2018年2月14日水曜日

<東京都が3000万円で制作>結婚と五輪を連動させた動画の絶望的センスの悪さ

<東京都が3000万円で制作>結婚と五輪を連動させた動画の絶望的センスの悪さ

これで3000万円か!
相当中抜してますね。

2018年2月12日月曜日

戦後経済の断面

https://www.youtube.com/watch?v=v2IARqEj3c8

2018年2月2日金曜日

エンゲル係数が上昇している=食への消費が拡大し景気回復したということ?

民進小川「安倍政権でエンゲル係数が上昇している」

安倍「食への消費が拡大し景気回復したということ」

安倍さんの中では「エンゲル係数が増える=食費が増える=みんな美味いものを高い店に食べに行く」ということになっているようです。すごい男マリー・アントワネットぶりですね。

3500円のカツカレーを食ってる安倍氏

「妻がパートで25万円」に続く安倍晋三氏の珍回答

2018年1月16日火曜日

金属製の重量約2キロの凶器によって繰り返し頭部を殴打した暴行・傷害事件

巨大な相撲興行収入に群がるハイエナやシロアリが跋扈して不正がまかり通っている。

現役横綱の日馬富士による現役力士貴ノ岩に対する暴行・傷害事件は立件され罰金刑が科せられた

金属製の重量約2キロの凶器によって繰り返し頭部を殴打した暴行・傷害事件は通常の市民であれば殺人未遂事件として取り扱われたと考えられる。

その場合、犯人は逮捕、勾留され、当然のことながら公判請求される。

懲役刑となることが確実な事案である。

被害者の処罰感情は強く、示談も成立していない。

しかしながら、日馬富士は逮捕もされず、勾留もされず、公判請求もされず、略式起訴で罰金刑となった。

こうした警察・検察の裁量こそ、警察・検察利権の源泉である。

企業が警察・検察OBを天下りで受け入れるのは、こうした「裁量」を獲得するためのものである。

後進国で賄賂が横行しているとの批判があるが、日本ではこれが「天下り」などにかたちを変えてまかり通っている。

日本の警察・検察・裁判所制度は前近代の状況に取り残されている。

三つの重大な問題がある。

第一は、上述の裁量権の問題。日本の警察・検察には、

「犯罪が存在するのに犯人を無罪放免にする裁量権」


「犯罪が存在しないのに、無実の人間を犯罪者に仕立て上げる裁量権」

が付与されている。これが第一の問題だ。

「重大犯罪であるのに、これを軽微な犯罪として処理する裁量権」もこれに含まれる。

第二の問題は、日本の刑事司法制度において基本的人権が尊重されていないことである。

1789年のフランス人権宣言に刑事司法の鉄則が明記されている。いまから200年以上も前のことだ。日本の江戸時代後期のことだ。

フランス人権宣言は、罪刑法定主義、適法手続き、無罪推定の原則、法の下の平等などを明記したうえで人身の自由を明記している。

しかし、日本では刑事司法において基本的人権が尊重されていない。

適法手続きもほぼ完全に無視されている。

権力とメディアは「無罪推定の原則」も踏みにじっている。

上述した警察・検察の裁量権は、「法の下の平等」を完全に否定するものである。

第三の問題は、裁判所が政治権力によって支配されてしまっていることだ。

内閣総理大臣が権力を濫用する人物であると、裁判所の独立性が破壊される。

内閣は裁判所裁判官の人事権を握っている。この人事権を濫用することによって裁判所は政治権力の完全支配下に入ってしまう。

これらの現実があり、日本の警察・検察・裁判所制度は前近代に取り残されているのである。
現役力士の貴ノ岩は現役横綱日馬富士による暴行・傷害事件の被害者である。

貴ノ岩に落ち度はまったくなく、日馬富士によって一方的に暴行され、傷害を受けた。

その貴ノ岩の番付が降格された。

これを放置することは許されない。

日本相撲協会は公益財団法人である。公益財団法人は税制上の恩恵を受ける。このことは、政府が日本相撲協会に補助金を支給していることと同等の経済効果を持つ。

日本相撲協会の税負担は通常の法人よりも軽減されている。通常の法人が通常の納税を行い、政府から補助金を給付されることと同じことになる。

言い換えれば日本相撲協会には国民の税金が投入されているということになる。

相撲協会の現役横綱による暴行傷害事件の一方的な被害者である貴ノ岩が暴行傷害のために本場所を休場している。

このとき、日本相撲協会が貴ノ岩の番付を降格することは適正でない。

十両に番付を降格させて、十両の最下位の地位を維持させることを「特例措置」などと説明しているが冗談も休み休みにした方がいい。

報道によると、2017年1月の初場所13日夜に白鵬が付き人を使って貴ノ岩に電話を入れたという。電話の着信を、すぐに「八百長の依頼だ」と察知した貴ノ岩は電話に出なかったのだという。

翌日、貴ノ岩は初顔合わせの白鵬と対戦して勝利した。その結果、白鵬は優勝を逃し、稀勢の里が優勝し、稀勢の里が横綱に昇格した。

このことを根に持った白鵬がモンゴル横綱3名と貴ノ岩に対して粛清を行ったというのが、日馬富士暴行傷害事件の基本構図であるとの理解が、恐らく正鵠を射ているのだろう。

日馬富士だけでなく白鵬の責任が厳しく問われる必要がある。

しかし、巨大利権の巣窟である日本相撲協会にとっては、相撲興行の柱の白鵬を失うわけにはいかない。

貴乃花親方を悪者に仕立て上げて、完全なる被害者でしかない貴ノ岩に巨大な損失を与えて平然としている。

このような悪の巣窟を放置することは、納税者の視点から許されることではない。

2018年1月15日月曜日

オリバー・ストーン ウラジーミル・プーチン ドキュメンタリー

2018年3月にはロシアの大統領選がある。ウラジーミル・プーチンが四度目の勝利をおさめて大統領になることは確実視されている。

そのプーチンにあのオリバー・ストーンが、1年8ヵ月かけて密着取材して撮影したドキュメンタリーが話題になっている(日本では3月1日から二夜連続でNHK「BS世界のドキュメンタリー」で放送)。

オリバー・ストーンはプーチンに何を見たのか? このドキュメンタリーを完全書籍化した『オリバー・ストーン オン プーチン』を翻訳した元日本経済新聞記者の土方奈美さんに、本作品の意義と読みどころを解説してもらった。


アメリカメディアによる「酷評」

2017年6月。一本のドキュメンタリー・シリーズがアメリカメディアの話題をさらった。

『プラトーン』や『JFK』で知られる社会派映画監督オリバー・ストーンが、2015年7月から17年2月まで約2年にわたってロシアのウラジーミル・プーチン大統領を追いかけた『オリバー・ストーン オン プーチン』である。

孤高の指導者を20時間以上インタビューし、生い立ちから大統領になるまで、そしてウクライナやシリア問題、2016年アメリカ大統領選への介入疑惑を含む米ロ関係までを語り尽くすという前代未聞の企画だ。

しかし主要メディアの反応は総じて厳しかった。酷評と言うほうが妥当かもしれない。

ニューヨーク・タイムズ紙は、プーチンに対して「あきれるほど寛容な」インタビューと評した。ワシントンポスト紙は「ストーンは甘い球を投げつづけ、プーチンがそれを粛々と打ち返すだけ」、CNNは「ストーンの無駄話やへつらうような口ぶりに、歯ぎしりしたジャーナリストや反プーチン派は多いだろう」と書いた。

極めつけは人気トーク番組『ザ・レイトショー・ウィズ・スティーブン・コルベア』だ。ドキュメンタリーの放映直前にプロモーションのために登場したストーンを、司会者のコルベアは「20時間も彼(プーチン)と会って、嫌な面はひとつも見つからなかった? 愛犬でも人質に取られているのか?」と挑発し、観客が爆笑するなど、ストーンは完全に嘲笑の的となった。

主要メディアの論調は、ストーンはプーチンの言い分を一方的に聞くばかりで、突っ込みが甘く、まるでロシアのプロパガンダ映画のようだ、というものだ。

ただこの過剰なまでに否定的な反応こそ、アメリカの主流派が異なる視点への寛容さを失っている表れであり、それに一石を投じる『オリバー・ストーン オン プーチン』の価値を示すものと言える。

ロシア側から世界はどう見えているか

ドキュメンタリーの素材となった9回のインタビューを、ほぼそのまま書き起こしたのが今度出版される同名の本で、4時間という番組の枠に収まりきらなかったプーチンの肉声が盛り込まれている。

アメリカや日本をはじめ西側諸国の読者にとって、本書の最大の魅力は「逆の視点」から世界を見せてくれることだろう。

プーチン、すなわちロシア側から見る世界は、西側メディアが伝えるものとはまるで違うのだ。

1990年代初頭、ロシアは冷戦が終結したと信じ、アメリカを中心とする西側世界を信頼し、歩み寄った。

モスクワのアメリカ大使館に仕掛けてあった盗聴システムをそっくりアメリカ側に引き渡したのはその象徴で、2001年の同時多発テロ後はアメリカのアフガニスタン侵攻を情報・兵站面で支援した。

しかし、それが報われることはなかったとプーチンは苦々しげに繰り返す。

たとえばクリントン、ブッシュ政権時代の二度にわたる北大西洋条約機構(NATO)拡大と、それに続くアメリカのABM条約からの一方的脱退だ。

ドイツ再統一が決まった当時、アメリカや旧西ドイツの高官がそろって「NATOの東の境界が旧東ドイツの国境より東に行くことはない」と約束したにもかかわらず、東欧諸国は次々とNATOに加盟し、そこにABM(弾道ミサイル迎撃)システムが配備された。

「標的はロシアではなく核開発を続けるイランだとアメリカは説明するが、それならなぜイランが軍事用核開発計画を放棄したのに配備を続けるのか」とプーチンは語気を強める。

ロシアと欧米の対立を決定的にした、2014年のウクライナ政変とそれに続くロシアによるクリミア併合についても同じである。

政変に至る経緯を説明しながら、親ロシア派のヤヌコビッチ政権の崩壊は、アメリカが支援したクーデターだったと言い切る。そしてロシア系住民が過半数を占めるクリミア地方が国民投票でロシア編入を決めたことに対する国際社会の反応については「ダブルスタンダードだ」と訴える。

旧ユーゴスラビアのコソボが独立するとき、国際社会はセルビア政府の同意は不要だと判断した。それなのになぜクリミアが独立するのに、ウクライナ政府の同意を必要とするのか、と。

いずれも西側から見れば、プーチンのプロパガンダにすぎないかもしれないが、立場が変われば同じ事象がこうも違って見えてくるというのは衝撃的であり、国際問題に対する認識が揺さぶられる。

プーチンの苛立ちと諦観

本書のもう一つの魅力は、ウラジーミル・プーチンという政治家の思考回路や人となりを知る貴重な手がかりとなっていることだ。

もちろん伝わってくるのはプーチンが国際社会に見せたい自画像であり、真実の姿ではないかもしれない。

しかし20時間のインタビューの記録からは、ふだんニュース映像で目にすることのない姿が浮かび上がってくる。

まず雄弁である。そして官僚や諜報機関からの報告書の要約に頼らず、資料はすべて原典を読むと言うだけあって細かな事実や数字に強い。歴史や文学に通じ、意外と流暢な英語を話す。

ストーンに「ロシアの主張をもっと積極的に伝えていくべきだ」と促され、「そんなことは土台無理なんだ。ロシアが主張する立場は世界のメディアから無視される。だから邪悪なロシアといった論調ができあがる」と答える姿には、国際社会に対する苛立ちと諦観がにじむ。

ともに映画『博士の異常な愛情』を鑑賞した後、ストーンがプレゼントと言いつつうっかり空のDVDケースを手渡すと「典型的なアメリカの手土産だな」と切り返すなど、頭の回転が速くウィットに富んだ一面もうかがえる。

2年にわたって関係を構築し、プーチンのさまざまな面を引き出したストーンの手腕はやはり評価に値する。

ストーンはプーチンから冗談交じりに「反アメリカ的」と言われたのに対し、「私は反アメリカでも親ロシアでもない。親・平和だ」と返す。

ベトナム帰還兵として、生きているあいだに平和な世界を見ることが望みだというストーンは、一国主義を強める母国への不安を募らせている。このドキュメンタリーを撮ったのも、アメリカの最大の仮想敵であるロシアとのあいだを橋渡ししたいという思いからだ。

無意識のうちにアメリカ側の世界観を内部化しがちな日本の読者にも、近くて遠い隣国ロシアに対する理解を深めるため、また世界情勢に対する新たな視座を得るために、ぜひ本書を手に取っていただきたい。

日本会議

<衣を脱いだ国家神道?><日本国民が知っておくべき一大事>
 大事なことを記録する時である。もう遅くなったのかもしれない。宗教的な無知ゆえか。憲法を軽視してきたためだろう。ずっと海鳴りが聞こえてきている。グゥオッという不気味な音が、賢明な日本人の耳に届いてきているが、誰も記録しない。忘れていた国家神道が衣を脱いで蠢き始めたのである。それは改憲軍拡の心臓部の不気味な音である。日本国憲法の政教分離規定で、国家神道を排除したはずだったのだが、首相・森喜朗が叫んだ「天皇中心の神の国」という神がかり日本論は、その後、小泉純一郎と安倍晋三の靖国参拝で現実化、とうとう本丸の平和憲法に襲い掛かってきている。

<元凶は神社本庁主体の日本会議政権>
 人間の頭脳は、素晴らしいはずだが、全体を捉える能力は、そうでもない。人工衛星やミサイルを飛ばす科学技術は得意でも、それが地球や宇宙全体に及ぼす影響について、必ずしも優れた判断を持っていない。

 日本の5年余の政治についても、筆者を含めて同じレベルであろう。現役の政治記者はなおさらのことである。「こんどは政府専用機でどこに行けるかな」と心を躍らせる官邸記者は、安倍・自公内閣の全体像をつかむことができない。
 神社本庁が主体となって立ち上げた、日本会議の心臓部を徹底取材する勇気ある記者は、官邸内はおろか、新聞社内にもいない。そもそも「日本は神の国」と信じている森喜朗から、その理由をとことん聞き出した記者は、一人もいない。

 神社本庁の前進は、戦前の日本国民を侵略戦争に駆り立てた、精神的支柱である国家神道である。この真実を、日本国民は気付かなければ、生涯、悔いることになろう。孫子にも影響を与えるからだ。言及するまでもなく、教育勅語や大日本帝国憲法だけでは、半島から大陸、東南アジアにかけて、あれほどの蛮行をしたとは、とても思えない。現在、歴史学者のいう「原始宗教」レベルの国家神道の恐怖さえ知らない、日本人ジャーナリストがほとんどである。歴史を学んでいない。歴史を教えなかった戦後の教育の成果である。

 中国の南京や盧溝橋の歴史記念館を見学すれば、多少の理解が深まるのだが、この貴重な歴史の証言資料と対面した日本人は、まだわずかである。森喜朗や石原慎太郎は行っていない。安倍を含めて、自民党の大半の議員は見学していない。

 ずばり安倍・自公内閣は、国家神道が衣替えした神社本庁内閣・日本会議内閣そのものなのだ。海鳴りの不気味さの元凶なのである。

<閣僚のほとんどが日本会議>
 既に多くの研究家の成果として、安倍・自公内閣のほとんどが神社本庁が立ちあげた日本会議の有力メンバーであることが判明している。靖国・明治・伊勢・出雲などの神社参拝をする面々である。自民党内では「日本会議メンバー以外は、自民党議員ではない」という恐ろしい雰囲気である。
 なぜなのか。
 彼らの選挙基盤である地元後援会もまた、多かれ少なかれ、神社神道派が牛耳っているためなのだ。リベラル色のある自民党議員でも「日本会議」を名乗っていたことに仰天して、その背景事情を確認して判明した。
 いわゆる地域の有力者は、代々神社の氏子といわれる信者が少なくない。神社本庁が、この足元を改憲軍拡の潮流で揺るがせて、改憲軍拡の潮流を巻き起こし、政治屋を突き上げているのだ。

<無恥・無責任で正義ゼロの退陣しない改憲首相>
 ごく普通の首相であれば、次々と発覚するスキャンダルに屈して、退陣することになるのだが、神社参拝派の日本会議首相は、全く逆である。それというのも、彼には恥の観念がない。責任をもたない人間、正義感ゼロの政治屋であることと、ひたすら改憲を叫ぶことに自己陶酔する、カルト教の信徒だからであろう。「神社の神風が守護してくれる」と信じ込んでいるためかもしれない。
 神社本庁に見捨てられない限り、辞任の必要はないという首相職なのだろう。

 それにしても、やることなすことが常人ではない。時間をつくっては、政府専用機で遊んでいられることに、恥ずかしいとのためらいがない。夕食は都内の高級料理店に次々と押しかけて、官房機密費を使い続けて、これまた恥じない。首相職は、全て官僚任せが大半で、発言の機会があると、役人のメモを事前に読んで、それを口にするだけで済む。日本で最も贅沢三昧の御仁なのだ。

 日本会議主導の首相は、そのレールの上を走っている限り、ロボットでも務まる。神社参拝と改憲軍拡のレールを走っていれば、後は野となれ山となれである。無恥の政治屋でないと務まらない首相職との酷評がまとわりつく。

<過去を正当化する政府与党>
 国家神道の恐怖は、過去に対して反省も謝罪もしていない点にある。靖国神社の歴史館には、過去を正当化する資料を陳列して恥じない。
 国際社会に挑戦しているのである。隣国にとっての不安材料である。
 そこからはじき出される改憲軍拡に、国際社会は疑念を抱き、当然、身構えることになる。行き着く先は、軍国主義の日本復活、核武装する日本、それゆえの原発再稼働と原発輸出なのだ。2018年危機が始まり、平和国民はたじろぐばかりである。
 言論と議会・野党分断も、国家神道の蠢きの一環ととらえると、大局が見えてくるだろう。

<富岡八幡宮事件で露見した国粋主義思想>
 富岡八幡宮の女性宮司を、前の男性宮司が日本刀で殺害するという、恐怖の犯罪事件を糾明したネット情報の中に、殺害犯人の当時の宮司が、神社本庁と一体となって、改憲など国粋主義運動に狂奔していた事実を明らかにしている。

 女性蔑視の国家神道=神社本庁なのだが、神社利権の大きさも、事件の背景となっている。莫大な利権の上に、日本会議という極右団体の活動が成り立っている。この点を軽視してはなるまい。

<改憲署名運動の神社群>
 もう数年前からであるが、神社は参拝客の氏子らに対して、改憲署名を呼びかけていたことが判明している。当然、その前には、地元の信者にも署名を集めているだろう。
 これは見方にも寄るかもしれないが、壮大なる署名運動で、革新系の市民団体の署名運動を軽く凌駕している。
 ここから国家神道の蠢きを感じることが出来るのだ。軽視してはなるまい。宗教団体の政治活動は、公明党も同じことだが、日本人の運命とアジアを左右するような政治変動を伴う教団の活動となると、次元が異なる。
 彼らの代表は、政権与党の国会議員や地方議員である。国民が気づかないうちに、いま列島で壮大なるクーデターが起きているのかもしれない。
 甘く見てはなるまい。オウムの比ではないのかもしれない、との指摘もある。

<祭礼を宣伝するメディア群>
 もう5,6年も前になるだろうか。その前かもしれない。
 神社の祭礼を映像や活字で報道する傾向が、顕著になってきていることに違和感を覚えたものだ。戦争責任を明らかにしない宗教へのそれである。新聞テレビが、多くの神社の祭礼報道を大きく重視する姿勢の背景に、神社本庁の政治力を感じる。
 むろん、自由であるが、同じようなことを仏教やキリスト教、イスラム教ではしていない。そのための違和感である。国家神道の昔に戻る前兆なのか、既に前兆を通り越したのか。

<右翼団体の跋扈>
 気が付くと、右翼団体の活躍が感じられる。ヘイトスピーチなる言葉を知らないで、過ごしてきた人間だから、何のことかよくわからないが、これも右翼跋扈の一例かも知れない。
 他方、学生運動が消滅して久しいが、左翼の活動も聞かない。学生時代をバイト生活に明け暮れてきた無党派は、いまもそうであるが、右翼も左翼もよくわからない。もちろん、好きではない。正義・民意が大好きな人間は、過去を正当化する右翼と戦争神社は好きになれない。
 過ちを反省しない宗教・組織・個人は、一人前になれない。また、繰り返すかもしれないからだ。

<3分の2議席に屈するジャーナリズム>
 ジャーナリズムから正義の観念が弱くなっている。TBS強姦魔にレイプされた詩織さん事件でさえも、それが見られる。最近は、従軍慰安婦問題に関する日韓合意に、重大な欠陥が露見しても、それでも日本政府の肩を持つ新聞テレビが多い。
 壁の一つは、3分の2議席という壁である。自公で25%の得票率に過ぎないのだが、それと正義は次元が異なる。
 3分の2議席は、神社本庁と創価学会の支持が基盤にある。前者の改憲軍拡は、この教団の主張そのものであるが、後者は平和を訴えてきた。このことは後者の公約違反・国民への裏切りであるから、ここはしっかりと批判するに値する。批判しなければならないが、実際は黙認している。3分の2議席を恐れているからだ。
 はっきりしてることは、この3分の2議席をてこにして、国家神道を引きずる神社本庁・日本会議の爆走が止まらない原因である。

<SOSの9条と20条!歴史は逆転している>
 かくして、歴史は逆転している。
 人々は9条死守に必死である。それは正しい。しかし、20条の政教分離について、余りにも無関心すぎる。海鳴りは20条・国家神道の復活を意図しているのである。歴史の逆転は、9条と20条で、極端に逆転していることに注目すべきなのだ。

<緊張するアジア>
 既に緊張しているアジア、孤立化している日本である。日本に真の友人はいない。
 国家神道・神社本庁を評価する国は存在しない。

<憲法を定着させる国民運動>
 その昔、中曽根やナベツネらが改憲にアクセルを踏んでいるころに、自治大臣をした白川勝彦に意見を聞いたことがあった。
 彼は当選すると、まもなく「憲法代議士」という本を出版した。大平正芳率いる宏池会派閥に所属した。大平―鈴木善幸―宮澤喜一加藤紘一の後継者のはずだったのだが。「憲法を定着させることが一番」と白川は即答した。

 憲法を定着させる国民運動が、日本国民の責任と義務であろう。戦争は絶対に反対しなければならない。

2017年12月19日火曜日

「事前に総理の了承がなければ官邸での会合はない。加計ありきの新設が決定的だった」

前川氏は「加計学園獣医学部を今治に(平成)30年(2018年)4月に開設しなければならないと、総理がお尻を切っている、総理の意向だということが文部科学省に伝わってきている」とあらためて強調。2015年4月2日に加計学園関係者と愛媛県、同県今治市の職員が首相官邸を訪れている点についても触れ「官邸に1時間半いた。そこで誰に会って何を話したかはブラックボックスになっている」と厳しく追及した。会合では総理秘書官が学園関係者と会ったとされているが「事前に総理の了承がなければ官邸での会合はない。加計ありきの新設が決定的だった」と語った。安倍総理は国会で2017年1月20日に加計学園の新設を知ったとしているが、この説明が矛盾しているとも指摘した。

死して屍、拾う者なし 死して屍、拾う者なし

死して屍、拾う者なし 死して屍、拾う者なし

米軍ヘリ窓落下事故を受けて沖縄県の翁長雄志知事が官邸で米軍機の飛行中止を求めたが、安倍首相は面会もせず、そのくせ、松本や指原莉乃らといった面子と会食

まさに「圧巻」の5分30秒だった。昨晩、放送されたフジテレビの恒例演芸番組『THE MANZAI 2017』に登場した、ウーマンラッシュアワーの漫才のことだ。

 ウーマンラッシュアワーの村本大輔といえば、8月に放送された『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)で「安倍さんは戦争の臭いがプンプンする人」「核の抑止力っていうのはほんとうに意味がない」などと物怖じすることなくはっきり意見を口にし、北朝鮮問題にも「対話」の努力を政治家に求め、その上、日本が侵略した過去にまで言及。終戦記念日には〈僕は国よりも自分のことが好きなので絶対に戦争が起きても行きません〉とツイートし、本サイトでは「最強反戦芸人」としてこの話題を取り上げた。

 だが昨晩は、ウーマンラッシュアワーという芸人として、こうした政治批判を、なんと漫才のネタに見事に昇華し披露してみせたのだ。

 まず、村本は、初っ端から「ニュースのコメンテーターやってるのも吉本の芸人」「ニュースを読むのも芸人、犯罪を犯してニュースに出るのも芸人ですね!」と言い、所属する吉本を含めた芸人の不祥事・スキャンダルを立てつづけに紹介。まあ、ここまではナイツや爆笑問題といった時事ネタ系漫才コンビも話のタネに使うものだ。

 だが、続いてもちだしたネタは、なんと原発。まず、村本は「福井県出身なんですよ」「よかったらきょうは福井県の場所だけでも覚えて帰って下さい。いいですか? 北朝鮮の向かい側!」と言うと、相方の中川パラダイスとこんな掛け合いをはじめる。

村本「福井県の大飯町、知っていますか? 大飯原発がある大飯町です」
中川「あー、ニュースであるよねー」
村本「原発の町、大飯町です。大飯町の隣は高浜町・高浜原発。その隣は美浜町・美浜原発。その隣は敦賀のもんじゅ。小さい地域に原発が4基あるんです!! しかし、大飯町には夜の7時以降にやっている店がないんです! 夜の7時になったら町が真っ暗になるんです! これだけ言わせてください! 電気はどこへゆく〜!!!」

 漫才がはじまって早々にぶっ込んできたのが、テレビタブーである原発ネタ。しかも、村本の超高速かつ「立て板に水」の語り口の迫力もあって、観覧席も大爆笑だ。

 しかし、ここからがすごかった。「福井に住ませてください」という中川に、福井に「愛」をもっているか否か次々に村本が質問を浴びせ、最終的に「ようこそ福井へ!」と歓迎する。そのスタイルをほかの土地にも当てはめてゆくのだが、福井につづいて東京を俎上に載せて小池百合子を「自分ファースト」と揶揄したかと思えば、次にテーマにしたのは、沖縄だった。

■沖縄への基地押し付け、思いやり予算、対米追従も批判

 彼らの漫才の命でもあるリズム感、スピード感を伝えきれないことの野暮さは百も承知だが、ぜひ見逃した人にも知ってもらいたいので、以下に書き起こしたい。

村本「現在、沖縄が抱えている問題は?」
中川「米軍基地の辺野古移設問題」
村本「あとは?」
中川「高江のヘリパッド問題」
村本「それらは沖縄だけの問題か?」
中川「いや日本全体の問題」
村本「東京でおこなわれるオリンピックは?」
中川「日本全体が盛り上がる」
村本「沖縄の基地問題は?」
中川「沖縄だけに押し付ける」
村本「楽しいことは?」
中川「日本全体のことにして」
村本「面倒臭いことは?」
中川「見て見ぬふりをする」
村本「在日米軍に払っている金額は?」
中川「9465億円」
村本「そういった予算は何という?」
中川「思いやり予算」
村本「アメリカに思いやりをもつ前に──」
中川「沖縄に思いやりをもて!!!」

 一気呵成に畳みかけられてゆく、事実と正論。次に取り上げたのは、熊本だ。ここでふたりはいまなお仮設住宅に暮らしている人が熊本で4万7000人、東北では8万2000人もいること、一方で新国立競技場の建設費が1500億円もかかることを掛け合い、「国民はオリンピックが見たいんじゃなくて」「自分の家で安心してオリンピックが見たいだけ」「だから豪華な競技場建てる前に」「被災地に家を建てろ!!!」と展開したのである。

 さらに、次にぶち込んだのはアメリカと日本の関係だ。

村本「現在アメリカといちばん仲がいい国は?」
中川「日本」
村本「その仲がいい国は何をしてくれる?」
中川「たくさんミサイルを買ってくれる」
村本「あとは?」
中川「たくさん戦闘機を買ってくれる」
村本「あとは?」
中川「たくさん軍艦を買ってくれる」
村本「それはもう仲がいい国ではなくて──」
中川「都合のいい国!!!」

■最後は国民に「意識の低さ」という問題を突きつける!

 安倍首相が完全に「トランプの犬」に成り下がっていることは、すでに世界が知っていることだが、日本のメディアだけがそこから目を逸らし、日米関係の強化を後押し。だが、武器の爆買いをネタにして、そんなのおかしいだろう、と吠えたのだ。

 そして、極めつきが、この応酬だ。

村本「現在日本が抱えている問題は?」
中川「被災地の復興問題」
村本「あとは?」
中川「原発問題」
村本「あとは?」
中川「沖縄の基地問題」
村本「あとは?」
中川「北朝鮮のミサイル問題」
村本「でも結局ニュースになっているのは?」
中川「議員の暴言」
村本「あとは?」
中川「議員の不倫」
村本「あとは?」
中川「芸能人の不倫」
村本「それはほんとうに大事なニュースか?」
中川「いや表面的な問題」
村本「でもなぜそれがニュースになる?」
中川「数字が取れるから」
村本「なぜ数字が取れる?」
中川「それを見たい人がたくさんいるから」
村本「だからほんとうに危機を感じないといけないのは?」
中川「被災地の問題よりも」
村本「原発問題よりも」
中川「基地の問題よりも」
村本「北朝鮮問題よりも」
中川「国民の意識の低さ!!!」

 言葉の勢いは増し、息をつかせぬまま、最後に突きつけられる「国民の意識」という問題。社会や政治の出来事を風刺する旧来の漫才ネタではなく、情報の多さとスピード感で見る者を引きつけながら、言葉の力で圧倒させる。しかも、毒舌芸人として鳴らす村本らしく、最後はマイクに向かって「お前たちのことだ!」と言い放ち、ステージを去った。それは、まったく見事な、新しい「漫才」だった。

■村本「コメンテーターなんて情報集め、センターマイクの前で吐き出す」

「政治ネタはNG」という空気が蔓延するテレビ界に迎合せず、しかもきっちりと「話芸」というかたちに落としこんだその技量は素晴らしいものだ。事実、ツイッターではウーマンラッシュアワーの話題が急上昇、多くの人が2人を称えた。

 そして、印象的だったのは、ネタを終えた村本の一言だ。番組のエンディングで流れた映像では、ステージ袖の村本は「ただコメンテーターで終わる芸人といっしょにしないでほしい」とカメラの前で述べた。また、ツイッターでも、〈コメンテーターなんか情報集めにしか過ぎなくて、おれがほんとに吐き出す場はセンターマイクの前だけ〉とつぶやいた。

 奇しくも先週金曜日、安倍首相に誘われ焼肉を囲んだ松本人志。同日には米軍ヘリ窓落下事故を受けて沖縄県の翁長雄志知事が官邸で米軍機の飛行中止を求めたが、安倍首相は面会もせず、そのくせ、松本や指原莉乃らといった面子と会食。一方、松本は自身の番組『ワイドナショー』(フジテレビ)で安倍首相を平身低頭で迎え、無批判に擁護を繰り返し、ついには“メシ友”に成り下がった。これぞ、地に落ちた「コメンテーター」の姿だろう。

 だが、『ワイドナショー』にもコメンテーターとしてたびたび出演してきた村本は、安倍政権を刺激することを恐れてテレビが取り上げようとしない原発や沖縄の基地問題を、漫才というかたちにして「これでいいのか」と視聴者に投げかけた。

〈ほんとに吐き出す場はセンターマイクの前だけ〉という芸人としての矜持と、権力や空気に巻かれないという覚悟。──もしかすると今後、テレビ界には村本は使いづらいという空気が流れるかもしれないが、視聴者は彼らの笑いにビビットに反応したということをよく覚えていてほしい。視聴者が見たいものは、予定調和のコメントでも、ましてや権力の犬となった芸人ではないのだ。