2017年9月19日火曜日

「第1列島線」の防衛を同盟国の日本などに委ねる案 米軍が米領グアムまで一時移動

2017年9月16日 07時34分 東京新聞

 【ワシントン共同】米国が南シナ海や東シナ海で中国と軍事衝突した場合に米軍が米領グアムまで一時移動し、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ軍事戦略上の海上ライン「第1列島線」の防衛を同盟国の日本などに委ねる案が検討されていることが15日分かった。昨年7月に陸上幕僚長を退職した岩田清文氏がワシントンのシンポジウムで明らかにした。

 米軍を中国近海に寄せ付けない中国の「接近拒否戦略」に対応するためで、中国が開発した「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」による空母撃沈を避ける狙いがある。実際にこの案が採用されれば、自衛隊の役割拡大が求められるのは確実だ。

2017年9月16日土曜日

リオと東京の五輪招致にIOCの票の買収

9月13日付のイギリスの「ザ・ガーディアン」がリオと東京の五輪招致にIOCの票の買収があった容疑について新展開があったことを報じた。以下が記事。

リマでの総会で2024年パリ、28年ロサンゼルスでの五輪開催を決定したニュースに世界の耳目が集まることを期待していたその日に、2016年リオ、2020年東京五輪の招致チームによる買収容疑についての新たな疑惑をIOCは突き付けられた。

二つの開催地が決定した直後に汚職スキャンダルの渦中の人物が高額の時計や宝石を購入していたという調査結果が出て、この二都市の決定についてさらなる調査が開始されることになった。この事実がIOC総会での2024年、2028年の開催地決定セレモニーに暗い影を落としている。

『ガーディアン』紙は資料を精査して、信用を失墜した前IOC委員ラミーヌ・ディアクの息子パパ・マッサタ・ディアクがリオと東京の招致キャンペーンの前後にフランスの宝石店で高額の買い物をしていた証拠を得た。

ブラジル連邦検察局はフランス検察局の調査結果を踏まえて、支払いが「IOC内部に強い影響力を持つラミーヌ・ディアクの支援と票の買収の意図をもって」2016年リオ、2020年東京の招致成功のためになされたという結論を出した。

昨年、『ガーディアン』紙は、2020年の五輪開催都市レースのさなかに、東京五輪招致チームからマッサタ・ディアクと繋がりのあるブラック・タイディングスと称する口座へ七桁の送金があったことを暴露した。これらの支払は二回に分けて行われた。取引額は約170万ユーロで、2013年の9月7日、ブエノス・アイレスで開かれたIOCによる開催都市選定の前と後になされていた。

フランス当局の捜査にもとづいて、検察局は2013年9月8日に、ブラック・タイディングスはシンガポールのスタンダード・チャータード銀行の口座から8万5000ユーロをパリのある会社宛てに送金し、それがマッサタ・ディアクが宝石店で購入した高額商品の支払いに充てられたことを明らかにした。

ブラジル検察局によると、2009年から10年にかけてマッサタ・ディアクは一回6万5000ユーロから30万ユーロの支払いを、彼がコントロールしていると見られる七つの口座から、フランスとカタールの店舗およびモナコとニューヨークのオフショア・カンパニーに対して行っている。

2009年10月2日、コペンハーゲンでのIOC委員会で五輪開催がリオに決定したその日には、ディアク家と繋がりのあるパモジ・コンサルタンシイ社から7万8000ドルの支払いがパリの宝石店に対して行われている。

ブラック・タイディングスについての調査は日本の国会の審問に付託されたが、同国の総理大臣は招致のための票買収について調査を進めているフランスの検察当局と協力することを約束した。しかし、ブラジルからの今回の暴露によって、次回の五輪開催国に対する調査が再開され、どのようにして東京が五輪開催権を獲得したのかそのプロセスが解明されることになるだろう。

ディアクはこの疑惑に対しては回答していない。これまでのところすべての悪事を否定しており、彼に対する今回の主張は「世界スポーツ史上最大の嘘だ」と語っている。

記事はここまで。

東京の五輪招致については、シンガポールのブラック・タイディングスという怪しげなペーパーカンパニー(テレビが取材に行ったが、ボロい団地の一室であり、看板もなく、無人だった)にコンサルタント料が振り込まれたことが国会で問題になった。

この送金の事実を明らかにしたのは、国際陸連の汚職と資金洗浄を調査していたフランスの検察局である。

国会でも問題にされたが、当時の馳浩文部科学相は「招致委員会は電通からブラック・タイディングス社が実績があるからと勧められ、招致員会が契約することを決定した」と語っている。

ブラックタイディングス社の「実績」というのはペーパーカンパニーを経由しての資金洗浄と買収のことである。

支払いは2013年7月と10月の二度にわたって行われたが、これは開催地決定の前後に当たる。誰が見ても「手付金」と「成功報酬」としてしか解釈できない。

国会での答弁では、二度にわけた理由を問われて「金がなくて一度に全額払うことができなかった」とされているが、実際には招致委員会は資金潤沢であり、この説明にはまったく説得力がなかったが、日本のメディアは深追いせず、これを放置した。

文科省、招致委員会、電通・・・五輪招致をめぐって、これから忌まわしい事実が次々と暴露されるだろうけれど、それらを解明するのが「海外の司法機関」であり、それを伝えるのが「海外のメディア」であるということに私は日本の社会制度がほんとうに土台から腐ってきていることを実感するのである。

2017年9月8日金曜日

退職金による節税

 団塊世代の定年退職が始まった。退職となると気になるのが退職金のことだろう。日本において、退職金は税金面で非常に優遇されているのをご存じだろうか。そうした制度の基本にあるのが「退職所得控除」だ。

 退職所得控除は、勤続20年までは1年当たり40万円、それを超える分は1年当たり70万円となる。だから、勤続年数によって、次のような金額が課税対象から外される。

勤続20年の人 …… 40万円×20年=800万円
勤続30年の人 …… 40万円×20年+70万円×10年=1500万円
勤続40年の人 …… 40万円×20年+70万円×20年=2200万円
 大部分のサラリーマンにとって、退職金の金額はこの範囲に収まっているのではないだろうか。そうなると、退職所得控除を差し引くだけで退職金所得がゼロになるので、退職金には課税されないことになる。

 確かに、長年働いた人たちに対して「ご苦労さま」という意味のお金だから、そうした制度があることは理解できる。

 だが、退職金に対する優遇税制はこれだけではないのである。

 多額の退職金をもらう人は、退職金所得控除を差し引いても、所得が残るかもしれない。そうした場合、課税の対象とする額を、残った金額の2分の1だけにする「二分の一軽課」という制度がある。

 例えば、40年勤めて3000万円の退職金をもらったら、退職所得控除が2200万円だから、残りは800万円。そのうち課税対象になるのは400万円ということだ。

 つまり、退職所得控除を差し引いた後の所得の半分には、まったく税金がかからないのと同じことだ。

 退職金に対する優遇はまだある。それは、二分の一軽課によって半額になった課税対象については、総合課税ではなく「分離課税」にするという制度である。

 これはどういうことかというと、退職金については給料とは分離して課税するという意味だ。分かやすく言い換えると、給料をいくらたんまりともらっていようが、退職金は別枠にしてゼロから課税額を計算するというわけである。

 所得税は累進課税だから、給料と退職金を合算して課税するよりも、別々に課税したほうが税額は少なくて済む。

 こうして、「退職所得控除」「二分の一軽課」「分離課税」という3段階で退職金は優遇されているのである。「なるほど、日本政府は働く者に対して思いやりがある」と思うかもしれないが、退職所得控除はともかく、二分の一軽課と分離課税はほとんどの一般サラリーマンには関係のないことだ。数千万円から億単位の退職金をもらうような、大企業の役員や高級官僚にのみ関係してくる話なのである。

 政府が財政悪化を言うならば、退職金に対するこうした二分の一軽課や分離課税制度をなぜ廃止しないのか、不思議である。

 ところが政府の税制改正の動きは、むしろその逆である。一般サラリーマンにとって大切な退職所得控除を圧縮する一方で、ごく一部の金持ちにしか関係のない二分の一軽課と分離課税を残そうとしているように見える。

 政府が退職金優遇の政策を維持しようというならば、庶民はそれを逆手にとって利用してみてはどうだろうか。それは、給料でもらっている分の一部を、退職金に回してしまうという手だ。

 企業にとっては、退職金で払おうと給料で払おうとコストは変わらない。しかし、受け取る側にとっては、退職金に回してもらったほうが、税金ははるかに安く済むからだ。

 功労金や早期退職奨励金など、退職金に上積みしていく制度自体は多くの企業にある。それと同様に、給料の一部を退職金として積んでおいてもらえばいいのだ。

 大企業では給料と退職金の区分がはっきりしているので難しいかもしれないが、中小企業ではそれほど区分が厳密ではないので検討する価値は十分にある。特に、定年間際は給料が高くなり、所得税の税率が高くなっている人もいるだろう。

 例えば、年収が1500万円程度で、課税所得が900万円の人がいたとしよう。すると、その人の所得税の限界税率は30%にも達する。

 ところが、退職金ならば勤続35年で元々の退職金が2500万円だとすると、限界税率はわずか5%。そこに、50万円上積みしてもらった場合、税金は2万5000円しか取られないで済むのだ。

 だから、50歳になったら給料を下げてもらって、その代わりに退職金に積んでおくといい。そうすれば、結果的に手取りが増えるのだ。

 もっとも、退職金を手にする前に、会社がつぶれてしまったらアウトである。20代、30代の人にとってはリスクのある選択だろう。30年後に会社が残っているかどうかなんて、見当がつかないからだ。

 しかし、定年を間近に控えた人にとって、このテクニックは大きな税制優遇が受けられる強力な裏ワザといっていいだろう。

 給料の一部を退職金に回すというテクニックは、一見すると法律の網の目をくぐるような行為に思われるかもしれない。だが、けっしてそんなことはない。

 外資の年俸制などは、そのテクニックを生かしたいい例といえよう。彼らは、年俸1億で社員と契約したら、5000万円を支払いに、5000万円を退職金にキープしておくという手を使う。そうすれば、税金が劇的に減ることが分かっているからだ。

 社員にしても、大半は数年以内にやめていく者ばかりだろう。それならば、会社がつぶれるリスクが少ないままで、手取りが増えるのだから願ったりである。

 もしかすると、労働力が流動化するにしたがって、こうした方式がスタンダードになるかもしれない。短期で勤めて給料はほどほど、その代わり退職金をがっぽりもらい、やめていくというやり方である。

 企業にとっては給料で払っても退職金で払っても同じなのだから、社員に多くを還元したほうがいいと考えるのは合理的である。

 「だが、そんなやり方がスタンダードになったら、政府は税金が少なくなるから、そのうち法律で抑えられてしまうだろうね」。そう反論する人もいるかもしれない。だが、わたしはそうは思わない。

 なぜなら、こうした外資と同じやり方をしているのが、都道府県知事であり、天下り先を転々とする官僚だからだ。彼らは、短い期間を勤めただけで、莫大な退職金を手にしているのはご存じの通りである。

 知事を2期勤めただけで、数千万円の退職金をもらっているという話をよく耳にするが、その退職金には雀の涙ほどの税金しかかからないのである。

 大企業の役員、高級官僚、都道府県知事といった人が得をする税制というのは、そう簡単にはなくならない。それならば、我々庶民も、その制度を利用させていただこうではないか。

2017年9月5日火曜日

軍事技術

北朝鮮のミサイル、ロケット、水爆などの報道が続いている。
軍人が出ていて、兵力は何万人とか言っているのだが、
ドローンで爆撃すればいいのだから、人数は関係ないだろうと思う。
ハリウッド映画ではないのだから、筋肉を訓練しても無駄だろうと思う。

つまり科学技術の問題なのであるが、ミサイル、ロケット、水爆、潜水艦などは、
最先端技術ではないだろう。
ドローンも爆弾もテレビカメラも。陳腐である。衛星からの監視も陳腐である。
だからこそ、ソ連崩壊、中東戦争、ウクライナ紛争などで余剰になった科学技術者が北朝鮮に雇われて、または、スパイされて、陳腐な技術を提供して、武器開発をしているのだろうと思う。
開発というより、コピーだろう。

シャープを退職した技術者が韓国で働くようなものだ。
技術者が獲得できなければ、昔のようにスパイをする。

本当に最新の兵器ということになれば、秘密だろう。
お披露目とするということは、秘密ではなくなってしまうので、真似をされる危険が大きい。

ここで問題が生じる。抑止力と言うからには、相手に、抑止力の詳細を認知させる必要がある。
しかし武器としての認知が進めば、模倣もできるし、模倣できなければスパイする。また、その技術を無効とするような対抗技術も開発できる。無効化技術もスパイする。
だからといって、秘密にしたままでは、抑止力として十分ではない。

そして、どうせ秘密にしたままで、開発をすすめるならば、嘘を言っても同じである。

オープンにしても難があり、シークレットのままでも難がある。

ーー
現在、軍隊の最先端では隊員の筋肉ではなく科学技術が競われているのであるが、大部分秘密である。
説明しても、軍の偉い人たちは技術の意味がよくわからないだろう。

通常戦力のことについても、実際に戦闘をする必要はなく、
双方にどれだけの戦力がある、だから、実際に戦闘すればこうなるでしょうという予測は精密にたてられる。それで終わり。
実際に砲弾を消費して、飛行機や洗車を壊してほしいのは軍事産業だけである。

2017年9月1日金曜日

権力というものについて疑問を持たざるをえない

日本に暮らしていると
権力というものについて疑問を持たざるをえない
世界のどこでもそうなのかもしれないが
少なくとも日本では
権力とはわがままを言っても許される
判断ミスをしても許される
公私混同をしても許される
不勉強でも許される
税金を山分けしている
そのような印象を持つ

では権力者になるために何が必要かといえば
単に昔の権力者の子供であることだ

そのような人間に庶民の税金を徴収する権利はないし
その税金の使い道を決める権利はない

2017年8月30日水曜日

落下地点は予測できます

弾道ミサイルの場合、発射された初期の段階で速度、発射角度から落下地点は予測できます。

というのだが、着弾するあたりの海洋にはさんま漁船がいたというではないか。彼らは日本国民ではないのか?彼らを守る必要はないのか?

どのくらいの精度で予測できるのか問題がある。

Jアラートが作動しなかったという。納入した業者はどこか。追加料金無しで修理してほしい。ついでにJアラートに使った税金の額を教えてほしい。機密事項だなんて言わせてはいけない。

そもそも予測できているなら得意になって「着弾点はどこ」と宣伝するはず。
しかしながら、予測はあまりにも遅く、どのあたりかなと会議を開くときには、着弾してしまっていた様子だ。

迎撃についても、可能であるということを印象づける何かの証拠を行動で示したほうが良かった。
可能だというだけで何もできなかったのが実態と考えられる。できるなら何かやっているはず。
たとえば時々刻々の正確な位置をテレビで伝えることもできたはず。それがあれば、緊急避難など不要だったと分かるはず。

東日本に緊急避難しろと言っていたということは、少なくとも西日本には着弾しないというくらいしか把握していなかったということを暗示している。

迎撃なんて困難だから、先制攻撃の思想が優勢になる。

2017年8月29日火曜日

現代美術

今日、現代美術、わけても抽象絵画を描こうとする者にとっては、制作においてどのようなシステムを確立するかが最大の関心事になっているのではないだろうか。描くシステム。それはつまり絵画を描くということへの自己の立場と概念化の方向を明確にするものであり、そこではシステムの発見が自己の芸術の方向性の発見だと信じられる。ところがそこではまた往々にして、芸術家が一度発見したシステムにすっかり安住しきってしまうということが起こり得るのである。本末転倒というか、画家はしだいにシステムを行使するのではなくシステムに行使されるようになり、彼の絵画はひたすらシステム内における完成度をめざすようになる。こうして、当初の探求の精神を忘れた形骸的な抽象画が量産されることになるのだが、現在の芸術界の混沌ぶりは、おそらく、もはや誰も、システムが生き生きと機能した絵画と形骸化した絵画との区別がつけられなくなっているところにあるのだ。
渋谷和良が制作を行なっているのは、そうした形骸化とはまったく対極的な地点においてであると思われる。非システマティックな意志、とでも言おうか、彼は絵画がシステムに到達する以前の地点にひたすら踏みとどまり、そこで自らの感覚に殺到してくる印象を直に表出させ定着させようとしているのではないだろうか。非システマティックとは言っても、むろんそこに探求がないわけではない。むしろ安易なシステム化を拒否している分だけ、探求は厳しいものになり、彼はキャンヴァスを何度も何度も塗り直し、重層化させていく。しかしそうした厳しい探求は、画面に、より清新な感覚を溢れさせたいという願望から行なわれているに違いない。
いま感覚という言葉を使ったが、渋谷がその作品のなかで目指しているのは、まさに、自らの感覚のなかに外界の印象がどのように刻まれ、その作用が同時にどのようにしてわたしたちにとっての世界を成立させていくのかという問題であろう。それは近・現代の美術の根源的な問題のありかを探ってセザンヌあるいはモネまで遡り、抽象絵画成立の過程をもう一度たどり直してみるという行為ではあるまいか。渋谷はここ数年、海辺のアトリエで制作することが多かったこともあり、したがってそのタイトルには海、波、水、光、森といった、いかにも印象派的な名前が頻繁に登場するが、これも単なる偶然ではあるまい。ただし渋谷の制作行為は決してヨーロッパ近代絵画という特殊な歴史の検証だけであるはずがなく、これはもちろん同時にわたしたちの感覚への根源的な問いかけとなっているのである。その根源性こそが彼の非システマティックな意志と清新さへの願望につながっているのだ。
ところで印象と感覚の探求は、単にわたしたちが世界を<主観的に・見る>ことを越えて、わたしたちの感覚と外界とが同時に、主客の応答によって世界を成立させていくという考え方も導き出す。メルロ=ポンティ的な現象学への傾きと言ってもいいし、なんなら西田哲学的な考え方と言ってもいいが、絵画への渋谷の探求はそうした視点までも含んでいると私には思われるのだ。渋谷はあるとき海辺にテントを張って夜明けまで黒々とした海やその波の轟音に対峙していたことがあったという。おそらくそのとき彼が感じていたのは、海という客観物を自己の主観が見て、感じているというにとどまらない、海や音や風がまた自己を見て、自己を成立させているという感覚ではなかったろうか。見えるものや音、香りまで、あらゆる感覚が自己存在と応答(コレスポンデンス)するという考え方はボードレールら象徴派詩人のものであったが、そこには音楽という芸術の与える大きな影響もあった。父親の仕事が音楽関係で、ドビュッシーなども好きだと語る渋谷の画面には、どこか音楽的な諧調があるように思う。そのドビュッシーの、ピアノのための「前奏曲第1巻」は、ボードレール的な「音と香りは夕べの大気のなかに漂う」や、「西風の見たもの」といったタイトルの曲を含んでいる。渋谷の絵画は、まさに風から見られた世界だという印象が私には強くするのである。

政務活動費詐欺

 元「SPEED」の今井絵理子参院議員(33)との不倫疑惑を報じられた橋本健神戸市議(37)に、今度は“詐欺”の疑いが浮上している。

 橋本市議は2010年からの5年間に市政報告の広報チラシ「ハシケン通信」を50万部以上発行したとして、政務活動費約720万円を受け取っているが、これが架空発注だった疑いが持たれている。

 印刷業者に「実際には仕事をしていないのに橋本市議から領収書の発行を頼まれて渡した」とバラされ、しかも、報道関係者から問い合わせがあった時に備えて、「受注したと答えて欲しい」と“口裏合わせ”まで要求していたという。橋本市議は関係者に辞意を伝え、30日から始まる定例市議会の前に辞職するとみられているが、それで一件落着とはいきそうにない。

 2014年、不自然な日帰り出張を繰り返すなどして3年間で約800万円の政務活動費を得た“号泣県議”こと野々村竜太郎元兵庫県議は、詐欺罪で起訴され、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決を受けた。印刷業者に口裏合わせまで要求していた橋本市議は、今後の展開次第で逮捕もあるのではないか。

「市民オンブズマン兵庫」のメンバーが言う。

「神戸市から政務活動費を騙し取ったことを示す証拠書類を揃えて、橋本市議を詐欺などの容疑で兵庫地検に告発します。我々は橋本市議だけでなく、神戸市議会の自民党会派が組織ぐるみで行った犯行とみています」

■架空発注がお家芸?

 オンブズマンが神戸市議会の自民党会派に疑いの目を向けるのも当然。2年前、「自民党神戸」(解散)の市議ら15人が業者にアンケート調査を架空発注する手口などで約3800万円の政活費を詐取した疑いが浮上した。そのうち詐欺と虚偽公文書作成などで在宅起訴された市議3人は議員辞職したものの、書類送検で済んだ10人以上の市議は衣替えした「神戸市会自民党市議団」で今も何食わぬ顔で市議を続けている。

「神戸市議会の自民党会派では政活費の詐取が横行しており、お家芸というか、脈々とノウハウが受け継がれているのではないのでしょうか。橋本市議の広報チラシといい在宅起訴された市議のアンケート調査といい、“架空発注”の手口が同じことからもうかがえます」(前出のオンブズマンのメンバー)

 昨年、政務活動費の不正が発覚した富山市では市議14人が芋づる辞職に追い込まれた。神戸市議会も同じ道をたどることになりそうだ。

ドイツWDR-「希望的観測」のほか何もない原子力

ドイツWDR-「希望的観測」のほか何もない原子力

http://www.at-douga.com/?p=5422

フランス・ドイツ共同の国営放送局 ARTE 「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」

フランス・ドイツ共同の国営放送局 ARTE 「フクシマ-最悪事故の陰に潜む真実」


http://www.at-douga.com/?p=5228

子どもたちの被曝

みなさん、こんにちは。今日はヘレン・カルディコットさんの講演会にお出でくださって、ありがとうございました。
2014年3月になりました。ちょうど、福島第一原子力発電所で事故が起きてから、丸3年になろうとしています。この間、私は毎日を戦争のように過ごしてきましたし、振り返ってみると、あっという間の出来事でした。
ただ、3年経ったにも関わらず、事故はまったく終息していません。
未だに放射性物質が福島第一原子力発電所の敷地から、空へ、海へ、流れていっていますし、敷地の中ではたくさんの労働者たち、それも東京電力の社員ではない、下請け、孫請け、そのまた下請け、8次、9次、10次と続くような下請け関係と聞いていますが、最低賃金すらもらえないような労働者たちが、放射能と向き合って、事故をなんとか終息させようと苦闘を続けています。
しかし、残念ながら事故を終息させるまでには、あと何年かかるんだろうか、何十年かかるんだろうか、あるいは何百年なんだろうか、と思うようなことが今現在続いています。
そして、敷地の外では、10万人を越えるような人たちが、ふるさと、生活をすべて奪われて、流浪化してしまうということになっていますし、その周辺にも汚染地帯が広がっていて、この日本という国がもし法治国家だと言うのであれば、放射線の管理区域に指定して、一般の人々の立ち入りを禁じなければいけないというところが、おそらく1万4千平方キロメートルほど広がってしまっています。
東北地方と関東地方の広大なところを、もし法律を守るというなら、無人にしなければいけないほどの汚染なのですが、今現在、数百万人もの人々、子どもも赤ん坊も含めて、そういう場所に捨てられてしまっています。
私のような放射能を相手にして給料を貰っている放射線業務従事者という人間、そして、大人であれば、まだそういうところで生きるという選択はあると思いますけれども、今回の事故を引き起こしたことに何の責任もない子どもたち、そして、被曝に対して大変敏感な子どもたちが、今現在も汚染地帯で被曝をしながら生活しています。
それを思うと、なんとも無念ですし、3年間一体何ができたのだろうかと、自分の無力さが情けなく思います。
しかし、これからもまだまだこの状況が続いていくわけで、今、私たちに何ができるかということは考えなければいけないと思います。
私が何よりもやりたいことは、子どもたちの被曝を少しでも少なくする、ということです。
そのために一番いい方策は、子どもたち、あるいは大人も含めてですけれども、汚染地帯から避難させるということです。ただ、人間というのはみんなそれぞれの土地で、それぞれ周りの人たちと一緒に生活を送ってきました。簡単に避難という言葉を使ってみても、なかなかできないし、やったところでものすごい苦難を背負うことになると思います。
本来であれば、この事故を引き起こしたことに責任がある東京電力、あるいは日本の国家が、人々をコミュニティごとどこかに移住させるということを私はやるべきだと思いますし、これからもそれを求めていきたいと思います。
しかし、今現在日本の国、自民党という政権がまた返り咲いたのですが、その政権はこれからも原子力を進めると宣言していますし、そのためには福島の事故を忘れさせてしまおうという作戦に出てきています。そういう日本の政権が、人々をコミュニティごと逃すというような選択は、おそらくあり得ないと思います。残念ですけれども、たぶんできないだろうと私は思います。
それならどうするかということですけれども、子どもたちをある一定の期間でもいいので、疎開させる、夏の一月でもいい、春の一週間でもいい、放射能の汚染の少しでも少ない場所に移して、そこで泥んこまみれになって遊べるようにする、草の上に寝そべってもいいというような環境を子どもたちに準備をするということが必要だと思います。
そのことは、今、日本の中ででも、たくさんの人たちがそれをやってくれて、これまでもやってくれてきましたし、これからもやってくれると思いますし、海外からもそういう支援の手が伸びていますので、少しでも多くの子どもたちを放射能から遠ざけて、そして、子どもらしく遊ばせるということをやりたいと思います。
でも、それもまだまだ限られたことでしかありません。
やはり、子どもたちも含めて汚染地帯で生きざるを得ない状況はこれからも続きますので、次にやるべきことは、汚染地帯の中で、特に強く汚染している場所があちこちにあります。ホットスポットとかマイクロスポットとかの場所が平均的に言えば、あまり汚染の強くない地域にも、そういう場所が存在していますし、子どもたちがそういうところで遊んでいることだってあるだろうと思います。
どんな場所がどれだけ汚れているかということを丹念に調べて、子どもたちが時を過ごすような場所からは汚染を除去するということが必要です。
今、日本では除染という言葉が使われて、除染をすれば環境がきれいになるという幻想がふりまかれていますけれども、残念ながら除染はできません。私たちが汚れと読んでいる正体は、放射能です。放射能は人間がどんなに手を加えても消すことができないのです。
除染など決してできません。
でも、子どもたちが放射能に触れてしまうのであれば、その放射能をとにかくどこかに移す、子どもたちの場所から移すということは必要だろうと思います。
つまり、放射能を除くのではなくて、移動させる、私はそのため移染という言葉を使っていますが、子どもたちの場所からとにかく放射能を移染するということを汚染地帯もそうですし、汚染が少ないと思って安心している場所でもホットスポット、マイクロスポットはありますので、移染という作業をしてほしいと願います。
次に重要なことは食べものです。
今現在、東北地方を中心にした食べものが汚染されています。日本の国は1キログラムあたり100ベクレル以下なら安全であるかのように言って、何の規制も無いまま、食べものを流通機構に乗せてしまっています。
しかし、この日本の国で、普通の食べものは、福島の事故がある前は、1キログラムあたり0.1ベクレル程度しか汚れていなかったのです。
1キログラムあたり100ベクレルというのは、事故前の1000倍もの汚染を安全だと言って、市場に出回らさせるとうことになってしまっているわけです。そんなことは到底私は許せないと思いますし、特にそんな汚染のものを子どもたちに食べさせることは許せないと思います。
子どもたちが食べる食べもの、例えば、学校給食、というようなものは、徹底的に汚染の少ないものを調べて、子どもたちに回すということを私はやりたいと思います。
え、そのためには日本の国家が本当は動かなければいけないのですけれども、残念ながら今の日本の国家、デタラメな国家ですので、子どもたちの学校給食を司っているそれぞれの自治体がやはり立ち上がって、子どもたちを守るということをやってほしいと思います。
最後に若い人たちに一言お詫びを申し上げたいと思います。
私は大きな事故が起きる前に、原子力発電所を止めたいと思って生きてきましたけれども、残念ながら私の願いは届きませんでした。大きな事故が起きてしまって、日本中、あるいは世界中に放射能汚染が広がってしまいました。
私には時間を戻す力はありませんので、この汚れた世界で生きるしかありません。ただ、私はあと10年、20年で死んでしまうと思いますけれども、若い人たち、これから人生を刻んでいく人たちに対しては誠に申し訳ないことだと思います。
皆さんが大きくなって大人になったときに、福島の事故を防げなかった責任というものをたぶん私たちの世代に問うだろうと思います。問われて仕方がないことを私たちの世代はやったわけですし、まずはお詫びをしたいと思いますし、残りの人生で何ができるかということを考えながら、私は生きたいと思いますし、
将来の皆さんからどうやってお前は生きてきたかと問われたときに、私なりにできることはやったというように答えたいと思います。
ありがとうございました。

トランプギャグ

 シャーロッツビル事件をめぐる「どっちも悪い」発言で、アメリカではトランプ大統領への批判がかつてないくらい高まっているが、日本のメディアではむしろ、トランプ的な「どっちもどっち」論が幅を利かせている印象がある。

 ネットでは事件の発端となったリー将軍像の撤去をめぐって、ネトウヨや「中立厨」を中心にリー将軍擁護論が盛り上がり、テレビでも「白人至上主義も忌まわしいが、リベラル至上主義も問題」などというトンデモ発言をした有本香はじめ、複数のコメンテーター、番組がどっもどっち的な解説を垂れ流していた。

 そんななか、こうしたトランプ擁護論を徹底論破していたのが、現在アメリカ在住の映画評論家・町山智浩氏だ。町山氏はツイッターで、リー将軍像が白人至上主義という差別思想と不可分であること、南北戦争で「南部が自治権を守ろうとしただけ」などというのは戦争終結後の南部のプロパガンダであることを指摘。こんな鋭い分析まで披露していた。

〈南部の正当化の仕組みは日本における戦争の正当化のそれと非常によく似ていると思います。南部帝国を擁護する日本人には、意識的か無意識か、大日本帝国を投影している人が多いのではないでしょうか。〉

 まさに博覧強記の町山氏らしい鮮やかな切り返しだが、その町山氏が今度は、トランプを徹底批判するアメリカのニュースショーと比較する形で、権力批判ができない日本のメディア状況やお笑い芸人の問題に踏み込む発言をして、話題になっている。

 発言があったのは、8月22日放送の町山氏のレギュラー番組『たまむすび』(TBSラジオ)でのこと。町山氏はこの日、シャーロッツビル事件以後も予定されている右翼の大集会やトランプ大統領の動向について解説したあと、「いまアメリカのレイトショー、夜のトークショーの人たちは、もうずーっと、この事件があってからもそうなんですけども、トランプギャグでものすごく面白いことになっているんですよ」と切り出した。

■アメリカでは毎晩、コメディアンたちがトランプをネタに

 そして、ABCテレビ『ジミー・キンメル・ライブ!』司会者のジミー・キンメルやCBS『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』で大人気を博しているスティーヴン・コルベアが毎日のように、トランプに対して苛烈なジョークやツッコミを浴びせていることを紹介した。

 たとえば、キンメルが「ドナルド・トランプをアメリカの王様にして、政治から手を引かせよう」という皮肉たっぷりの提案をしたことや、トランプが「両方とも悪い」と言ったことに対して、コルベアが「それは違うだろ、だって、あっちはナチだよ、こっち側はそのナチのカウンターだよ、ナチと戦う人たちだよ」「アメリカはナチと戦ったんじゃないの?」と厳しく突っ込んだことなど。

 しかも、町山氏が強調したのが、これらトランプ批判の多くがアメリカの「お笑いトークショー」を舞台に、コメディアンの口から発せられていることだった。

「アメリカのすごいところは、とにかくいちばん視聴率を取っていていちばん人気のあるコメディアンは政治ネタをやるっていうことなんですよ」

 そのうえで、町山氏は一転して日本のお笑いに目を向け、例の茂木健一郎氏の発言をもちだしたのだ。

「僕が今回、この話をしようとしたのは、前にね、だいぶ前になりますけど、茂木健一郎さんが日本のお笑いに関して『空気を読んでいるお笑いばかりで権力に対して批評の目を向けたお笑いがない』っていうようなことをツイートかなにかして。そしたら、炎上しちゃって。爆問の、爆笑問題の太田君から『うるせー、バーカ!』って言われましたよね(笑)。
「『あんなもんは簡単なんだよ、政治ネタとかは』って言っていて。あと、そういう人もいっぱいいるという話もしてたんですけど。あと、松本人志さんは『茂木さんは面白くない』っていう、ちょっとこれは違う話で反論されていたんですけど」

■茂木健一郎発言の本質と博多大吉の「安倍批判はリスクが大きい」発言

 茂木氏の発言については本サイトでも何度も紹介しているが、まさに、権力批判ができない日本のお笑いの問題点をつくものだった。しかし、太田光や松本人志などの大御所芸人が茂木氏を攻撃・嘲笑したことや、茂木氏が「日本のお笑いはオワコン」と発言していたことで、茂木氏のほうが集中砲火を浴びる結果に。そして最終的には『ワイドナショー』(フジテレビ)に茂木氏が出演して松本人志に謝罪するという、まさに日本のお笑いのムラ社会体質を象徴するようなかたちで、幕引きされてしまった。

 どうやら町山氏もこの本質が隠されしまった展開に違和感を抱いていたらしい。茂木氏に対して、「“日本のお笑いはだからダメだ”じゃなくて“なぜ、こういう政治的なお笑いをやる人がテレビに出ないのかな?”っていう話にすればよかった」と苦言を呈する一方、博多大吉の発言を引用するかたちで、日本のお笑い芸人が権力批判できない理由について、改めて言及したのだ。

「その時に(茂木氏に)反論した中で博多大吉さんが一番正直に言ったんだと思うんですね。博多さんが」
「それは『安倍総理を批判したらリスクが大きい』って言ったんですね。彼は(笑)。それが一番正直だなと思ったんですけど(笑)。だって、そのザ・ニュースペーパーっていうグループは森友事件を茶化すコントをテレビのために収録したら放送されなかったんですからね」
「だから『リスクが大きい』っていうのはやっぱりかなりストレートなものなのと、あとやっぱりスポンサーとかでコマーシャルに出れなくなっちゃうんですよね」

 そう、町山氏は日本のお笑いが権力批判できないのは、太田光の言うような「政治ネタをやってるヤツはいるけど、笑えない、浅い」とかそういうことではなく、芸人がつぶされるリスクを感じているからだ、と指摘したのである。

 この指摘はきわめて正しい。実際、この日の『たまむすび』でも、アメリカのニュースショーでのトランプ批判の激烈ぶりを説明する町山氏に、番組でパートナーをつとめる南海キャンディーズ・山里亮太が驚いて、こう問いかける場面があった。

「言っても大丈夫なんですか? 圧力が来てね、『そんなの言っちゃダメだ』とか、『そういう放送はさせないぞ』みたいなのないんですか?」

 これは逆に言うと、日本ではそういう圧力があるということだろう。町山氏もふれていたが、現実に安倍政権批判のコントが潰されたケースもある。

■放送直前、テレビ局が放映を中止した安倍政権批判のコント

 政治風刺を入れ込んだコントを得意とするザ・ニュースペーパーのリーダーである渡部又兵衛は、2017年5月14日付しんぶん赤旗日曜版に掲載されたインタビューでこんな裏事情を暴露している。

「僕は最近コントで「カゴイケ前理事長」を演じています。そう、森友学園問題の。こんなコントもしました。
 アベシンゾウ首相(舞台袖から登場し)「どうも、カゴイケさん。お久しぶりです」
 カゴイケ「あ、首相。ごぶさたです。…『お久しぶり』って、やっぱり僕ら、知り合いですよね?」
 それから二人は「お互い、奥さんには苦労しますね」と嘆きあうといった内容です。
 見たテレビ局の人が「面白い!」といってコントを放送することになりました。収録までしたのに放送当日、「すみません。放送は見送りです」と電話がきました」

 これ以上の詳細な裏事情は詳らかにされていないが、おそらく、現場スタッフのなかで「是非放送したい」とされた内容が、放送前の上層部チェックで「自主規制」および「忖度」の対象となったのだろう。

 圧力は放送見送りだけではない。ワイドショーなどで安倍政権に対して厳しい批判をしようものなら、たちまち炎上し、その芸人を起用しているテレビ局やCMのスポンサー企業にネトウヨの電凸攻撃が殺到する。その結果、テレビはこうした芸人を敬遠して使わなくなり、その芸人は仕事を干しあげられてしまうことになる。

 ようするに、日本のお笑い芸人たちはそういう事態を恐れて、権力批判を「自主規制」しているのだ。 

 劇作家の鴻上尚史氏は「SPA!」(扶桑社)17年6月20日号掲載の連載エッセイ「ドン・キホーテのピアス」のなかでこのように書いている。

〈地上波では、現在、まったく政治ネタの笑いがありません。かつてはありました。昭和のずいぶん前、テレビがまだいい加減さを持っていた頃、毎日、時事ネタを笑いにしていました。
 でも、今はありません。それは、お笑い芸人さんの責任ではありません。テレビが許さない。それだけの理由です〉

■ウーマン村本も政治ネタをやらない芸人たちの本音を暴露!

 前掲『たまむすび』で町山氏はアメリカにおけるコメディアンの権力批判について、「政治にツッコミを入れる、権力者にツッコミを入れるっていうのはコメディアンの始まり。だから、そういう仕事がアメリカでもあるんですよ。そういう機能を社会のなかで果たしているんですよ」と解説していたが、日本ではそんな機能はとっくに失われてしまったということだろう。

 実際、森友学園や加計学園問題をはじめ、いまの安倍政権はお笑いネタの宝庫であり、アメリカのコメディアンだったらネタにし尽くしているだろう。でも、日本のテレビではそんなお笑いはほとんど出てこない。それどころか、空気を読むことに長けたお笑い芸人たちが、ワイドショーで競うように、政権をヨイショしているというのが現実だ。

 なんとも絶望的な気持ちになるが、しかし、一方でこうした風潮に敢然と立ち向かおうとしている売れっ子芸人もいる。それはウーマンラッシュアワーの村本大輔だ。

 村本といえば、最近、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に出演。安倍首相のことを「戦争のにおいがぷんぷんする」、北朝鮮危機を煽る風潮についても「日本が朝鮮を植民地にしたという歴史も正視すべき」と主張するなど、ネトウヨを激怒させるような発言を連発。大きな話題になった。

 しかし、村本のツイッターを見ていると、その後もまったくひるんでおらず、まだまだ権力批判、戦争反対の姿勢を継続する気が満々のように見える。

 しかも、その村本は8月20日放送『EXD44』(テレビ朝日)のなかで、権力批判をしない日本の芸人についてこう喝破していた。

「先輩の芸人さんたちが『日本じゃああいうネタできないんだよ』とかって言ってたけど、違うよ、そこでメシ食いたいからやらないだけでさ」

 こうなったら、村本に日本のスティーヴン・コルベアになってもらって、安倍批判をガンガンやってもらうしかない?