2018年7月20日金曜日

2018年6月25日月曜日

2018年6月14日木曜日

高度プロフェッショナル制度「労働者のニーズ」を聞いたのはたった1人

共同通信の報道によると「働き方改革一括法案」に含まれる高度プロフェッショナル制度について、国会に法案が提出される前に「労働者のニーズ」を聞いたのはたった1人であることが判明しました。高度プロフェッショナル制度の立法事実は「たった1人の労働者のニーズ」だったのです。

2018年6月2日土曜日

「無理やり性交したけど強姦(ごうかん)ではない」「つぶせとは言ったけど反則しろとは言っていない」「公文書を書き換えたけど改ざんではない」「武力衝突はあったけど戦闘ではない」

 ★映画監督・想田和弘は「公文書を書き換えたけど改ざんではない」「武力衝突はあったけど戦闘ではない」「つぶせとは言ったけど反則しろとは言っていない」「物を盗んだけど窃盗ではない」「人を殺したけど殺人ではない」「無理やり性交したけど強姦(ごうかん)ではない」「だましたけど詐欺ではない」「遅れたけど遅刻ではない」とネットに書き込んだ。いずれも社会のルールや約束事、社会の常識を逸脱し、自分勝手な理屈を正当化しているにすぎないが、その発言が時の首相や現職閣僚、アメフト大学日本一の監督や政権の庇護(ひご)の下、自由な振る舞いをするジャーナリストらの言い分だ。

 ★一国の首相がその理屈を「異次元」と称し決まっていたことや公約したことを勝手にほごにして知らん顔をしていたら、国民は今まではそんなことは許されないと思っていたが、許される時代が来たのかと勘違いする。しかしその身勝手な行為は権力者だけが許される特権のことで国民には適用されない。そこを国民はわかっていない。これは独裁者とその周辺だけが許される特権なのだ。

 ★ところがその不条理を目の当たりにしても国民は何も感じない。独裁者をたたえる論調も多い。NHKの解説委員はフィリピンの大統領が麻薬撲滅のために超法規を適用、裁判を経ず射殺することを容認したが、その手法を良い独裁と評価した。「たとえ独裁者でも国益を高めるリーダーならば成功だ」と放送で言いのけたのだ。法曹界やメディア、政治家からその発言への批判もないし、総務委員会で取り上げられることもない。不断のチェックをするはずの彼らがとがめずに国民を攻めるのはおかしい。そのかわり、その独裁に慣れると国民はそれが社会の常識と思うようになる。やり放題を誰も気に留めない。あきらめることに慣れてしまう。今は1億総ゆでがえる時代なのだ。

支持率は31%不支率48%→未回答 50%、支持 15.5%、不支持24%

一般の調査結果は支持率〇〇%、不支持率〇〇%と表示される。例えば直近の毎日新聞の調査結果によれば支持率は31%不支率48%となっているが、以前も触れたが、この数値はあくまで「回答を寄せた人の中で」、という条件での数値に過ぎない。

しかし、記事では回答率が示されていないが。仮に全体の50%の人が回答を寄せていないとしたら(数値は直近朝日の調査のもの)この未回答部分含め全体を100として表示する必要が本来あるのではないか。

その考え方によると表示は、以下のとおり。

未回答 50%、支持 15.5%、不支持24%

上記のように表示すると積極的に支持を表明している人は 全体の15.5%の人に過ぎないと読み取れる。

支持率31%と表示すると、全体の31%の人が支持を表明しているように誤解する恐れがあり、この数値を支持率として表示するには、少なくとも未回答人の支持表明割合も31%と推認できる根拠が必要と思われる。しかし、当然のことながらその推認が可能とは思えない。

2018年5月30日水曜日

財務省提出文書





















「朝ごはんは食べたか」→「ご飯は食べてません(パンは食べたけど)」のような、加藤厚労大臣のかわし方

「朝ごはんは食べたか」→「ご飯は食べてません(パンは食べたけど)」のような、加藤厚労大臣のかわし方

<追記>(2018年5月10日)
 この記事で紹介した加藤大臣の「追及かわし」の手法を、筆者はツイッター上で「#ご飯論法」と名付けた。
<追記>(2018年5月16日)
 上記の追記が不正確であったため、改めて追記しておきたい。国会から不誠実答弁を追放すべく、「#ご飯論法」とハッシュタグをつけて積極的に拡散したのは筆者であるが、「ご飯論法」という表現じたいは筆者の命名ではなく、ツイッター上からいただいたものである。初出について、確認の上、改めて追って追記したい。
<追記>(2018年5月17日)
 「ご飯論法」の初出について、確認したところ、紙屋高雪氏(@kamiyakousetsu)が5月7日にこの記事を紹介いただきながら「ご飯論法」と言及されていたことが初出と確認できた。「ご飯論法」の来歴と拡散の推移については、次の記事で改めて取り上げたい。
 ここでは「#ご飯論法」を、次のように定義しておきたい。
●「#ご飯論法」:意図的な「論点ずらし」や「はぐらかし」などの不誠実な国会答弁の手法。加藤厚生労働大臣の答弁を、上西が「ごはん」→「ご飯」の論点ずらしにたとえてツイートし、ヤフーの記事で広めたところ、紙屋高雪氏が「ご飯論法」の言葉と共に紹介。上西が「#」をつけて拡散した。
国会質疑を見ていると、加藤厚生労働大臣の答弁は「野党の追及をいかにかわすか」だけに関心があるように思えて、うんざりさせられる。実際にどのような追及かわしの手法が用いられているのか、具体例を見てみよう。

はじめに

 筆者の下記の連続ツイートが、思いがけなく数多くリツイートされた。
 もちろん、これらは国会における実際のやりとりではない。しかし、国会のやりとりにおいて加藤厚生労働大臣は、実際に、こんなふうに野党の追及をかわし続けているのだ。そのため、いっこうに質疑が深まらず、野党の質疑の時間がどんどん空費されていく、という状況が続いている。
 筆者は現在、この「Yahoo! ニュース 個人」の場で、裁量労働制の方が一般の労働者より労働時間が短いとした安倍首相の答弁で言及された「比較データ」がねつ造であったと検証する連載記事を掲載中だ。
(なお、上記に「全5回」と書いたが、実際には全8回程度になる予定)
 連載の第4回までが公開済みで、このあとの連載第5回では、国会答弁の内容から「ねつ造」の痕跡を示そうとしているのだが、野党の追及をかわすことだけが目的のような答弁の数々を見ていて、どんどん「負の感情」が心の内側に溜まっていった。そこでその「負の感情」が心の内側に積もっていかないように、外に出してみたのが上記の一連のツイートだった。
 思いのほか多くの反響を呼んだのは、
そうそう。今の国会答弁って、こんなのが多いよね
という思いからだったかもしれないし、
え? 加藤大臣ってそんな答弁をする人なの?
という思いからだったかもしれない。
 実際の国会質疑を見ておらず、ニュースで切り取られた答弁だけを見ている人には、加藤大臣が普段から不誠実な答弁を繰り返している様子は、伝わっていないだろう。
 そこで以下では、上記のツイートが、実際のどのような加藤大臣の答弁に対応しているのかを示し、加藤大臣の「追及かわし」の悪質さを見ていきたい。
 ちなみに上記の連載は全体で8回ほどになる見込みで、今はちょうど折り返し地点にあたる。そこで番外編として、加藤大臣の答弁の特徴を取り上げてみることとした次第だ。
 以下では加藤大臣の次の4つの「追及かわし」の手法を、具体的な答弁から確認する。
●「追及かわし」の手法
その1:論点のすり替え
その2:はぐらかし
その3:個別の事案にはお答えできない
その4:話を勝手に大きくして、答弁拒否
 また、上記の「朝ごはん」ツイートにはないが、次の問題も末尾に指摘しておきたい。
●「追及かわし」の手法・その5:過去の事実の書き換え

「追及かわし」の手法・その1:論点のすり替え

 冒頭のツイートの前半に示したのは、気づかれないように論点をすり替えて答弁する手法だ。
(筆者作成)
Q「朝ごはんは食べなかったんですか?」
A「ご飯は食べませんでした(パンは食べましたが、それは黙っておきます)」
 「朝ごはんを食べたか」と問われたとき、誠実な答え方は、
食べました
だろう。
 しかし上記で回答者は、「朝ごはん」を食べたかを聞かれているのに、「食べた」とは答えたくないので、「ご飯」を食べたかを問われているかのように論点をすり替えた上で、
ご飯は食べませんでした
と答えている。実際には「ご飯」ではなく「パン」は食べていたのだが、それは答えない。
 尋ねた人は、「朝ごはんを食べなかったんだな」と思うだろう。不誠実な答え方だ。
 ちょうどそういうやりとりが、野村不動産への特別指導の背後にあった過労死の事実認識をめぐって、行われている。
 野村不動産に対しては、昨年の12月25日に厚生労働省東京労働局が、裁量労働制の違法適用があったとして異例の「特別指導」を行い、その指導の実施を翌日の12月26日に記者会見で記者に伝えていた。
 しかし、実際にはその背後に、裁量労働制を違法適用された社員の過労死について、労災の申請と認定があり、新宿労働基準監督署による労災認定の日は、「特別指導」の翌日、まさに記者会見で「特別指導」が記者に伝えられた、その日だった。そのことは今年の3月4日(日)に朝日新聞が独自取材により明らかにした。
裁量労働制を違法適用、社員が過労死 野村不動産:朝日新聞デジタル(2018年3月4日)
 そのため、過労死が起きたことを知っていながら、それを伏せて、裁量労働制の違法適用をきちんと指導したかのように国会で安倍首相や加藤大臣が答弁していたのではないか、という問題が、翌日から国会で問われることとなった。安倍首相や加藤大臣は、過労死や労災申請・労災認定を答弁より前に知っていたのか。それが追及の焦点だった。
 その3月5日(月)の参議院予算委員会で、石橋通宏議員の質疑に対し、安倍首相と加藤大臣は、こう答えている。
石橋通宏議員
 日曜日の朝日新聞の朝刊一面トップ、裁量労働制、野村不動産の裁量労働制、まさに昨年末に発表された、問題となった違法適用、この対象になっていた労働者の方、50代の男性社員(が)、2016年9月に過労自殺をしておられた。
 昨年、ご家族が労災申請をされて、まさに特別指導の結果を(東京労働局が)公表された12月26日、その日に労災認定が出ていたということです。総理、この事実は、ご存知でしたね?
安倍首相
 (略)これは、特別指導についてですか? 特別指導について、報告を受けたということですか?
 特別指導については報告を受けておりましたが、今のご指摘については、報告は受けておりません
石橋通宏議員
 安倍総理は報告を受けていなかったと加藤厚労大臣は、もちろん知っておられたんでしょうね?
加藤厚労大臣
 それぞれ労災で亡くなった方の状況について、逐一私のところに報告が上がってくるわけではございませんので、一つ一つについてそのタイミングで知っていたのかと言われれば、承知をしておりません
石橋通宏議員
 知っておられなかった、と。この事案
 そうすると、これだけの深刻な事案がまさに、裁量労働制の適用労働者に対して発生をしていた。労災認定が出たわけです。(以下、略)
 さて、ここで加藤大臣は何を答えただろうか?
 石橋議員が「知っておられなかった、と。この事案」と確認したのに対して、加藤大臣は、
いや、そうではなくて・・・
と、訂正はしていない。普通に聞けば、
承知をしておりません
と答えているのだから、知らなかったと答弁した、と受け取る。翌日の新聞各紙もそのように報じた。
 しかし、改めて野党が追及していくと、この答弁は、野村不動産における過労自殺について、知らなかったという答弁ではなかった、ということが明らかになった。野村不動産における労災申請については、
個別の事案についてはお答えできない
と、その後、加藤大臣は、説明を拒み続けた。
 では、「承知をしておりません」とは何を承知していない、という答弁だったのか。
 よく見ると、加藤大臣の答弁は、
●「それぞれ」労災で亡くなった方の状況について、「逐一」私のところに報告が上がってくるわけではございません。
●「一つ一つ」について「そのタイミングで」知っていたのかと言われれば、承知をしておりません。
 となっている。一般論として答えた、というわけだ。
 そんなことは石橋議員は尋ねておらず、野村不動産の事案について、過労自殺とその労災認定があった事実を知っていたかを問うているのに、加藤大臣は、論点をすり替えて、聞かれてもいないことを答えて、あたかも何かを答弁したかのように装っていたのだ。
 これでは質疑は成り立たない。
 しかし、こういうすり替えが、加藤大臣の答弁には実に多い。論点がすり替えられていることに、質問者はすぐには気づけない。そのため、すれ違った質疑が続く。時間の空費だ。
 しかし、加藤大臣が狙っているのは、まさに、何かを答えているかのように装いながら、実際には何も答えないことと、野党の質疑の時間を空費させることなのだろう
 「ストップ! 詐欺被害! 私は騙されない!」というキャンペーンがあるが、そんな風に、大臣の答弁の一つ一つを疑ってかからなければならないとすれば、国会質疑とは、いったい、何なのか。

「追及かわし」の手法・その2:はぐらかし

 冒頭のツイートの後半に示したのは、話をはぐらかす手法だ。
(筆者作成)
Q「何も食べなかったんですね?」
A「何も、と聞かれましても、どこまでを食事の範囲に入れるかは、必ずしも明確ではありませんので・・」
 これに相当するものとして、例えば、3月2日の衆議院予算委員会における小池晃議員の質疑に対する加藤大臣の答弁を挙げることができる。
 小池議員は、働き方改革関連法案に含まれる高度プロフェッショナル制度が、労働基準法の労働時間規制を大幅に適用除外するもの(労働者から見れば、労働法の保護の外に放り出されるもの)であるため、この高度プロフェッショナル制度の適用対象者に、連日の24時間勤務を強いても、違法ではなくなってしまう、という問題を指摘した(この問題については、下記の記事を参照)。
 「異次元の危険性」が、高度プロフェッショナル制度にはある、というのが小池議員が質疑で明らかにしようとした点だ。
 それに対し、加藤大臣は、なんとかその危険性を認めまいとする。そして、大臣答弁として全く責任を負う気がないような、はぐらかしの答弁をするのだ(そのやり取りの速記録が、こちらに公開されている)。
小池晃議員
 論理的に言えば、4週間で最初の4日間さえ休ませれば、あとの24日間は、しかも休日も時間制限もないわけだから、24時間ずうっと働かせる、これが、いや、論理的には、この法律の枠組みではできるようになるじゃないですか。私が言ったことが法律上排除されていますか
加藤厚労大臣
 委員が言われた働かせるという状況ではなくて働かせるということであれば本来この制度というのは適用できなくなってまいりますので、そういった意味では、あくまでも本人が仕事を割り振りして、より効率的な、そして自分の力が発揮できる、こういった状況を作っていくということであります。
小池晃議員
 (略)私の質問に答えていないんですよ。4日間休ませれば、あとはずっと働かせるということが、104日間を除けばずうっと働かせることができる。計算すればこれ6000時間になりますよ、6000時間を超えますよ。これを排除する仕組みが法律上ありますかと聞いている
加藤厚労大臣
 ですから、今申し上げましたように、働かせるということ自体がですね… いや、働かせるということ自体がこの制度にはなじまないということでありますからですから、それを踏まえて、・・・(以下、略)
 小池議員は実にロジカルに、連日の24時間勤務をさせることが法律的にできてしまうだろう、ということ確認しようとしている。「法律上排除されていますか」と、聞き方も的確だ。はぐらかしの答弁を避ける聞き方だ。。
 しかし、連日の24時間勤務を命じることを排除する仕組みが法律上は存在せず、それが実際は可能になってしまうということを、加藤大臣はあくまで認めたくない。それを認めることは、高度プロフェッショナル制度の創設という政府のもくろみにとって、不都合なことだからだ。働き方改革関連法案の成立に、支障となるからだ。
 だからなんとか、小池議員の質疑に直接答えずに、はぐらかした答弁をしようと試みる。
働かせるということであれば本来この制度というのは適用できなくなってまいりますので
と加藤大臣は答弁しているが、そのような場合にこの制度が適用できない、といった規定は、当然、法案にはない。
 ここにも微妙な論点そらしがあり、加藤大臣は「適用できない」とは言わず、「適用できなくなってまいります」と答弁している。
 しかし小池議員がその答弁では答弁になっていないとして、改めて「これを排除する仕組みが法律上ありますか」と問うと、今度は
「働かせるということ自体がこの制度にはなじまない
と言い出している。
 いや、「なじむ」とか「なじまない」とかの問題ではないのだ。高度プロフェッショナル制度の創設のための法改正が行われれば、連日の24時間勤務を命じることが法律上、可能となってしまう。そうなれば、そんなことは政府が目指していることではないといくら言ったところで、悪徳経営者はそのような抜け穴を悪用してしまうものなのだ。
 だから質疑の中で、法の抜け穴を小池議員が問うているのに、それに対して加藤大臣は誠実に答弁しない。国民の命と健康にかかわる問題であるのに、野党の質疑をかわすことしかこの大臣の念頭にはないのか、と思えてならない。

「追及かわし」の手法・その3:個別の事案にはお答えできない

 2番目のツイートに示したのは、個別事案について答弁を拒否するやり方だ。
(筆者作成)
Q「では、何か食べたんですか?」
A「お尋ねの趣旨が必ずしもわかりませんが、一般論で申し上げますと、朝食を摂る、というのは健康のために大切であります」
Q「いや、一般論を伺っているんじゃないんです。あなたが昨日、朝ごはんを食べたかどうかが、問題なんですよ」
A「ですから・・」
 野村不動産の特別指導をめぐる問題では、この手法が多用されている。野村不動産で過労死の労災申請が行われていたことや、是正指導がされていたことについて、野党が事実関係を確認しようとしても、
個別の事案についてはお答えできない
と、何も明らかにされない。実際のところは過労死の労災申請があったからこそ野村不動産に労働基準監督署の監督が入り、そこで裁量労働制の違法適用が判明し、そして是正指導が行われた、というのが経緯だろうと思われるのだが、労災申請や労災認定についても、あるいは是正指導についても、「個別の事案」であるからと、何も経緯が説明されず、何も明らかにならない状態が続いている。
 先ほどの3月5日の参議院予算委員会の石橋議員とのやりとりの続きの中での加藤大臣の答弁から抜き出すと、例えばこのような答弁だ。
加藤厚労大臣
 隠蔽ということで申し上げれば、特段隠蔽しているわけではなく、そして今申し上げたように、個々の特別指導あるいは監督指導等、どういうきっかけで入ったか、これについては具体的にはコメントを差し控えるしかし一方で、監督指導のきっかけとしては、先ほど申し上げたように、様々な情報や、あるいはそうした労災認定、特に過労死につながる、こういったものを端緒として、これは実際やっているということは、これまでもたびたび答弁をさせていただいているところでございます。
 その上で、そうした事案があると、今回ちょっと、個別についてはコメントは控えたいと思いますけれども、しかし、そうした事案があるということは、我々、十分、認識をさせていただいているところでありまして、必要な指導を、これまでもそうでありますし、今後ともしっかりと取り組んでいきたいと思っております
 一般論で「必要な監督指導を」「今後ともしっかりと取り組んでいきたい」と決意表明されても、意味がない。
 ちなみに、加藤大臣の答弁は、「ですから・・」から始まることが多い。先ほどの小池議員の質疑に対しても、「ですから・・」から答弁が始まっている。
 この「ですから」は、相手の意見を踏まえた「ですから」ではなく、「さっきから言っているように」という意味の「ですから」だ。「何度、同じことを言わせるんだ」という意味の「ですから」だと言ってもよい。

「追及かわし」の手法・その4:話を勝手に大きくして、答弁拒否

 3番目のツイートに示したのは、話を勝手に大きくして、それには答えられないと答弁を拒否する手法だ。
(筆者作成)
Q「じゃあ、聞き方を変えましょう。ご飯、白米ですね、それは食べましたか」
A「そのように一つ一つのお尋ねにこたえていくことになりますと、私の食生活をすべて開示しなければならないことになりますので、それはさすがに、そこまでお答えすることは、大臣としての業務に支障をきたしますので」
 これに対応する答弁の例として、4月10日の参議院厚生労働委員会における福島みずほ議員に対する加藤大臣の答弁が挙げられる。
 このとき福島議員は、野村不動産への「特別指導」問題に絡んで、加藤大臣が労災申請を知ったのはいつかを尋ねた。加藤大臣は「個別の事案」にかかわることだからと答弁を拒んだが、福島議員は、知りたいのは労災申請の時期ではなく、加藤大臣が労災申請を知った時期なのだから、それは答えられるはずだと迫った。
 それに対し、加藤大臣は、上のツイートのような論法で答弁を拒否したのだ。実際の質疑の様子を、ぜひ参議院インターネット審議中継の録画映像からみていただきたいが、概略を筆者が書き起こしたものによれば、以下の通りである。
福島議員:加藤大臣が本件過労死の労災申請を知ったのはいつか
加藤厚労大臣:(お答えできない)
福島議員:申請の時期を聞きたいんじゃないんです。いつ加藤大臣が知ったのか。11月17日以前に知っていましたか。12月26日以前に知っていましたか。この2つについて答えてください
加藤厚労大臣:(それを答えると)特別指導についてお答えすることになる。(そうなると)今後の監督指導に支障・・・
福島議員:この野村不動産の過労死と特別指導と是正勧告の順番やいろんなことに問題があるのではないかと思って議論になっているわけです。これぐらいは答えてくださいよ
加藤厚労大臣:(答えず)
福島議員:いつ申請を知ったか、答えてください
加藤厚労大臣:先ほどから申し上げておりますように・・・
福島議員:11月17日(引用者注:加藤大臣に最初に野村不動産への特別指導に関する報告が行われたとされている日)の時点で、過労死事案(について)、少なくとも申請があったということについては知っていたということでよろしいですか
加藤厚労大臣:ですから・・・
福島議員:質問を変えます。12月26日以前に知っていましたか?
加藤厚労大臣:(しばらく躊躇ののちに)その話をしますと、12月26日以前、25日以前、24日以前、ということになってしまいますので・・・
福島議員:3回(11月17日、11月22日、12月22日)報告をうけておりますが、その3回、あるいはそのどれかの時点で、過労死事案があるという説明をうけたということでよろしいですか
加藤厚労大臣:ですから、過労死の事案というのは、申請の時期ということにかかわってきますので、そこをぎりぎり申し上げるのは・・・
 このように加藤大臣は、限定した聞き方の福島議員の質疑に対しても、それを一つ一つ答えていくと結局申請の時期を特定することになるため答えられない、として答弁を拒否している。労災の申請から認定まではおのずと一定の日数はかかると答弁していたにもかかわらず、労災認定が行われた12月26日以前に労災申請を知っていたかということさえ、答弁を拒否しているのだ。
 それは結局、労災申請の日付の特定につながるから答えたくないのではなく、12月26日の労災認定以前に加藤大臣が労災申請を知っていたか否かを、答えたくないからに他ならない。
 そして、遺族から過労死の公表について同意する旨のFAXが4月5日に届いており、それより後に上記の質疑が行われているにもかかわらず、労災申請を知った時期についてさえ答弁を拒否するというのは、安倍政権として、この野村不動産における裁量労働制の違法適用の中で起きた過労死と、経緯に不審な点が多い「特別指導」について、これ以上、追及されたくない、というのが本当のところの理由だろう。
 こうやって、一つの事実の確認もままならないまま、野党の質疑の時間は空費されていく。

「追及かわし」の手法・その5:過去の事実の書き換え

 最後に、今回の「朝ごはん」連続ツイートでは示していないが、加藤大臣の答弁のもう一つの大きな問題である「過去の事実の書き換え」にふれておきたい。
 裁量労働制の「比較データ」問題が最初に国会で追及された2月5日の衆議院予算委員会において加藤大臣は、玉木雄一郎議員の質疑に対して、
平均的な働く人の時間でみると、一般労働者が9時間37分、企画業務型裁量労働制が9時間16分、こういった調査結果もある
と答弁したにもかかわらず、玉木議員から、その調査における「平均的な者(もの)」の定義を問われると、こう答弁したのだ。
手元の資料を見ると、『平均的な者(しゃ)』、先ほども『平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど、その数値ということであります
先ほども『平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど」とここで加藤大臣は答弁しているが、実際には「先ほど」は、「平均的な働く人」と言及していた。
 にもかかわらず、素知らぬふりをして、『先ほども「平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど」と、「過去の事実の書き換え」を試みたのだ。
 その経緯はこちらの記事に記した。
 この記事に書いたように、これは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』で、「真理省記録局」の役人である主人公が、日々、歴史記録の書き換えを行っているのと同じ行為だ。そのようなことは、答弁に立つ大臣としては、決してやってはいけない行為だと、筆者は考える。
 だから筆者は、その記事に次のように記した。
 野党が指摘しているように、裁量労働制のもとで働いていた労働者の過労死は、実際に数多く起きており、この問題には人の命がかかっている。過労死を考える家族の会の方々も、国会に傍聴に行き、日々の審議を見守っている。
 「働き方改革」の法案審議は、正しい事実に基づいて、真剣に議論すべきものだ。人を騙すことを得意とする人に、委ねるべきものではない。
(出典:同記事
 その思いは、今も変わらない。野党の追及をかわし、人を騙すことを得意とする加藤大臣に、働く人の命と健康にかかわる働き方改革関連法案の質疑の答弁に立つ資格はないと、筆者は考える

2018年5月28日月曜日