の⼈たちであったり。また、まぁ LGBT みたいな⼈た ちであったり、そういうところが、あと⼦供たちですね、⼦供たちがもうどんどん世界に出て いって、世界と繋がって⾏くことが、私はこの平和に繋がるのではないかといういうふうに本 当に思っていて。 え〜、⾃分なりのこれから、こう平和を創って⾏くために、何が出来るのかなぁということ を、まぁいつも考えているところです。 ■北海道にある難病の⼦供たちのキャンプ場を訪問。健常の⼦供たちにも知ってほしい 私はあの、あちこち⾏くんですけれども、あの、この間、ちょっと話しはまた逸れますけれ ども、え〜、北海道に⾏って、滝川市(たきかわし)という所に⾏きました。その、滝川市に ある『空プチ Kids』っていう所を⾒に⾏ったんですけれども。まぁそこはですね、あの、⼩児 がんであったりとか、あるいは⼼臓病であったりとか、まぁ難病を持っているような⼦供たち、 学校にも⾏けなかったり、外にも中々出れない。そんな⼦供たちのための、キャンプをやって いる施設なんですね。で、3 泊 4 ⽇の施設が、キャンプを、その、普段は外に出れない⼦供た ちに体験をさせてあげようという、そうしたキャンプ上に、まぁキャンプ中ではなかったんで ⼦供たちには会えなかったんですけれども、そこの施設を⾒せていただいて、そのスタッフの 皆さんと懇談をさせて頂きました。 本当に、あの、ここはヨーロッパなんじゃないかしらっていうような思い、思うような、あ の、広々とした景⾊の中で、素敵なキャンプだった、キャンプ場だったんですけれども、外で 遊ぶことが夢だ、という⼦供たちがそこで、もちろんお医者様や看護⼠さんもいる中でですね、 え〜、キャンプをすると。⾃分は、すごく⼀番⼤変だと思っていたけれど、同じような境遇の ⼦たちが沢⼭いて、⾃分だけが⼤変なわけじゃないんだということを感じたり、あるいは、普 段、親御さんが⾃分のことばっかりに関わることになるので、なかなか他の兄弟たちが親と⼀ 緒に遊べなかったりという中でですね、家族や兄弟がものすごく⼀緒に楽しんでいる姿をみて 「それが何より嬉しい。」というふうに⾔っていたり。 3 ⽇間、たった 3 泊 4 ⽇の短い期間なんですけれども、⼤きく⼦供たちの⼼が変わっていっ て「もう⾃分なんか、夢はないんだ…」と思っていた⼦たちがですね、夢を語り始めるんだそ うですで、⼀⼈の男の⼦は、「9 年間⾃分は⽣きてきて、初めてお⽗さんのこんなに笑った顔 を⾒れて嬉しい。」と⾔って帰っていったそうです。で、あの、そういう⼦供たちが世の中に はいるんだよ、ということもですね、また、広くあの、普通の元気な⼦供たちにも分かっても らいたいなぁというふうに思います。 ⽇本では、あの、まぁ貧困は増えているというふうにも⾔いますけれども、やはりほとんど の⼦供たちは、他の国と違って、まぁ今、学校にも⾏ける状況ですし、いろんな物が⼿にも⼊ るんですけれども。まぁ⾃分たちが、あの、こうしていられるのは当たり前ではなくて、感謝 をしなくてはいけないという、本当にその感謝の気持ちをみんなに持ってもらうためにもです ね、まぁそんな⼦供たちと、普通の健常者の⼦供たちが触れ合うような、そんな場所も出来た らいいのかなぁなんて、あの、そのキャンプ場を⾒て思いました。 あの、もし北海道に⾏く機会がおありでしたら、ぜひその滝川市のキャンプ上を⾒ていただ きたい。ま、視察が沢⼭来ているということでしたけれども、スタッフの何⼈もの⼈たちはで すね、北海道出⾝ではないんですけれども、そこが素晴らしいということで、⼩さい 4 万⼈ぐ らいの市なんですけれども、移住をしていて、そこでその施設のために働いているという、そ んな所です。 ■瑞穂の国記念⼩学院で、⽇本の国を誇りに思える⼦供たちに育ってほしい え〜、ちょっとそろそろ時間だと思います。まぁ、なにか取り留めもなく、え〜、話しをし て来ましたけれども、あの、この瑞穂の国記念⼩学院が、無事に開校することによってですね、 そうした、あの、感謝の気持ちをもって、⼈の気持ちの分かる、そして、え〜、⽇本⼈として、 ⽇本に⽣まれた者として、この⽇本の国を誇りに思えるような、そんな⼦供たちが沢⼭育って ⾏って欲しいと思います。 ■平和とは、⾃分の⼼の中の平和から。信念と誇りを持つことが⼤事 あの、平和、また平和の話しに戻ります(笑)。平和はですね、まずは、やはり私は、外に あるんではなく、まずは⾃分⾃⾝の⼼の中の平和なんだろう、というふうに思っています。そ して、⾃分の家族であったり、地域であったり、学校であったり、⾃分の属する組織、そして、 まずは⾃分の国の、この国の中、が平和になって、それから、こう、外に向いて⾏く。平和に なることはやはり、信念を持って誇りを持つことが⼀つ⼤事なのではないかなというふうに思 っています。 ■⻑州で採れたお⽶を、⻑州を恨んでいる会津でお酒にしてもらった あ、もう⼀つ、全然またちょっと違う話しなんですけれども、え〜、私はあの、⼭⼝県で無 農薬のお⽶を作っているんですね。3.11 の後に、え〜、まぁ、⾷料が⼤事だということを思っ たのと、やはりまぁ、お⽶づくりというのは⽇本⼈としての基本だなぁと思ったので、ぜひ多 くの⽅たちに⼿伝って頂いて、お⽶づくりをしたいと思って、え〜、始めました。 で、去年から『⼭⽥錦』という、お酒になる酒⽶を作り始めました。そして、今年の初めに、 その、⼭⼝県で作ったお⽶を会津若松に持って⾏って、会津若松の『末廣酒造』さんという所 でお酒にしていただきました。え〜、なんでその会津かっていうと、まぁ⼭⼝県はその、⻑州 なんですね。で、会津と⻑州というのは未だに仲が悪いんです、実は。え〜、あまり関係のな い所の⽅は、あの、え〜、理解が、「なんで未だに?」と思われるかもしれないんですけれども、まぁ、会津の⽅はですね、やはりこう、まだまだこう、あの、恨みが(笑)どっかに残っ ているみたいで、え〜、実は仲があまり良くないと。 で、⽇本の中でそんなにこう、未だに仲が良くないということは、あの、良くないんじゃな いかというふうに思って、で、その「平和のお酒」にしたいなと思って、⻑州で採れたお⽶を 会津でお酒にしていただいて。私は、『やまとのこころ』っていう、あの、名前を付けました。 え〜、やはり⼤和の⼼はこう、結びの⼼でも私はあるんだろうというふうに思ってこう、今、 いろんなものがこう、分離されてしまってバラバラになっているものが、あるのをこう、合わ せて⾏くというような、まぁ、そんなお酒になって、それを飲んだ⼈が幸せになったらいいな ぁというふうに思って、え〜、付けました。 あの、それは⼀般にはあまり売らないんですけれども、もし東京に起こしの際は私はあの、 え〜、内神⽥で『UZU』というあの、お、お、ウフフ、(笑)、お店をやっています(笑)。 で、そこで、あの、まぁ⼀杯いくらにするか決めていないんですけれども、出させていただく ので、もし良かったら、あの、え〜、そのお味⾒にいらしていただければなというふうに思い ます。 え〜、本⽇はあの、お招きいただきまして有難うございました。本当にあの、なんかダラダ ラと、あの、皆さんの⼼に届いたかどうか分かりませんけれども、あの、⼀時間お話をさせて 頂きまして有難うございました。今度ともどうぞよろしくお願い致します。(※深くお辞儀を する) 第⼆部 ■名誉校⻑として素晴らしい⼩学校をお⼿伝いしたい。『安倍晋三記念⼩学校』の名前は総理⼤ ⾂を辞めてからなら OK (※保護者⼀同の拍⼿の中、降壇した籠池園⻑と、互いに深いお辞儀を交わし、昭恵夫⼈が 登壇。) 皆さんこんにちは。ご紹介頂きました安倍晋三の家内の、安倍、昭恵でございます。本⽇は お招きを頂きまして有難うございました。 瑞穂の国記念⼩学院、え〜、来年開校予定だったのが再来年に延びたということでございま すけれども、素晴らしい⼩学校が出来るということで、私もあの、名誉校⻑で私はいいのかし ら?(笑)と、思いますけれども。あの、何か籠池園⻑、そして副園⻑のもう本当に熱い熱い、 この国に対する、教育に対する思い。お⼿伝いできればなぁというふうに思っているところで す。 ご存知かもしれませんけれども、最初この、あの、名前をですね、『安倍晋三記念⼩学校』、 『瑞穂の国 安倍晋三記念⼩学校』ということにしたいというふうに、籠池園⻑からお話をいた だきました。本当に、名誉なことだと思いましたけれども。まぁ主⼈に申しましたところ、ま ぁ⼤変有り難いお話ではあるけれども、もし、あの、え〜、安倍晋三総理の名前がですね、こ う、もしかしたら⼦供たちにとって、負担になる時があるのかもしれない。いつもいつもその、安倍政権が、良い時ばかりではなくて、時には⼤きな批判に晒されることがあるかもしれない。 ま、そんな時に、⼦供たちが、その、⾃分の学校の名前を、どういう⾵に思うだろうかと。で きれば、この、総理⼤⾂という⽴場が終わってから、その名前を付けて頂いた⽅が、みんなに とって良いのではないか、ということだったので、今回はご辞退をさせていただきました。 ■主⼈も私も、「瑞穂の国⼩学院」の発展を望んでいる でもあの、『瑞穂の国』というのは本当に素晴らしい、名前の⼩学校だなというふうに思っ て、この⼩学校が沢⼭の⽣徒さんたちが集まられて、ま、発展していったらいいなぁというの を、主⼈も私も望んでいるところでございます。今⽇はあの、朝から来させていただきました、 あの、10 時の会の前にはですね、あの、園児さんたちが、ここに並んで⼤きい声で、「⼤学」 を暗唱してくれました。 ■「素読」で⼈間が変わることを知って「素読の会」を始めた あの、私は以前、知⼼学舎(ちしんがくしゃ)という、九州にある学校に⾏ってなかったり、 働くことが出来なくなった若い⼈たちのためにの施設を訪ねた事があるんですけれども、まぁ そこで、素読を取り⼊れていて、毎⽇、そこに⽣活している若い⼦たちがですね、畳の上に正 座をして、え〜、ま、四書五経を、暗唱するんですね、素読をしていて。で、その、ものすご く⼤きな声で、堂々と、その、読んでいる姿を⾒て、この⼦たちが、なんで学校に⾏かれなく なっちゃったような⼦たちなんだろう…、受け答えもきちんとしてくれました。で、いろいろ 話しを聞いていると、最初のうちは、⼤きな声を出すことも出来なかった。でも、⽇々練習す るうちに、もの凄く⼤きな声が出て、早く読めるようになって、え〜、暗唱することが出来る ようになって。 で、そうすると、その、⼈間⾃体が変わっていくんだと、ものすごくこの、芯が通ってくる と…。その、⼈間の、その、背⾻、そのものなんだというふうな⾔い⽅をされておられました。 そして、まぁ⼀年ぐらいそれを重ねて。えー、無事に学校や社会にその⼈たちは戻って⾏くこ とが出来ると。えー、ただ読んでいる、暗唱している、その意味を考えて勉強するわけではな くて、ただ⾔葉をこう、繰り返し繰り返し⼤きい声で、えー、発することによって、まぁそん なに⼈間に影響するものなんだろうか?ということを、私はビックリして、そして、素読の会、 というのを今、やっているところでございます。 ■塚本幼稚園の⼦供たちは凄い。その教育が幼稚園だけで終わってしまうのはもったいない で、それをですね、でも、あんなにちっちゃい、もう本当にあの、普通の会話もちゃんと、 普通だったら出来るのかしらというような⼦供たちが、あの難しいダイガクをですね、すらす らと朗々と、暗唱しているのを⾒てですね、あの、ほんっとうに、あの、すごいなぁと今⽇、 改めてこの、塚本幼稚園の凄さを感じました。 そして、きっとあの⼦たちが毎⽇のようにその、⾔っているその⾔葉は、えー、細胞の隅々 まで⾏き渡って、きっと、その、⼈間性を作っていくのに⼤きな役割を果たすと思うんですけ れども、ここの幼稚園だけで終わってしまってはやはり、勿体無い。せっかくその、え〜、まぁ⼦供の線が通ったのをですね、⼩学校へ⾏っても続けて⾏くことによって、太い、⽴派な芯、 にしていってもらいたいなぁっていうふうに思って。え、この、えー、幼稚園から⼩学校に、 こう、繋がって⾏くこの教育に⼤いに期待をしたいな、というふうに思っているところです。 ■幼稚園には何度か来ているが、こんなにお⾏儀の良い⼦供たちには会ったことがない 私は、以前にも何回かここの、えー、幼稚園に来させていただきました。あの、私は、あの、 いろんな幼稚園や⼩学校に⾏くこともありますけれども、これ程ですね、お⾏儀の良い⼦供た ちにあったことがほんっとう(本当)に無いんですね。で、パッとこう帽⼦をとって、ものす ごくきちんとご挨拶をして下さる。まず、最近はですね、挨拶が⼤⼈でもきちんと出来ない、 というのはね、本当に⼤きな問題であると思います。挨拶ってね、本当に、⼈間の基本で、え ー、まぁ夫婦であっても、うちもその、毎⽇「おはようございます。」と⾔い合っているかな と思うと、あやふやなところもあるんですけれども(笑)。でも、その、家族であっても夫婦 であっても、まず、朝起きたら「おはようございます。」、えー、ご挨拶がきちんと出来るっ ていうのは基本なんだろうなと。この⼩さい⼦供たちから私は、あのー、ここで教わっている ような気がいたします。 ■総理⽬前で病に倒れた義⽗。主⼈はそれを⾒ていて、来たチャンスは逃してはいけないと学 んだ 私は、あの、主⼈と結婚して今年で、28 年になります。えー、結婚当初は主⼈は、安倍の⽗ は外務⼤⾂をしていて、その秘書をしていたのですね。えー、まだ普通の秘書の奥さん、とい う⽴場でした。で、その後すぐに、えー、⽗が膵臓ガンの病気になりました。で、当時はです ね、今だとあの、すぐに「ガンですよ。」ということを当⼈に話すと思うんですけれども、そ の時、その当時はあの、本⼈には話しはしないような時代だったんですね。なので、周りはみ んな知っているんですけれども、安倍の⽗だけは⾃分が膵臓がんということを知りませんでし た。で、⼊院をして、えー、違う病名を、まぁ、あの、マスコミにも発表し、本⼈もその、病 名を信じてたぶんいたと思うんですけれども…。えー、どんどんですね、やはり、もう膵臓ガ ンですから完治することがなく、悪くなっていって、残念ながら亡くなってしまいました。 その間ですね、あの、病院から仕事に⾏くんですね。私は毎⽇、他にやることもなかったの で、主⼈と⼀緒に病院に⾏ってたんですけれども、フラフラになりながら出ていって、そして また、病院に帰って来てベッドの上にもう、本当に今にも死んでしまいそうな勢いでバタンと 倒れて⾏くような、安倍の⽗の姿を⾒ながら、(政治家っていうのは、命懸けの仕事なんだな ぁ)というふうに思いました。えー、どんどん痩せていく、⽗のために、安倍の⺟は少しでも こう、体格が良くみえるようにと、下着の中にこう、綿を⼊れたりして、少しでもこう、昔の 姿に戻すようにということをしていたりしていました。で、あの、病院から外に出ていくとそ れでも、政治家らしく振る舞わなきゃいけないということで頑張って、えー、いました。 総理⼤⾂も本当にすぐ、⽬前というところで、残念ながら、まぁ、病に倒れてしまって、ど んなにか無念だっただろうなぁというふうに思います。安倍の⽗もすごく⼈がいい⼈だったの で、中曽根さんがこの、次の総理を決める時にですね、まぁ当時はその、今みたいな形でオー プンではなくて、こう、密室で割りと決まっていたようなこともあって、中曽根さんが「⽵下さん」というように次を指名したんですけど、ま、その中では随分いろんな話し合いがおそら くあって、⽗は、あの、すごく⽵下さんと仲が良かったので、まさか⾃分が次に、その、後す ぐに病気になって亡くなるとは思わないので、「じゃあ、いいよ。⽵ちゃん先にやればいいじ ゃない。」というような話し合いがどうやら⾏われたのではないかなぁというふうに、みんな 周りは推測、まぁ⽗がそういうことを⾔ったわけではないですけれども、みんな推測をしてい ました。 しかし、残念ながらその〈⽵下さんの後〉、というのがなくなってしまったのですね。えー、 主⼈はそれをこう、間近で⾒ていて、来たチャンスは、やはり、いつ、それをまた次のチャン スがあるかどうか分からないから、掴み取らなきゃ⾏けないんだ、と。えー、〈チャンスの神 様は前髪しかない〉という。えー、まぁ必ずそこを掴んで置かないと(※掴み取るしぐさ)、 逃げてしまうんだということを、その時、学んだんだろうなぁというふうに思います。 ■17 歳からの持病で、1 年で総理を辞職。主⼈は無念でいっぱいだった そして、⼩泉総理の後にですね、多くの⽅たちが、「まぁまだ若いし、もう少し待った⽅が いいんじゃないか?」というご意⾒もあったんですけれども、えー、まぁ、ここでもし、えー、 国⺠の皆さんが期待をかけて下さるんだったら、命懸けで頑張ろうという思いで総裁選挙に出 ⾺をして、そして、第⼀期⽬、総理⼤⾂にさせていただきました。ま、⼀年間、私は本当に間 近で⾒ていて、(⼤丈夫かしら?)と思うぐらい頑張っていたと思いますけれども、えー、残 念ながら病気のために⼀年で辞めることになってしまいました。 ま、⽗の時、⽗はまぁ、総理⼤⾂にはなれませんでしたけれども、主⼈も総理として⼀年間 やってみて、⾃分がやりたいと思っていたことがまだ道半ばだったので、本当にその時になん で病気になっちゃったんだろうと、悔しい、無念な思いで本当にいっぱいだったと思います。 それまで、えー、潰瘍性⼤腸炎という病気、17 歳からずっと持っていたんですけれども、まぁ 良い時があったり、悪い時があったり、えー、でも、段々とですね、発症しなくなって、そし てもう、体⼒にある程度⾃信がついたということもあって、えー、出たにも関わらず、えー、 その、たい、体調のために辞めるというのは本当に悔しかっただろうな、というふうに思いま す。 ■それまでに実は何度も⼊院。「政治家を辞めたら」と⾔ったこともあった で、私はあの、何度か「政治家をやめたらいいんじゃないの?」と⾔ったことがありました。 まぁ、あの、総理辞めた時も「もう、辞めたら?」って⾔ったんですけれども、その前にもで すね、実は何回も⼊院、⼊退院を繰り返していることがあって、えー、まぁ⻑い時で 2〜3 ヶ ⽉⼊院をして、3 ヶ⽉近く⼊院をしていました。で、政治家は、あの、⾝体が弱いということ が、まぁ、致命傷である、というふうに思われているのでですね、主⼈は病気であるというこ とは絶対に⼈には⾔ってはいけない、ということで私も、その、主⼈が⼊院しているというこ とは誰にも⾔えない。ま、私の親とかぐらいには⾔ってましたけれども、それ以外にはあまり 友達とかにも⾔っていなかったんですね。 で、地元の⼭⼝県の選挙区の会合なんかも、主⼈が⾏かれないので私が代わっていろんなところに出なくてはいけない。で、まだ若い時だと、いつもいつも奥さんが代理で来ていて、 「なんで本⼈が来ないんだ?」と、「こんなに⼀⽣懸命に応援してあげて、本⼈が来るって⾔ ったのに、どうして来ないんだ?」って⾔って責められるわけですね。でも、「ほんっとう (本当)に申し訳ございません。ちょっと東京で⼤事な⽤事がございます。」と⾔っていつも 私は嘘をつかなくてはいけない。 ■病気を隠してずっと嘘をついてきたが、辞職後公表したら、多くの⼈から励まされた で、病気で苦しんでいて、えー、それでも(仕事を⼀⽣懸命しているような⼈たちが世の中 には沢⼭いるんだから、むしろ病気でも政治家をやっていますと、堂々と⾔った⽅がいいんじ ゃないか?)って私はちょっと思っていたんですけれども。でも、政治の世界というのはそう いうものではなくて、⾝体が弱いとなったらすぐに⾜を引っ張られてしまうと。主⼈はそれを きっと、恐れていたのかもしれないですし、とにかく⼈に⾔ってはいけない、と⾔われてずう っと、まぁ嘘を突き通して参りました。 しかし、その、えー、総理を辞めて病気になってしまった。で、「⾃分はこういう病気を実 は持っていたんです。」、ということを話すことになりました。そうするとですね、やはり、 多くの⼈たちがですね、「⾃分も同じような病気を持っているんです。頑張って下さい。」と ⾔って患者の会の⽅たちから沢⼭のお励ましをいただきました。まぁあの、主⼈が、最初発病 した 17 歳の頃というのは、潰瘍性⼤腸炎という病名すらも分からないくらい患者さんが少な かったらしいですけれども、まぁ今は、本当に患者が増えて、まぁ難病ではあるんですけれど も、割りとこう、お薬もいいお薬が出て来ましたし、完璧というとちょっと違うかもしれない けど、かなりあの、えー、皆さんが知っている病気になってしまいました。 ■辞職は主⼈の⼈⽣初の挫折。そのあとも「⾃分が総理だったら」と考え続けたことが今の政 権に繋がっている で、いろいろそういう経験を経て、で、ま、辞めることになってしまって、すごく残念では あったんですけれども、でも、あの⼈⽣ですね、あの、主⼈もその、祖⽗も政治家、まぁ両⽅ の祖⽗も政治家、⽗も政治家、まぁ⽗は早くなくなったとはいえ、外務⼤⾂とか要職を歴任し て⽴派な政治家でした。で、そこの家に⽣まれて、えー、⼀回も選挙に落選をすることもなく、 えー、トントン拍⼦にまぁ⼈から⾒れば、苦労もあまりしないままにこう、偉くなってしまっ たように⾒えたと思います。主⼈⾃⾝も、他の、政治家の家に⽣まれていなくって、⾃分でそ の、政治の道を志して選挙を勝ち抜いて来たような同僚の先⽣⽅を⾒ていて「すごいなぁ、あ の⼈たちは…。」というふうに⾔っていることもあったので、どっかでやはり、⾃分にはそう したものがない、というふうに思っていたのかもしれないんですけれども。その、えー、⼤き な、ある意味主⼈にとって初めての挫折、というのが、今の主⼈に繋がっているのではないか なというふうに思っています。 その後、⼊院をしていて退院をして、まぁ徐々に元気になって⾏くんですけれども、そうす ると、えー、座禅に通ったりですね、ジムに通ったり、ランニングをしたり、まぁ多くの本を 読んだり、⼈に会ったり。とにかく出来ることは何でもやろうという感じで、⾮常に努⼒をし ていました。えー、残念ながら、えー、次の選挙で⺠主党政権に変わってしまったので、す、 その、もし⾃分が総理⼤⾂だったらこうする、というような事をですね、ずうっとノートに書 き綴っていたと思います。たぶんそうして、ずうっと考えていたことが、今の政権でやっていることに繋がっているのではないかなぁというふうに思っています。 ■辞職後初の選挙で⼤勝。主⼈の覚悟を本当にすごいと思った その次の選挙はすごく厳しい、⺠主党政権に変わった、⾃⺠党が⼤敗した選挙でした。主⼈ は、えー、⾃分が総理⼤⾂を辞めて初めての総選挙ですし、(ここで皆さん⽅にちゃんと承認 をしていただかなければ、⾃分の政治⽣命は終わる)というふうにも思っていたと思うんです けれども、えー、ほんっとうに(本当に)初⼼に戻ってですね、何百件ものミニ集会、えー、 本当に⼗⼈⼆⼗⼈の⼩さい集会をずうっとして、回って、いましたし。えーまた、ま、選挙の 前は、暑い中、⼀軒⼀軒、⺠主党のポスターが貼ってあるおうちまでも、えー、⾃ら歩いて回 って、「⾃分のポスターを貼って下さい。」って⾔っていってお願いをしたりしていました。 えー、これぐらい本気なんだなぁと、この⼈、本当にまだまだ政治家としてやるつもりなん だなぁと思い、私⾃⾝もそこでまぁ、覚悟を決めたような感じではありましたけれども、⼈に よってはですね、「元総理⼤⾂がそんなにあの、新⼈のような這いつくばった選挙をするのは 逆効果だし、堂々としてもらいたい。」というふうに⾔っていた⼈がいました。しかし、主⼈ は政治家の勘としてですね、今回の選挙は本当に厳しいというのがよく分かっていたので、⾃ 分が出来ることは全てやり尽くすんだという思いでですね、⼈から何を⾔われようが⾃分のや り⽅で選挙をして、そして、えー、多くの同僚議員が残念ながら落選をされる中で⼤勝をさせ ていただきました。やっぱり私はそれを⾒ていてですね、本当にすごいな、と思いました。 ■主⼈は⾃分の選挙区に帰れないので、代わりに私が候補者のように選挙運動 で、それまでの選挙もですね、あの、主⼈は⾃分の選挙区に帰れないので、私が代わりに全 部選挙カーに乗って、そして、えー、演説会に出てという、全ての⼯程を私が候補者のように やるんですけれども、で、まぁ、私はあの、みんなの気が緩まないように、あの、ただひたす ら⼀⽣懸命、そ、その、えー2 週間選挙をするだけなんですが、主⼈はですね、あっちゃこっ ち、えー、全国、同僚議員の、えー、応援に回るんですね。その間に、ずうっっと⾃分の後援 者に、⼀⼈⼀⼈携帯電話に電話をかけ続けます、「よろしくお願いします。」と。で、絶対に 何かやる時にその、気を抜かない。で、最後まで⾃分が出来ることを、えー、全⼒でやる、と いう。やっぱりそれは、あの、えー、私は(彼の本当に素晴らしいところだな)と、夫ながら 思っているところですし、まぁ、今の⼆回⽬の安倍政権も、⾃分が出来ることをほんっとうに (本当に)精⼀杯やろうと思って、えー今、命懸けで頑張っているところで。 ■主⼈は信念をまげず、本当にこの国の将来を考えて物事を決定している まぁ最近はですね、まぁ安保法案のこともあって、ちょっと⾵邪を引いたり、あの、週刊誌 には『吐⾎をした』というような報道もされました。それはもう、(※⼒を込めて)100 パー セント嘘で、まったくそんなことはないんですけれども、えーなぜかそんな嘘の記事が出てし まったりしたんですけれども、それでも、あの、⾃分が出来ること、これをやることがこの国 にとって、本当に必要なことであるから、えー、岸の祖⽗が、その安保法案通した時もですね、 もうあの、家の周りまでもう、本当に⼈で溢れていて⼤変だったそうです。で、その時まだ主 ⼈は⼩さかったので、あの、その、家の中にいて、えー、「アンポホウアン、アンポホウアン」というのを聞いて、⾃分も「アンポホウアン」というのが何のことだか分からずに⼝に出して いたというふうに⾔ってますけれども…。 えー、どんなに⼈から⾔われようが、⾃分の信念、この国の本当に将来を考えて物事を決定 するのがリーダーの責任であるということをですね、えー、たぶん祖⽗を⾒ていて、えー、⼦ 供ながらにしっかり学んでいたのがまぁ今、活かされているのかなというふうに思っておりま すので、どうか皆様⽅には、あの、ご理解をいただければなぁというふうに思います。 ■戦後 70 年の終戦記念⽇には特攻隊の基地があった知覧に⾏ってきた 今年は、戦後 70 年、あの、本当に節⽬の年で。まぁ多くの⽅たちは、⾃分の国の国防とか、 戦争とか、平和とか、そういうものを改めて考え直した年だったんじゃないかなぁというふう に思います。で、私は、8 ⽉ 15 ⽇の終戦の記念⽇に、今年はどこで、戦後 70 年の記念すべき 年でもあるので何処で過ごそうかなぁ、というふうに思って。えー、知覧に⾏って来ました。 初めて、えー、知覧に⾏って来たんですけれども、そこで、特攻隊で知覧から⾶び⽴って⾏っ た⽅たちが、過ごした、最後を過ごしたという⾷堂であったり、旅館であったり、書き残した お⼿紙であったり、沢⼭のものを⽬にしてですね、⼆度と戦争を起こしてはいけないという思 いを強くすると共に、本当にその、この⽇本の未来を思って、そして、⾃分が⾶び出って⾏く ことが、この国のためになるんだと思っていた若者たち、のことをやはり私たちは忘れてはい けないんだなぁということを、まぁ改めて感じました。 えー、17 歳、18 歳、えー、本当に多感な、もう今から⼈⽣を楽しむんだという若者たちが ですね、国のために⾃分の命を捧げるというのは、どんなに勇気がいることだったのかぁとい うふうにも思いますけれども、まぁそこには、泣き⾔もなくですね、家族であったり、えー、 まぁ結婚している⼈たちは、えー、まぁ特攻の場合は来なかったとは思いますけれども、特に ⺟親だったり、兄弟であったりという、ある⼈は妻であったりに対するその、思いをつらつら と、その後に、本当に良い世の中を作って欲しいというようなことを書いてあるのを⾒てです ね、もちろん、泣いたこともあるかもしれない、若いから⽣きたいという思いも強かったし、 なんで戦争になっちゃったんだという悔しい思いもあったかもしれないけれども、でもそこに、 ⾃分の命をかけてこの国を守りたいと、思っていた若者たちがいるということは、ほんっとう に(本当に)事実だと思うんですね。で、それを、なんかあの、「戦争を美化している」とい うような⾔い⽅で⽚付けるのは簡単かもしれないですけれども、私たちはその、彼らが命を懸 けて守りたいと思ったものを、本当に今、守れているんだろうか?っていうことを改めて、こ の戦後 70 年、考え直さなくてはいけないんじゃないかなぁということを、まぁ知覧に⾏って 思いました。 まぁそこに、えー、⿃浜(トリハマ)…、ん?、トメさん…?、ん?ナニ浜でしたっけ…、 ええっ、トメさんというその、えー、えー、⾷堂をやっているまぁ、あのオバサンがいて、で、 その⼈が、その特攻の⼈たちをこう、⼦供のように可愛がっていたそうです。そこで、えー、 暖かい⾷事を⾷べさせてあげたり、本当は、えー、⾨限があるので、何時までに帰らなきゃい けないというのがあるんですけれども、夜遅くまでお酒を飲ませてあげたり。 時には、韓国籍に⼈がそこにいたそうですけれども、えー、仲間外れになっているようなそ の⼈にとっても、まぁ⽇本の兵、兵として⾶び⽴って⾏く彼に対して温かい⾔葉をかけてあげ たりと、まぁ、いろんなストーリーがそこには残っていました。で、まぁ改めてその、あ、あ、その特攻隊のその、お⼿紙を読んで本当に涙を流しながら、えー、東京に戻って来て…。これ はやっぱり、靖国神社にまた⾏かなくてはいけない、と思ってですね。 ■靖国神社を参拝したことをフェイスブックにアップ。批判のコメントはあまりなかった で、それでそこに、靖国神社をお参りをさせていただきました。私はあの、もちろん、あの、 何回も靖国神社を参拝をしているんですけれども、えー、前回の時も、初めて、その時じゃな い、その前に⾏った時に初めて、まぁフェイスブックに、えー「靖国神社を参拝しました。」 ということを書きました。えー、それはちょっと新聞記事にもなったんですけれども。今回も あの、「靖国神社を参拝しました。」というのをフェイスブックにアップさせていただきまし た。それも、ちょっと書いた記事はあったようですけれども、でも、⼤きな問題になった様⼦ もなくてですね、私のフェイスブックのコメント欄には、えー、「ありがとうございます。」 というコメントがほとんどで、それに対する批判的なものはあまり、ありませんでした。 ■総理⼤⾂が靖国神社を参拝してもいいのでは、と思っている あの、沢⼭の⼈は本当は分かっていて、えー、主⼈にも、主⼈にもというか「⽇本の総理⼤ ⾂には靖国を参拝をしてもらいたい」と、「靖国で会おうね」と⾔って、お国のために亡くな って⾏った⽅たちがそこで、その御霊が集まっているんだとすれば、まぁ総理⼤⾂としては、 私は、あの、(参拝しても本当は良いのかなぁ)というふうには思っています。まぁいろいろ あの、まぁ隣国との関係等々、ありますけれども、でも、本当は⽇本⼈としてはですね、うー ん、(そこは、他の国を気にすることではないんじゃないかなぁ〜?)と、私は個⼈的にはあ の、思っている、ところです。 ■外遊に同⾏してパプアニューギニアに。戦争中、⽇本兵はいいこともしているのに、メディ アは報じない パプアニューギニアという国に、あの、主⼈の外遊について⾏きました。えー、(※聴取不 能 ウエガクチー?)地⽅というところに⾏ったんですけれども、そこはですね、あの、そこ の州知事さんというのは、パプアニューギニアの⽗と⾔われて、パプアニューギニアを作った 元⾸相です。で、すごく⽇本に感謝をしていて、主⼈が⾏くということで、⽇本の総理が来ら れるってことでですね、その⽇、その地域をお休みにして下さいました。休⽇にしたんですね。 なので、その、村中の⼈たちはみーんな、あの、⾶⾏機が着いたらば出てきてくださって。 で、えー、なにか踊っているんですね、もう。で、横断幕にはあの、安倍総理、〈ようこそ! 安倍総理〉という、まぁちょっと読めないような⽇本語もあるんですけれども、でも、すごく あの、えー、温かい⾔葉で、えー、綴られているものがいっぱい各地にみられて、みんな踊っ て歓迎をしてくれました。そして、あの、普通はまぁその、外に⼈がいる場合は「あんまり窓 を開けないで下さい。」と⾔われるんですけれども、私たちはそこを窓を開けさせてもらった ら、お花がどんどん、投げ込まれて。それがたぶん、歓迎の印だったんだと思います。 で、なんでそんなに、えー、⽇本が好きなのか?パプアニューギニアでも、あの、⼗何万⼈の⽇本兵が亡くなっていて、その慰霊碑をお参りするというのが⼀番の、主⼈の⽬的だったん ですけれども、えー、おそらく、まぁそこで戦闘が繰り広げられていたりすると、そこの地域 の⽅々にはご迷惑もきっとお掛けしていたはず、なんですけれども、えー、⼤歓迎。私はその、 元⾸相、州知事に、「なんでこんなにご迷惑をおかけしたかもしれないのに、歓迎して下さっ て⽇本のことが好きなんですか?」っていうふうに伺いました。 戦争と、その、⼈間は違うんだと。戦争は恨むけれども、決して⽇本⼈は、えー、恨むよう な⼈たちではなかったと。で、そこに、えぇと…、ちょっと名前、忘れちゃったんですけど、 ある⽇本の中将が来られて、で、⼦供たちのために学校を作ったそうです。えー、「当時そこ の地域は、学校が⼀つもなくて、⼦供たちは全く読み書きも出来なかった。それが⽇本の兵隊 さんが来て学校を作ってくれた。」と。で、そこにその⾸相は通っていたそうです。で、そこ で、えー、まぁ簡単な読み書きを習うようになって、少し英語も勉強したのかもしれません。 少しの⽇本語も勉強したのかもしれません。で、学ぶということの素晴らしさを、えー、そこ で学ぶことが出来たと。で、「⽇本兵が撤退してしまうと、またその学校はなくなってしまっ たので、残念ながら僕たちは、また学校がない⽣活になってしまって、でも、学ぶことの素晴 らしさを教えてくれた⽇本⼈には本当に感謝をしている。」という話を聞かせてもらいました。 で、そういう話っていうのはですね、そこのパプアニューギニアに⾏っている、取材をして いる報道陣は聞いているはずですし、取材もしているはずなんですけれども、まぁほとんどの メディアは取り上げてくださらないんですね。⽇本⼈が戦争中に悪いことをしたっていうこと はいくらでも出すんですけれども、戦争中にもいろいろないい話も沢⼭あるんですね。それは 「戦争を美化しているんだ。」ということで、えー、なかなかメディアに出て来ることはない。 でも、みんなが戦争に⾏きたかったわけではもちろんないけれども、でもそこで、えー、⼀⽣ 懸命、そこのためにも頑張っていた⼈たちもいるんだということは、事実として私は広くこの 先も、伝えていくべきなんだろうなぁというふうに、そのパプアニューギニアに⾏った時に思 いました。 ■パラオでも⽇本⼈は⼤変感謝されている。こういうことを⼦供たちに伝えなくてはいけない でも、パラオもそうですよね。まぁパラオのお話は先⽇、天皇陛下が、えー、パラオに⾏か れたので皆さんもご存知だと思いますけれども、パラオの現地⼈と⽇本⼈と⼀緒に、訓練をし ていた。で、そこに、外から敵が来るということになって、で、パラオの⼈たちは⼀緒に、⽇ 本兵と⼀緒に戦えるものなんだと思っていたら、えー、その、えー、⽇本兵の将校が「お前ら みたいな⼟⼈と俺らを⼀緒に戦えないから出て⾏け!」って⾔って出ていかされた。えー、結 局、信頼していた⽇本⼈も⾃分たちのことをそんなふうに思っていたのか、というふうに、残 念に思って彼らは出ていくわけですね。で、えー、船がずうっと⾒えなくなって⾏ったら、バ ァ〜っとその、⽇本兵が出てきてずうっと⼿を振っていたと…。(※感極まって涙声。続いて 涙を右⼿で拭いながら、)私はこの話をするといつも涙が出るんですけれども、(※深呼吸) ⽇本の⼈たちは、その「現地の⼈たちの命は絶対に奪ってはいけないんだ」というので逃した んですね。 なので、今でもパラオの⼈たちは、ほんっっと(本当)に⽇本⼈に感謝をして、で、天皇陛 下をお迎えする時に、私の知り合いがパラオに⾏ってましたけれども、「⽇本でこんなに⽇本 の国旗を⾒たことがない!」というぐらいの、ものすごい数の⽇本国旗で(※再び感極まって 涙声に)、えー、天皇陛下をお迎えして下さったそうです。で、そういうことをですね(※涙を左⼿で拭いながら)、もっともっと⽇本⼈は本当は知らなくてはいけないし、⼦供たちにも 伝えて⾏かなくてはいけないんだろうなっていうふうにいつも思っているところです。(※再 び涙を左⼿で拭いつつ、ひととき壁時計に視線をやる) ■皆さんの要望を主⼈に伝えるのが私の仕事――被災地の防潮堤問題 私⾃⾝の、ちょっと戦争の話はもう終わりにして。えー、私⾃⾝の今の、活動を少しだけご 紹介をさせていただきます。あの、いつもいろんなところで話をさせていただいているのが、 あの、被災地の防潮堤の問題なんですね。 私は何度も被災地に⼊っていって、いろんな⽅とお話を伺って、そして、皆さんのご要望を 主⼈に伝えるのが私の仕事だっていうふうに思っているんですけれども。その中で、なかなか その、皆さんからの声があがらなかったんですが、私がふと(防潮堤ってどうなんだろうな …?)っていうふうに思って、で、ずうっと、その防潮堤問題を未だにこう、追いかけていま す。えー、津波で沢⼭の⽅が亡くなりました。沢⼭の家屋も流されました。で、国はその、え ー、防災として新しく⾼い防潮堤を国のお⾦で建ててもいいですよー、ということを決めたん ですね。各県や、地⽅⾃治体、市は、それならじゃあ(⾼さの)⾼いものを建ててもらいまし ょうということを決めました。 その、震災直後っていうのは、多くの⽅たちが怖い思いをしているので「⾼い防潮堤を建て てもらいたい」、それで「私たちの命を守ってもらいたい」と思ったのは当然だと思いますし、 それを国が、全部作ってくれるなら、じゃあ作ってもらいましょうと決めた、県や市を責める つもりも全然ないです。もし、私がその場で市⻑だったらば、「あぁ、じゃあ、ぜひお願いし ます。」ときっと⾔っていたと思うんですけれども、でも今はもう、震災から 4 年以上経って、 えー、⾼いところで 14.7 メートルもある、ビルで⾔ったら 4,5 階もあるような⾼いコンクリ ートで、海が覆われて⾒えなくなってしまって本当にいいんだろうか?もしかしたら、海の⽣ 態系がそれで変わってしまって、⿂が捕れなくなってしまうかもしれない。次に津波が来た時 は、津波が⾒えなくて、むしろ逃げ遅れるかもしれない。海の近く住んでいるという意識が失 われて、危険なのかもしれない。 いろいろなことを考えるとですね、えー、そんなに⾼いもの、まぁ全てがそんな⾼いわけで はないんですけれども、7 メートルのところもあれば 10 メートルのところもあれば、まぁ低い ところは 5 メートルのところもありますけれども。(※深く呼吸してから)もう⼀回、⾒直し ても良いんじゃないかなと。全部を造ると、最初は 8000 億円と⾔われていたのが、まぁ今は どんどんあがって⾔って、1 兆超えると⾔われています。そのコンクリートの壁に、1 兆円か けるんだったらば、まだまだ仮設住宅に住んでいる⼈たちも沢⼭いるんですから、そっちを先 にするべきなのではないかと私は単純に思ってしまうんですけれども。その、予算が、えー、 この防潮堤に付いた予算を、仮設住宅に回すわけにはどうやらいかないらしくて、えー、なか なかその、動かない問題なんですね。 ■復興庁の政務官に、防潮堤に反対する⼈たちの話をぜひ聞いてほしいと頼んだ で、先⽇、⼭本朋宏先⽣という、衆議院議員の若い先⽣が、まぁ違うことで私のところを訪 ねて来て下さいました。で、その時に、彼は今、復興庁の政務官なので、「防潮堤を⾒に⾏こ うと思うんですよ。」と。で、私がずっと防潮堤の問題をやっているのをご存知なので、「防 潮堤をみたい。」と復興庁に⾔ったら「⾒ないで下さい。」と⾔われましたと。で、本当に良 い物を造っているんだったら、「政務官、ぜひ⾒て来て下さい!」というのが私は本当だと思 うんですけど、「どうして⾒ないで下さいって⾔うのかしらね?」って⾔ってたんですね。で、 えー、じゃ、「どうしても⾒に⾏きたい。」って⾔ったら、「普通の、えー、もの(既存の防 潮堤?)を⾒て下さい。」と。で、『「(※聴取不能 エルワン?)という⾼い防潮堤は⾒ない で下さい。」って⾔われました。』と。 で、(どういうことなんだろう…?)って、それはやっぱり復興庁も、「⾼い防潮堤はおか しい、⾒てもらいたくない。」っていうふうに思っていることなのかなぁっていうふうに思い まして、えー今度、⽊曜⽇、⾦曜⽇で⼭本政務官は、えー、気仙沼、えー、陸前⾼⽥等々を、 防潮堤を⾒て回るんですけれども。その時に、もちろん「復興庁からこの⼈に合って下さい、 この⼈の説明を受けて下さい。県や市から出て来るご説明も⼗分に聞いて下さい」と、でも、 私が普段お付き合いしているような『「防潮堤を造ってもらいたくない。」という普通の、⼀ 般の⼈たちの話もぜひ聞いて下さい。たぶん、復興庁は嫌がると思うけれども、政治家はやっ ぱり、私はそれが仕事だと思うので、そういう⼈たちの話も聞いて下さい。』』と。 ■総理の妻には、多少の発信⼒や影響⼒があっても、何の権限もない 私には、総理の妻で、多少の発信⼒や影響⼒があるにしても、私には何の権限もないので、 今どうしていいか分からない。その、政務官の先⽣が、少し関わって下さることによって、き っと何か動いてくるんじゃないかなぁと思って、えー、私はとても期待をしています。 ■誰も責任を取らない、⼀回決まったことは動かせない、この国の仕組みは歪んでいる えー、私は別にあの、国のやっていることをケチつけようと思っているわけでは全くないん ですけれども、あの、本質的に何が⼤事なのかっていうことを、みんながちゃんと考えられな くなってしまっているということ、とっても危険なんじゃないかなっていうふうに思うんです ね。もう、「⾃分で責任を取りたくない!」って思う⼈がすごく多くて、もう国は、「そうは ⾔っても県が造って欲しいっていうから予算を付けたんだ」、で、県は、まぁ最初はですね、 それでも「正義のために造るんだ。」って⾔われてたりもしたんですが、もう今は段々ちょっ と変わって来て、「国が造れと⾔ったから、県は決めたんだ。」、で、市は「県に⾔われたか ら、あの、市は造るんだ。」というような感じで、もう誰もその、えー、責任を取らない。そ してその、ある時みんな、その、住⺠が気がついたらドーンっと⼤きい壁が出来ていて、美し いリアス式海岸が⾒えなくなってしまっているというのは、ほんっとう(本当)に私はいいん だろうか?と、みんなに声をあげていただきたいと思っています。 えー、2020 年東京オリンピックが決まりました。まぁ国⽴競技場の問題、エンブレムの問題、 いろいろありますがきっといい、オリンピックになると私は思っています。そしてその時に、 多くの海外からのお客様が東京に来られて、えー「⽇本っていい国だ、⽇本のポスピタリティ は素晴らしい!」と思っていただくために、みんながこう、どういうことをしたらいいんだろ う、って考えています。で、私は、沢⼭の国の⽅たちに、ご寄付を頂いて、その、それが復興 に回っていたわけですから「こんなふうに皆さんから⼿伝っていただいて、お助けいただいて、 復興が進んだんですよ」というところを、東北も⾒ていただきたい。多くの外国⼈の⽅に⾏っ ていただきたいと、「こんな、素晴らしい復興をしました!」というところを⾒ていただきた い。 で、その時に、その、コンクリートの壁がバァ〜ってなってたら、その、「これが⽇本の復 興なんですか?これが⽇本の防災なんですか?」と、このギジュツ、「技術国⽇本はまだ、未 だにこんなことをやっているんですか?」って、私は思われてしまうんじゃないかなっていう ふうに思って、えー、未だに、でも、もう、⼀回決まったことっていうのが、「おかしい」と 思ってもなかなか動かす事ができない、この国のこの仕組みが、⽇本は本当に世界からみて素 晴らしい国なんですけれども、やはりちょっと、えー、そういう歪んでしまっている部分もあ るのかなぁっていうふうに思っています。 ■関わっている「⾼校⽣未来会議」で防潮堤問題を提案したら、⾼校⽣がアクションを起こし てくれた で、そういう中でですね、⾼校⽣たち。今、『⾼校⽣未来会議』っていうのをやっていて、 で、そこに私も関わらせていただいているんですけれども、全国の⾼校⽣たちが集まって、⾃ 分たちがあの、「こういうことが課題だと思う」ということを、えー、グループごとに別れて、 話し合って、それを発表することをしています。もう今頃の⾼校⽣って、ほんっとうに(本当 に)優秀でですね、すっばらしい(素晴らしい)、パワーポイントを使ったプレゼンをしてく れます。 で、その⼦たちが、防潮堤のことを私がまぁ、考えてもらいたいといって課題にあげた時に、 えー、そして、何⼈かの⼦たちは、⼀緒に東北まで⾏って、現地を視察をしてくれました。で、 やっぱり彼らも「これはおかしい!なんとかしたい!」。 ⼤⼈の⼈たちはなかなかアクションに繋がらなかったんですけれども、⾼校⽣たちは、⾃分 たちでその、防潮堤が出来て⾏く様⼦を写真に撮って、それをアーカイブ化して⾏きたいとい うことを⾔ってくれました。そして、⾃分たちにしか、えー、出来ない、例えば、えー、その 推進側の⼈たちへのインタビューみたいなものも撮りたいと。で、反対してる⼈たちの意⾒も 撮ってきたいと。で、それを、みんなで共有して、えー、次、もし他の所で震災がまたあって、 津波が起こってしまって流されるということがあるかもしれない。その時に、どういう復興を していくか、と⾔う時に考える材料にしたい、ということを⾔ってくれています。 そして、住⺠、まぁあの、⾏政側は「説明会をしました。」というふうに⾔っているんです けれども「住⺠の合意形成は 100 パーセント取れています。」という所も実はあったんですけ れども、全くあの、事実上はそうではなくて、あの、⼀部の⼈たちが合意をまぁ、上⼿くまと めたというだけの、だったので、住⺠の合意形成というのは⼀体何なのか?、あるいは⺠主主 義って何なのか?、根本的に何なんだろうか?ということを考える、⾃分たちの教材にして⾏ きたいというふうに⾔ってくれています(※コップの⽔を飲む)。 ■⼈と違っていていい、もっと⾃分の考えを⾔っていいと、⼥⼦⾼校⽣にアドバイス その⾼校⽣たちに期待をしたいなぁというふうに思っているんですけれども、まぁ先⽇も、 あの、若い⾼校⽣・⼤学⽣、⼥の⼦たちが来て、あの、公邸で、「⼥性が活躍するためにはど うしたらいいか?」、⼥性のまぁ⽣き⽅だったりとかについて、と働き⽅とかについて、話を してくれたんですね。(※コップの⽔を飲む。)それは、⾼校⽣も⼤学⽣も、きちんとしたパ ワーポイントを使って、いろんな調査の結果、グラフだったりとか、ここはこうなっています っていう、もう素晴らしいような、⼤⼈顔負けのプレゼンでした。(※咳き込む)で、若い⼦ たちは、本当に頭が良くて、しゃべる⾔葉も本当に私も敵わないような、素晴らしいプレゼン だったんですね。 でもその後に、質問がありました。で、えー、⾃分が正しい、その⼀⼈の⼥の⼦が「⾃分が 正しいと思っていることを、⼀⽣懸命に⾃分はやっているのにもかかわらず、⼈から邪魔をさ れたり、上⼿くいかないことがあって、とても⾟い。」と⾔って、いきなりポロポロ涙を流し たんですね。だから、その、頭は良くて、とてもあの、⾔葉も上⼿くて、インターネットやパ ワーポイントやそういうものをこう、すごく駆使して、もうすごいなぁ(※ビックリのしぐさ) と⼈を圧倒することは出来るんだけれども、いざそれを、実践に移して⾏こうとした時に、上 ⼿く出来ないと、どうしていいか分からなくなってしまっている。 その、もちろんまだ⾼校⽣なので、これからだと思うし、あの、私も⾼校⽣の時にそんな⽴ 派だったわけでは全然ないので、あの、「カワイイわね!」っていうふうに思ったんですけれ ども、その、たぶん頭と⼼のバランスが、こう、取れていない。すごく頭でっかちになってし まっていて…。「出来るはずなのに、いざやろうと思うと、あの、みんなが協⼒してくれない …」みたいな。あの、⼀番、でも⼤事なのは、その、知識も⼤事だけれども、いかに何かやる 時にみんなに協⼒をしてもらって⾏くか、やって⾏くかっていうとこの⽅がたぶん⼤事だと思 うので、その両⾯を教育の中で、えー、⾝に付けてかなくてはいけないんだろうなぁというふ うに、その⼦たちを⾒ていて、思いました。 あの…、いろんな教育が、あると思うんですけれども、あの、その⼦たちはですね、あの、 もちろんその、あの、いろいろアクションに移していて素晴らしい⼦たちも沢⼭いるんですね。 でも、あの、そこの場ではいいんですけれども、実際、⾃分の学校に戻って⾏くと、『意識⾼ い系』というふうに⾔われて、⾃分がそういうところで学んだ、こう、「社会の問題を解決し て⾏くにはどうしたらいいんだろう?」ということを、学校の中では話は出来ない。で、特に ⼥の⼦のその、そういう年代の⼦たちっていうのは、もうみんなおんなじで仲良くしていたい、 群れていたい、仲間外れになりたくないという思いがすごく強いので、えー、⾃分が本当に関 ⼼があること、社会を良くしたい、世の中のために働きたい、えー、ここがおかしいんじゃな いか?(※拳を握って少し突き出すしぐさ)と思っているようなことを学校で⾔いたいんだけ れども、そんなことをみんなに⾔ったらば、仲間外れにされちゃう、変なやつだと思われちゃ う…、だったら⾔わないでじっとしておいた⽅がいいじゃないか、と。 でも、私は「それは違うじゃないの?」っていうふうに⾔いました。あの、そこからやっぱ り変えて⾏かなきゃいけない。勇気を持って、誰かが学校の中で、社会の問題なんかを考えて ⾏く。そして、その周りが⼀⼈でも⼆⼈でも変わっていって、で、そこからみんなでそういう 共通の話を、あ、(※アリガトウ…と⼩声で園職員に会釈)えー、することが出来るように、 えー、なんとか学校を少しずつ変えて、みんなの⼒で変えて⾏きましょうよ、という話をして いたんですけれども。えー、『意識⾼い系』などという、⾔葉はあるっていうことも私は知らなかったんですけれ ども、あの、⼦供たちは⼦供たちで、⾼校⽣たちは⾼校⽣で、いろいろ⼤変なんだなぁってい うふうに、みんなの話を聞いていて思いました。あの、外国だとたぶん、⼈と違う⽅がむしろ カッコ良かったりとか、個性的な⽅が評価されたりすることがあると思うんですけれども、ま ぁ⽇本の場合は、あの、『⼈と⼀緒が良い』。⾼校⽣や⼦供たちだけではなくて、たぶん社会 の中でも、えー、浮かない⽅がいい、⼈と⼀緒の考え⽅を持っていた⽅がいい、何か発⾔した くても「こんなこを⾔ったら、ちょっと笑われちゃうんじゃないかな、⼈と違うんじゃないか なと思うと黙ってしまう。で、それでもちろん、社会が上⼿くまとまっている部分っていうの もあるとは思うし、それが⽇本の強みでもあったのかもしれないんですけれども、でも私は、 これからは、もう少し、⽇本⼈であっても⾃分の考えを堂々と述べて良いんじゃないかなと思 っています。 ■以前は、安倍家の嫁・政治家の妻として型にはまろうと思っていたが、今は違う 私⾃⾝も、安倍家の嫁として、政治家の妻として、えー、まぁ今は総理の妻として、総理夫 ⼈という⽴場として、なるべく、こう、型にはまろう、はまろう、というふうに思って来まし た。まぁ、今はあんまり思ってないんですけど、その前の、6 年、7 年の時までは、思って来 ました(※微笑み)。で、⼈から⾒ると、「いや、全然そんなことなかった。」と⾔われるん ですけれども、でも私は、なるべく、その、政治家の妻らしく、主⼈の脚を引っ張らないよう に、えー、そんなことを思ってたんですけれども。えー、でも、あの、⾃分の⼼の中から湧き 出る思いみたいなものっていうのは、私は神様からいただいているものだと思っているので、 それは、正しいと思ったことはあの、多少⼈から⾒て、えー、(おかしい!)と思って、思わ れてもですね、例えばこの防潮堤問題なんかもそうなんですけれども、堂々と声をあげていこ う、というふうに今は思っています。 そうすると、こう、⼀歩アクションを起こすと、えー何となくこう、⼿伝ってくれる⼈が出 てきたり、正しい道を進んでいる限りはきっと、どっかで神様が⾒ていて、えー、助けを、助 けの⼿を差し伸べて下さるんだろうな、というふうに信じて今、私は私なりに進んでいるとこ ろなので、まぁ皆さんにもご理解をいただければなぁというふうに思います。 ■主⼈が総理を辞めて⾃分も悔しくて落ち込んだが、それはそれでありがたい経験だった 私⾃⾝も(※壁時計に⽬をやる)、主⼈が⼀回総理を辞めた後に、⾮常に⾟いひとときとい うか(笑)、えー、数ヶ⽉間ぐらいはありました。えー、精神的に⾮常に強いタイプでは全く なくてですね、結構、あの、すぐ、あの、えー、おちこ、落ち込むというか、メソメソしたり とかするんですね。で、まぁ前回の時も、それでも、あの、いろいろインターネットで、えー、 ⾃分のことを検索しては(なんでこんなことを書かれなきゃいけないの!)とかって、思って いたんですけれども。主⼈はもう、「そんなものは⾒るな!」とか、「⾒るから落ち込むん だ!」とか⾔って怒られていたんですが、でもなんか、⾃分がどういうふうに⾒られているの か? で、その、そういうふうに⾒られているんだったら、そうじゃないように変えて⾏かなきゃ いけない、っていうふうに思って、何となく⾃分の悪いところを⼀⽣懸命探したりとかしていたんですけれども、まぁ⼀回主⼈が総理を辞めて、えー、本当にあの、(⼀⽣懸命やって来た 主⼈がどうしてこんなに⼈から批判されなきゃいけないんだ)と思うと、あの、とても悔しい 思いがしてですね、まぁ、笑ってる⼈を⾒るだけで本当に涙が出るぐらい、落ち込んだ時期が ありました。 えー、でもまぁ、それがあって、今、いろいろ幅広く、⼈の気持ちも少し分かるようになっ たり、えー、⾃分は⾃分でいいんだというふうに思えるように変わったのかなぁっていうふう に思っていて。まぁ、その経験はあの、それはそれで有難かったなというふうに思っています。 ■⽇本の神様は「神道」。籠池園⻑も神様から天命をいただいている⽅ で、なぜかですね、私はキリスト教の学校でずっと育ったんですけれども、なぜかその頃か ら「⽇本の神様は神道だ。」って思うようになって、えー、伊勢神宮とか、出雲⼤社とか、ま ぁいろんな神社巡りをし始めました。えー、別にその、⾮常にあの、何かそれでえー、スピリ チュアル的にどうこうというわけではないんですけれども、本当にただ、あの、神様にですね、 「私は何の能⼒もありませんが、えーどうか、神様に、えー、とって良いように私を使って下 さい。」ということをいつも祈り続けてたんですね。で、それがたぶん、今、あの、(神は私 をきっとこういうふうに使いたかったんだろうな…)っていうような、あの、感じであのー、 ⾃分の意志とは違うところでいろんなことをさせていただいているのかな、というふうに思っ ています。 えー、籠池園⻑もご病気をされて、あの、⼤変でらしたようですけれども、それでもその、 本当に⼤きな天命をえー、やはりあの、神からえー、いただいている⽅なんだろうなと私も、 あの、いつも熱い思いを伺いながら感じています。あの、⼈は、それぞれ⼀⼈⼀⼈必ず何かし ら使命を持って⽣まれて来ていて、それをやはり、⾒つけて、全うして⾏くのが⼈⽣なんだと 思っています。 ■⼦供はお⺟さんを選んで⽣まれてきている あの、『神様との約束』という映画があるんですけれども、それはあの、⼦供の教育をして いる⼈と、あと産婦⼈科医が中⼼になったドキュメンタリーみたいな映画なんですけれども、 ⼦供たちがこう話しているのを聞いていると、「⽣まれる前、僕たちは私たちは、宙に浮かん でいたんだ。」と、で、⼦供たちはそれをまぁ、本当かどうかは分からないですけど、多くの ⼦供たちが同じような話しをしているんですね。で、「浮かんでいて、そこに⼤っきいスクリ ーンがあって、で、そこにママの顔が映ったから、僕はこの⼈がいい!って⾔って、選んでマ マのお腹に⼊ったんだ。」ということを沢⼭の⽅が、沢⼭の⼦供たちが話しているんですね。 そこにね、パパの⾔葉が出て来ないので、パパはどっから選ばれてるのかちょっと良く分から ないんですけど!(※もの凄い楽しそうに笑う)。みんなママを選んで(※⼈差し指を掲げ振 りながら)⽣まれて来ているんですね。 で、その、どんな⼦供であっても、あの、普通⼦供は親は選べないんだっていうふうに⾔い ますけれども、でもきっと私は、どっかでやはり⼦供たちはお⺟さんを選んで来ているんだろ うなぁっていうふうに思って、えー、親⼦関係が上⼿く⾏っていない⼦供たちには、まぁ親御さんには、その映画を⾒てもらって、えー、⾃分はこの⼦に選んで来てもらったんだというふ うに思ってもらいたいなぁというふうに思っています。 ■この国を誇りに思える⼦供たちを育てるために、瑞穂の国記念⼩学院を応援したい え〜、そろそろ時間が来ましたけれども、この瑞穂の国、記念、えー、⼩学校、来年、再来 年、開校されるということで、本当にこの、あの、「国に⽣まれて良かった」というふうに思 えるようなですね、あの、国にしていくために、主⼈も政治家として総理⼤⾂としてこれから も頑張って⾏くと思いますし、えーまた、この学校においてもやはり、えー、国に、この⽇本 の国を誇りに思えるような、えー「いい国に⽣まれて良かったな」と、この国の良さをどんど ん、この、えー、ずうっと繋げて⾏かなくてはいけないというふうに思えるような⼦供たち、 そしてそれを、えーまた、この国だけのことにとどまらずに、世界中の⼈たちが平和になるた めに、えー、⾃分たちの⼒を使いたいと思えるような⼦供たちに育って⾏ってもらうために、 私も、あの、応援をして⾏きたいと思いますので、どうか籠池園⻑ご夫妻にはお元気でですね (笑)、頑張っていただきたいなぁと思います(※満⾯の笑み)。今⽇はお招きを頂きまして、 有難うございました。 (※深く⼀礼後、コップの⽔を飲み、再び⼀礼。) (※保護者⼀同、拍⼿。)